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エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
さよならユートピア
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夕暮れバス①

フラフラと目的も無く乗ったバスの中には、僕以外に客はいなかった。

この国の住人にとって、公共交通機関というのはあまり必要の無いものなのかもしれない。貪るように毎日を過ごせるならば、特に出掛ける必要もないだろうから。今まで僕が、徒歩で移動して居たように。

だからって僕に、このバスへ自分自身を投影して悲しむような、詩的な脳は備わっていない。ので、もっとどうでもいいことを考えよう。


さて。

いざ「遣り残したことは何か」を考え出すと、そういえば僕には何にも無かったことを思い出した。ルーの言ってた『お父さん』の存在も気になってはいたけれど、今となってはそれが嘘であることも知ってしまった。

あれは、きっと彼女なりに僕を救おうとしていたのだ。

詳しくは伏せておくけれど。

あるとすれば、彼女のこと。でもそれだって、本来は僕のものじゃない。

じゃあ、どうしようか。『とりあえず』、その先が思いつかない。

困ったな。

ーーああ、いやいや。一つあったじゃないか。

遣り残したことは見当たらないけれど、言い残しておかなきゃいけないことはあったんだった。


「おい、化け物。」


窓の外、立ち並んだビルの間へ消えていく太陽を見つめながら、僕はぽつりとあいつを呼んだ。はたから見れば痛々しい光景だけれど、まぁ他に乗客は居ないのだからいいだろう。

問題はあいつに聞こえているかどうか、だ。

だがその心配も、しなくていいらしい。


ふわりと、車内に風が吹き抜けるような感覚。続いて、道路の真ん中だと言うのにバスも停車した。それから段々と色が消えて行き、最後に残ったのはモノクロの世界と、僕と、それから。


「……あんだよ。」


(あいつ)】。


「何か用か、【昼】。つーか、俺に話し掛けてる暇なんてあんのか?」


気怠げにそう言って、あいつは何かをこちらへ放り投げた。カラカラと回転しながら床を滑ったそれは、僕の足元で停止する。


それは、真っ黒な刀だった。鍔の無い、柄も鞘も黒一色の刀。きっと中の刃も黒なんだろうな、とか予想してみて。顔を上げれば、無駄にそっくりな蒼い目が僕を見ていた。


「それで【正義】をぶった切って来いよ。それで何もかも終わりだ。」


その声は、やっぱり揺らぎなく。突き刺さるように真っ直ぐだった。

嘘どころか、脚色すら無さそうな。

だから僕も、本音で言葉を吐く。


「これで切れんの?【大罪】って。」

「当たり前だろ。『大罪殺し』の俺の血が使われてんだから。」

「血、って。」

「玉鋼に血液混ぜて妖刀にしてんだよ。だから、これがあれば誰でも【大罪】を殺せる。」

「ふぅん。」


促されるまま手に取った刀はずっしりと重く、言う程簡単に何かを切れるようには出来ていなかった。こんなのを持ち歩いているというのだから、素直に凄いと思う。真似したいとは思わないけれど。

大事なのは使えるかどうかじゃなくて、何のために使うかだから。


「自分のために使えって言ってんだよ。【正義】さえ切っちまえば、本物は蘇れないんだろう?で、後はお前が『本物』に成り代わりゃあいい。」


簡単な話だ。


刀を持ったまま考え込んだ僕へ、いつもの仏頂面に少し苛立ちを含ませて、あいつは言う。珍しく真剣な様子だった。何にそこまで怒っているのか、よくわからないけれど。いや、なんで怒っているのかもわからないけれど。

『とりあえず』、あいつが僕を生かそうとしてくれているのはわかっている。

今の僕にも、わかっている。


面白い位に真逆だと思う。こいつとルイちゃんは。話し方も、考え方も全部。その上どちらが正しい訳でも、間違ってる訳でも無くて。

だけど一つだけ言えるのなら。


「それは無理だよ。もう、気づいちゃったんだから。」


僕が生き残るというのは、きっと最悪の結末なのだ。間違ってはいなくても、悪いことではある。そして、僕はその結末を選べない。


確実に不幸になるだろう彼女を思うと、どうしても。


「切って済む話だったら良かったんだけど。切って、その後は?今までの延長で一生を過ごして。でも多分、世界は僕を許さないよ。」


それは嫌だからこれでいい。

と僕は笑う。自分でわかる程、苦し紛れの笑顔だった。だけど、本心だった。この思いすら【正義】に作られた偽物なのかもしれないけれど、都合の良いように作られた感情なのかもしれないけれど。

紛れもなく、本音だった。

『生きたい』ではなく『死にたくない』でもなく、『これでいい』。

やっぱりちょっと、強がりとか意地が入ってるのは内緒で。


誰かのために死にたいと思ったことは一度も無い。誰かのためなら喜んで死のうとも思ったことは無い。つまり僕は、根本から『偽物』なのだ。

正義にはなれない。自己犠牲が正義とは決まっていないけれど、それでも。

正義(それ)を理由に戦えないなら、名乗るべきではないのだと思う。僕は戦えない。それだけの話。

だからこそ、今僕が欲しいのは戦う力じゃなくて。


「世界、ねぇ。人間(おまえら)はよくそれを理由に動くけれど、世界ってそんなに大事なもんか?少なくとも、ーーーー。」

「少なくとも?」


僕がここで死ぬことに、何か理由が欲しいというか。


「お前が求めてる自己犠牲の大義名分になる程大層なもんじゃねぇよ。意外とな。」


あいつは刀を受け取ると、そう言ってため息を零した。呆れ半分、諦め半分。そういう感じだった。

そこで、僕はやっと気付く。こいつが、こうも真剣な訳を。


「【夜】、もしかしてお前……。」

「あ?」

「あんまり納得、いってない?」


すると、何だか知らないがすっごい微妙な顔をされた。半分だった呆れが、三分の二に増えたような。おかしいな、割と本気だったのに。

というかさっきから、いつも以上に頭が働いていない気がする。どうでもいいことばっか考えてるというか、空回りしてるというか。何故だ。


「混乱してるだけだろ。明日明後日で死ぬって知った人間がまるっきり平静だったら、それはそれで化け物だぞ。」

「そういうもん?」

「つーか、お前がこの状況に納得してるのも充分おかしいけどな。無関係な俺でさえ、理不尽だって思わざるを得ねぇってのに。」

「納得はしてないよ。」

「ーー、」

「理不尽だとも思ってる。でもこれが最善策なのを知ってるんだ。」


ごつ、と窓ガラスに額を押し付ければ、どうしたって視界に入る白黒の夕日。一日の終わりを告げる筈だったそれも、静止してしまった今では作り物みたいだった。

鉛筆で画用紙いっぱいに描いた、薄っぺらい風景画というか。

欲望と快楽の国。この国は、僕がいなくなっても当然変わらないだろう。誰かが死んで、誰かが生きて。そんな国のまま終わりゆくのだろう。

僕が居るのと居ないので変わるのは、たった一つだけだ。


「……あいつが幸せになれるかどうか、か?」

「残念なことにね。」

「妙な因果だな。」


それさえ変わらないなら、『これでいい』なんて思わなかったのに。

とか。だったら最初から、こんな事態には陥っていないだろうよ。うむ、自己解決。


「そんなに好きか?」

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