表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
さよならユートピア
55/67

ゆきふるよるに【夜】

しんしんとふるゆきは、

同日『夜』。


「ああ、雪かぁ。」


嫌だなぁ。

彼女はそう言って、透き通るような白い掌を掲げる。月の光を反射して煌めくこの現象が、彼女はーールシフェルは、少しだけ嫌いだった。

そもそも彼女は、白い物質を好まないのだ。全てを塗り潰して塗り替えしてしまう、この色が。


「本当、腹が立つよね。」


とはいえ雪が降るのに、彼女の好みは関係ない。何があろうと重力に従って、舞い降りてくるのみだ。

現に、彼女が髪や肩に積もったそれを鬱陶しいと思う頃には、雪はすでに街全体を白く染め上げていた。

彼女はその光景に僅かながらも目を細めーーーーそして、背後で聞こえた小さな小さな物音に、ゆるりと口角を上げる。


足音。


忍び寄るわけでも襲いかかるわけでもなく、冷静にして淡々とした音。まるで闇の中で牙を鳴らす【狼】のような不気味さを滲ませながら、一定のペースで確実に近づいてくる誰かの気配。

今だに振り返ろうとしない彼女には、勿論それが誰のものなのかわからない。わからないけれど、それでいいとは思っていた。

彼女は無知である。知ったかぶっているだけで、知っているふりをしているだけで。実際のところ、夢見る少女と同程度の無知さと言っていいだろう。


だけど彼女は知っていた。『無知』というのがどれだけ危険なことかを。それから、夢見る少女では決して手にできない、力。

自分に宿る、どうしようもない『最強性』を。

自覚していた。理解していた。


「“恐れをもつことは不幸だ。それゆえに、勇気をもつことが幸せなのではなく、恐れをもたないことが幸せなのだ。”」


どんなイレギュラーが起ころうとも。どれだけ苛立たしい想定外が現れようとも。怒りはするが焦りはしない。だて彼女は、最強なのだから。誰が相手になったって、彼女を打倒することなんて不可能なのだから。

この足音の主はまず間違いなく招かれざる客だが。ルシフェル、またの名をルー。本当の名をルシファー。そんな彼女の相対する敵としてはあまり陳腐であることを、彼女はよく『知っていた』。


故に。

足音の主が自分のすぐ背後に立ち、拳銃を抜くのが視界に入ろうとも、ルシフェルは変わらぬ様子で笑う。


「……カフカって作家の言葉なんだけれど。本当、その通りだと思わない?」


ガチリ。

とあまりにも手慣れた仕草で、『彼』はあっさりと弾を装填した。それから銃を手の中で一回転させ、同時に撃鉄を起こす。

訓練されたというよりは単に『撃ち慣れている』だけの、酷く安定感のない撃ち方だった。合理性と速度しか追求していないような、荒削りな動作で。

当然ながら狙いは頭部(ヘッド)

その上、絶対に外さない様にと直接銃口を押し付けながら。


「君やあたし【私】には当てはまらないんだろうけどさぁ。」

「お前と一緒にすんな。」


素っ気ない声。無遠慮な言葉。

冷たいね、と。

そう言って、彼女はようやく振り返った。

そこに居たのは見覚えのない少年。とはいえ、特別幼いというわけではない。昔で言う『高校生』ぐらいだろうか。大人になり切れず、子供に戻ることも許されない哀れな年齢。

まぁあくまで、見た目の話だが。

なんて、少しずれたことを彼女は思う。

ルシフェルは彼のことを知らない。

知らないけれど、知っていた。

彼が見た目通りの何倍も生きたり死んだりしていることも。

彼が、自分を殺せる可能性のある唯一の存在であることも。


「で、何か用かな?あたし【私】今忙しいんだけどー。……ああ、あとね?」


「あたし【私】、貴方のこと大嫌いだから。早く済ませてもらえるかな?かな?」


すると彼ーーーー【暴食】の大罪は、躊躇いなく引き金を引きながら応える。


「ああそうですか。」


勢い良く発射された銃弾は一直線に彼女の頭部を撃ち抜き、貫通して、眼下に広がる国へと落ちていく。重力に逆らうことなく、真っ逆さまに。そして、本当に手の届かないところに行く直前で伸ばされた白い手が、ぱしりと手のひらでそれを受け止めた。


「鉛玉。」


自分の頭を撃ち抜いた銃弾を月に翳して、ルシフェルはどうでも良さげに呟く。先ほど空いた銃痕は、もう綺麗に無くなっていた。

それこそ、最初から存在しなかったかのように。


「こんなのであたし【私】を殺せるって、本気で思ったの?」

「最近はそれで死ぬのが流行りらしいぞ。」

「ああそうですか。」


貴方だって死なない癖に。

そんな風に嘲笑してやろうと、感情のままに口を開きかけて。そして、彼女は結局静かに口を噤む。

賢い化物。

堕ちたとはいえ、カミサマの一旦であるルシフェルとしては。

本当は言ってしまいたかっただろう。

正しく罵倒するつもりだったかもしれない。普段ならともかく、今は特に機嫌がよろしくないのだから。

自分のことを棚に上げ、彼が起こした罪を糾弾し、自分勝手に無責任に追い詰めて、盛大な八つ当たりをするつもりで。

出来なくはなかった。

最適な言葉も浮かんでいた。

ただ、しなかっただけだ。

無論、彼の境遇に同情していたとか良心が痛んだとか、そんなことは全然なく。


ただ感情のままに行動するという事実の『人間らしさ』が、彼女は雪よりも何よりも嫌いだったのだ。カミサマの一旦であるという、唯一無二の誇り。



「そこまで人間っぽさが嫌いかよ?流石【傲慢】なだけあるな。」


対して彼は、そういったことを気にした素振りも無く『感情のままに』言葉を紡ぐ。誇りどころか、形振(なりふ)り構わずに。


ーーって、あれ?


「そーいう君はどうなのさ。悪者ぶっちゃって、一体何の御用かな。リリィちゃんを連れてこないってことは、何か悪いことをする気なんでしょう?」


その瞬間、今まで平静を装ってきた彼がピクリと表情を強張らせて、引き金へ掛けたままの指に力を込めた。それが妙に嬉しくて、というか何だか少し勝った気分になって、彼女は自慢げに身を乗り出す。その様子は嫌いな『人間らしい仕草』そのものだったが、どうやら自覚はないようだ。


「あ、何々図星?図星なんだ?何する気か知らないけど、悪いことにルーちゃんは協力出来ないからねぇ。ほら、あたし【私】いい子っぽいから!」

「……いい子っぽいってことは『いい子』ではねぇんだな。」


打って変わった笑顔を見せるルシフェルに、彼は半ば呆れたようにため息を漏らす。それから、静かに話出した。


「別に悪事を働こうってんじゃねぇよ。」



白に彩られた理想郷を、悠々と見下ろす塔の上。欲望と快楽を象徴する巨大な銀の旗が、無風であるにも関わらず靡く。理想郷を見守るように、または嘲笑うように。


「ただ、お前らの喧嘩を仲裁しようってだけだ。」


夜は、まだ終わらない。

きみのすがたによくにていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ