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エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
さよならユートピア
52/67

終『結』論

切るところが…見当たらなかった…

というわけで、今回も長いですすいません!

「ごめんね。」


白い、白い部屋の中。

赤く染まったあの子が、泣きながらそう言った。

手を伸ばして、その涙を拭ってあげたかったんだけれど。どうやら壊れてしまったらしい腕は、上がるどころか動きすらしなかった。


「たすけられなくて、ごめんね。」


ならばせめて、言葉としてだけでも気持ちを伝えておきたかったのに。

精一杯吐き出した言葉は黒ずんだ血液に呑まれて、あの子の元までは届かない。


悔しいな。

きっとこれが、最後なのだから。

伝えたいこと、沢山あるんだけれど。


「でもね、だいすきだったよ。」

「ほんとにほんとに、愛してた。」


泣かないでよ。笑っていてよ。

もう全部、終わったんだから。

ああ、でも。

これは最後じゃないから、「さよなら」は言わないから。その代わりに。


「だいすき。」


なんて。

泣いている少女と、笑っている少年を。

『僕』は、ずっと遠くから見ていた。



「…………、」

「おはようございます、お兄さん。」


ゆっくりと目を開けると、目の前にルイちゃんが居た。居たっていうか、まだ帰っていなかったというか。とりあえずさっきの会話は、記憶に新しい訳で。


「もう虐めたりしないよ。」


そんなのが信用出来る奴なんかいない、と口には出さずに結論付けた僕は、咄嗟に後ずさり逃亡を図った。

とはいえ玄関に行くにはルイちゃんの横を抜けなければならない。却下だ。無理無理。となれば、残るは。


「逃げなくてもいいです、ってば。そんな綿密に計画練らないで下さい。」


呆れ果てたようなルイちゃんの声。と同時に乗せられた彼女の小さな手が、僕の肩を押さえ付ける。

彼女は、本当についさっきまで畳の上に正座していた筈で。

電光石火、疾風迅雷。

それこそ、瞬きの合間に移動したのではないかと錯覚しかねない程に。勿論、いくら僕でもこの状況で瞬きする訳がないけれど。

以前なら思考が停止するレベルに異常な出来事だろう。が、この国に訪れてから数々の非日常を矢継ぎ早に体験した現在の僕は、驚きはしても混乱はしなかった。

化け物である彼女を常識で推し量ろうというのがそもそも無謀だ、とさえ思う。


人生、慣れと諦めが肝心なのである。多分。


「わかった。逃げないよ。逃げないからとりあえず、僕の半径1メートル以内から出てくれ。」


いや、だからって怖いものは怖いけどね?化け物でも、幼女でも。


そんな情けない心情を察してくれたのか、彼女は素直に手を離して、たった今僕が脱出しようとしていた窓に背を預けた。どうやら、丁度彼処で1メートル以内から出たらしい。そういう表情だった。


「でも、意外ですね。うん。意外も意外です。もっと絶望するか、愕然とするか、現実逃避するか。そのどれかだと期待してーーいえ、想像していたんですが。」


もしかして、ご存知だったの?自分が代替品(ニセモノ)だって。


わかりきっている癖にわざわざ疑問形にして、わざわざ首まで傾げてみせる彼女に、僕は隠す気もない溜息を大きく大きく吐きながら「知らなかったよ。」と返す。

すると、彼女はあからさまに不機嫌そうな顔で。


「嘘。」

「嘘じゃないよ。」

「嘘ですよ。貴方が気を失ってる間に少し『本物』と会話しましたけれど、『代替品も真相をうっすらとは理解していた筈だ』って言ってたもの。」


なんだ、やっぱり知ってて聞いてきたのか。直接言わせたかっただけ、って。いい趣味してるなぁ。

虐めないとか言ってた癖に、やり方が尋問じみてるよ。


「ねぇ、どんな気分なの?私、何でも知っているけれど何にも知らないの。」


彼女は言う。好奇心と興味本位で質問を繰り返す子供みたいな目で。まるで、心の奥底まで完璧に理解しようとしているようだ。知識の追求に限りがない。

成る程、だから【強欲】なのか。強く知を求める欲、で『強欲』。彼女にはぴったりだ。


「自分が偽物で作り物で、無価値で無意味で無個性で、消えることを望まれている存在だって。自分が『彼女』を好きだと思う感情さえ、作られた物だと知ってて。それでも好きでいるしかなくて。理由もわからず好きなままで。だけどその彼女さえ、自分が消えることを願っているって。……そんな思いを抱えながら生きるのって、」


横目で彼女を見やりながら、僕は思う。思い出していく。一生分とするには、少な過ぎる記憶を。

僕が『僕』として存在してきた期間は、とても短い。自分の人生を振り返るには、思い出とかそういうのがあんまり足りていない気がした。

だからまぁ、彼女の問いには答えられそうにない。しょうがないからここは一つ、適当に受け流すことにしよう。いつも通りにやるだけだ、問題ない。


「ねぇ、どんな気分なの?」

「そんなの、決まってるよ。」


嘘ですらない誤魔化しで、しらばっくれて。『わからない』と、


「最悪だ。」


ーーおっと、口が滑った。


「ふぅん?それはそれは可哀想に。可哀想に可哀想に可哀想に。」


思わず口を覆った僕に、彼女はにっこりと微笑む。微笑んで、それからしゃがみ込み僕と視線を合わせて。

嘲笑うように苦笑するようにつまらなそうに嬉しそうに、囁いた。


「同情するよ、本当。」


と。

多分、言い終わるより早く。


気がつけば僕は彼女を押し倒し、その細い首に手をかけていた。


……うん。我ながら命知らずというか、なんというか。とにかく、とにかくだ。このまま感情に流されて、ルイちゃんを絞殺するというのは人として失格の行為である。それはわかりきっていることだ。そうなんだけど。何故か、手が震えて思った通りに動かない。締めてないだけまだいいけど、すぐに離すのは無理そうだ。うわ、最低。言語道断で人面獣心。


「え、っと。」


とりあえず。

言い訳を兼ねて、自分へも言い聞かせておこう。


「ごめん。すぐ離すからちょっと待って。」

「別にいいですけど。窒息どころか首の骨へし折られたって痛くも痒くもないし、死なないし。」


いや、流石に首の骨へし折る気はないけども。というかそんな腕力持ってないよ。

所詮、どれだけ殺意を覚えたって僕に出来るのはこの辺までだ。未遂とすら形容しがたい微妙なライン。その一線を踏み越えるなんて、元々不可能なんだよ。だから、最低なんだ。やり遂げられる訳でもなく、中途半端に脅すだけなんて。


「あなたは本当に摩訶不思議な人だね。こんな形もない殺意を向けられたのは初めてです。襲った割りに理性がちゃっかり利いていて。やる気ーーもとい殺る気あるの?」


ルイちゃんに至っては脅せてもいないようだし。まさか怒られるとは思わなかったけれど。

さて。自己嫌悪は後に持ち越すとして、とりあえず今は手を。


「離さないで。この方が、貴方の感情に触れやすい。」

「はい?」


ーー何を言い出すんだ、この子は。

そんな僕の心情を察したのか、彼女は大きくため息を零した。


「ねぇ、私のこと殺したいと思う?」

「……思ってたら殺してるよ。」

「思うのと実行するのは違うよ。貴方は絶対に私を殺せない。でも、殺したいとは思ったでしょ?」


血のように赤い唇がゆるゆる動く、つい最近も見た光景に思わず体が強張る。何度も言うが僕の指は彼女の首を掴んでいて、つまり圧倒的に優位に立っているのは僕だ。でも、それでも。

どんな状況であれ、彼女との力の差はひっくり返らない。

化け物と人間。いや、もっと広い次元で、僕と彼女は生きている世界が違うんだった。

いやぁ、ついついうっかり忘れていた。

今ならまだ間に合うから。早く耳を塞いで、ついでに目も閉じて。何事も無かったように振舞わなければ、と思うのに。一度支配された脳は、むかつくくらい従順に彼女の言葉を聴き続けている。

あれ、これは間に合わないって言うのか?


「殺していいよ。死なないから。

……ね、貴方はもうすぐ消えるんだよ?だったら死ぬまでに一回くらい、誰かを殺しといたっていいんじゃない?」


懐中時計の秒針が、やけに明瞭な音を立てて時間を刻む。異空間に迷い込んだような気分だった。今朝あいつが作った無音の世界より、格段に気味が悪い空間。


「殺し方はわかるでしょ。」

「親指に力を入れて、血管を塞ぐの。そうすれば約3秒で気絶するから、そこからまた5秒。念を入れるなら、10秒でもいいかも。」


「ほら、いいよ。」

「殺して、いいよ。」


重ねられたルイちゃんの手は、酷く冷たい。一瞬『死体』の二文字が頭をよぎって、だったら殺したっていいじゃないかとか、色々なことを考えたけれど。

すぐに、そもそもなんで僕はこの子を殺そうとしてるんだろう、って結論に至って。


僕はゆっくり、でも確かに手を離した。不服そうな声を漏らす彼女には気がつかないフリで、体も退かす。

体も手もあれだけ強張って動かなかった癖に、思ったより簡単に動いてくれて。正直、まぁ助かった。

これ以上彼女の手の上で踊るのは流石に癪だから。


「二回も同じ手には引っかからないよ。君が『僕』を早く消したいのはわかったけど、そういう訳にもいかないし。」

「ふぅん?結局、君はそうなんだね。」


椅子に掛けたままだったコートを羽織り、懐中時計をポケットに突っ込む。時刻は3時45分。もうすぐ日が沈んでしまうだろう。夜になる前に、ここから出て行かなければ。あいつと入れ替わっても、この部屋にさえ居なければ何とかなる。

いや、ルイちゃんから逃げられるならどうなったっていいんだけどさ。


「卑怯。で、矮小だね。

貴方は消えることを望まれてるんだって言ったでしょ?それでもまだ生きたいの。」


そう。彼女は最初から僕を消すつもりで、ここに来たのである。そのための演技で、そのための会話で。だから、何がきっかけなのかもどういう理由かも知りはしないけれど、ドアを開けて彼女を招き入れたその瞬間、すでに僕は罠に掛かっていたのだ。現に一度、『本物の僕』と会話するのには成功したらしいし。次は自分を殺させることで、今度こそ僕を消す算段だったのかもしれない。

まったく、本当に趣味が悪い。やり方が汚いんだよなぁ。

ーーーー……いや、違うのか。


「貴方は偽物なんだから。代替品なんだから。用が無くなったら消えるべきでしょう。

何を考えているの?」


彼女は正しい。間違っているのは、僕だ。間違いなく、間違っている。


「別に、大したことは考えてないよ。理不尽だとは思ってるけど。」


だって、消えるために作られたんだから。そんな僕がこれ以上を欲するのは、横暴で【強欲】だ。

さっき彼女に【強欲】はぴったりだ、とか言っておいて何だけど。きっとそれは、丸々僕にも当てはまるのだ。


存在理由を捻じ曲げてまで、自そこに『在る』ことに夢中。これに勝る【強欲】はないだろう。

笑えるね。


「ただ、嫌なんだよ。」


こんな感情、


「顔も『知らない』誰かのために、死ぬなんてさ。」


正義とは、救済とはかけ離れてるじゃないか。


「僕はまだ、死にたくない。」



そう言い残して、僕は部屋から飛び出した。ルイちゃんは追ってこない。『そりゃそうだろう』と笑った誰かを無理矢理に押し殺し、白く染まった街へ足を踏み入れる。『僕』の寿命はあと少し。明後日の朝までギリギリ保つか保たないかってくらいだ。その内夜はあいつの領分なんだから、もしかしたら明日の夕暮れが最期かもしれないな。


さぁ何をしよう?

何でも出来る気もしたし、何にも出来ない気もした。


でもまずは、そうだな。

死ぬ準備でも、してみようか。


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