転(真実)
ネタばらし。
切るところが見当たらなかったのでちょっと長めですが、でも一番大事なお話です。
昔々とある山奥に、世界で一番頭の良い科学者がおりました。科学者はいつも、人々の幸せを願っていました。科学者の優れた頭脳は、人々のために使われていたのです。
その日も、科学者は「どうしたら人々が皆一緒に幸せになれるのか」を考えていました。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと考えていました。だけど、あんまりうまくいきません。一人や十人や百人や千人や、あるいは一億人幸せにするのは可能です。ですが、一億人幸せにすれば、それを羨む二億人が幸せになれないのです。科学者は、途方に暮れてしまいました。
皆を幸せにするには、完璧な計画と圧倒的な力が必要だ。それこそ、カミサマに匹敵するほどの力が。
そんな時です。科学者の頭の中で、何かが囁きました。まるで天からのお告げのように、無邪気でありながらも確信めいた口調で。
「だったら、人間に優しいカミサマを作っちゃおうよ。既存のカミサマと、有り余ってる【罪】を使ってさ?」
科学者は、大変喜びました。やっと皆を幸せに出来ると、疑うことなくその声を信じます。そうして目的を見つけた科学者の優秀な脳は、いとも容易くぴったりな【罪】を手に入れました。丁度いいカミサマも見つけました。
同時に、カミサマを作るために必要な『材料』も、ぴったりなのを考えました。
喜び勇んだ科学者は、早速助手や研究仲間を集めて堂々と宣言します。カミサマを作り、皆を幸せにすると。
科学者の完璧な計画は、ここから始まったのです。
その罪深き計画の名こそ、『歯車独裁計画』。
後に、『悪魔の研究』と呼ばれる計画です。
まず科学者たちは、【罪】を手に入れます。それには捌の大罪の内、【暴食】の大罪【喰夜狼】に憑かれた少年が選ばれました。
次に、カミサマを捕まえます。科学者たちは、【明けの明星】というカミサマが堕ちてきたところを狙いました。
ちょっと死んじゃった人もいたけれど、何とかカミサマを捕まえました。
最後に、科学者たちはとある国を発明品によって滅ぼし、そこから伍千伍百伍十伍人の老若男女を生け捕りにしたのでした。
これで、準備は完了です。
科学者たちは早速計画を開始しました。
歯車独裁計画。その内容はいたって単純です。
【暴食】の少年に生贄として伍千伍百伍十伍人の人間を殺させ、
暴食の能力によって生贄の命を吸収させることで『伍千伍百伍十伍個の命』を彼に与え。
そしてそれを使ってカミサマをも吸収させ、
最後には少年をカミサマにする、というものでした。
伍千伍百伍十伍個の命は、カミサマが怒って少年を殺してしまってもいいように用意されたスペアだったのですね。コンティニューの道具とでも言いましょうか。とにかく、この計画には何としても生贄が必要だったのでした。
「この時点でもう『ハッピーエンドを失った』ことに、気付いていなかったんだろうね。科学者たちは。」
計画は、順調に進みました。
少年は順調に人を殺し、順調に生贄は死んでいきます。
完璧な計画。完璧な材料。
科学者たちは皆成功を確信していました。
ーー最後の二人を、迎えるまでは。
生贄の最後に残ったのは、赤い少女と白い少年でした。
赤い少女は、いつも白い少年の後ろに隠れていて。少年のために、よく歌を歌ってあげていました。
白い少年は、いつもニコニコ笑みを浮かべていて。少女のために、よく本を読んであげていました。
二人は、常に一緒に行動していました。
寝る時も、食べる時も。
二人は、常に一緒に遊んでいました。
本を読んだり、歌を歌ったり。
そんな二人は、同じ日の同じ時同じ場所で、殺されることになったのです。
【暴食】の少年がいつも通りの壊れた心で、二人を殺そうとします。少女は、少年より先に殺されようと思いました。何故なら、彼女は少年のことが好きだったからです。
だけど少年は、少女の後に殺されようとはしませんでした。何故なら彼は、少女のことが好きだったから。
彼は少女を生かすために、死のうと思っていたのでした。自分の国が滅ぼされた時から、ずっと。
彼の強い思いは、当然のように奇跡を起こしました。
それも、最も最悪な奇跡を。
彼に応えたのは、カミサマではなかったのです。だから、その奇跡は誰も救いはしませんでした。
思いに応えたのは堕ちたカミサマ。
結果生み出されたのはーー否、目覚めたのは一つの罪。
それこそが、玖番目の【大罪】。
【正義】
「つまり、わたしと同じような存在になったんだよ。人に寄生する、化け物に。
……そして【正義】の能力は、『救済』。」
【正義】は、まず赤い少女を救いました。それから、【暴食】の少年も救いました。
白い少年の死を、以って。
白い少年は死んでしまいました。赤い少女は生きています。【暴食】の少年は心を取り戻し、贖罪を始めました。
贖罪の一つとして研究所は壊されて。科学者たちも皆殺されて。
まぁ、他にも呪いとかカミサマの失踪とか色々ありまして。
とりあえず物語は、終わりを告げたのでした。
おしまい。
「ーーなんて、そんな訳ないですよね。人生は物語ではないのだから、今この瞬間も続いてる。終わってなんか、ない。」
ルイちゃんはそう言うと、愉しそうな目で僕を見下ろした。見下した、と言うべきかもしれない。そんな仕草。
いくら身長差があるといっても、座っている僕と立っている彼女の間には、頭二つ分くらいの差があったから。
なんの言葉も思いつかず、ただ黙って昔語りに耳を傾けていた僕の顎を右手で持って、無理やりに視線を合わせながら得意げに笑って。
演技過剰。とか、そういう類の言葉が頭をよぎったけれど、多分今の状況をーーというかあの話の結論を語る上でする演出としては、正しいのかもしれないとも思った。
彼女の語った御伽噺は、それぐらい現実離れしているように聞こえていた。少なくとも、僕にとっては。
「堕ちたカミサマは、理想郷を作った。『ルシフェル』なんて偽名を使って、余生を謳歌しているよ。」
「【暴食】の少年は、お兄さんも知っている通りお兄さんの【夜】として今も贖罪を続けてるよ。呪いを受けながらもね。」
「赤い少女は、まだ白い少年を忘れられずにいるの。いや、もうすぐ終わっちゃうのかもしれないけれどね。」
「赤……って、セラちゃんが?終わっちゃうって、」
どういう意味だ。
と我ながら珍しく、感情がそのまま声に出る。脳が空回りしてるみたいな、妙な気分だ。いやいや、どうして空回りしてるかはわからないけれどさ。だけど空回り故に、あんまりブレーキが効いていない感もある。
現に、力任せにルイちゃんの手を振り払おうとして。
「まぁ、その話は後にしましょう。これからが本題ですから、聞き終えてから彼女を救うか判断してよ。彼女を救うか。というより、彼女を救う権利があなたに有るかを。」
その前にぱっと離された右手の人差し指が、今度は丁度眉間へと突きつけられた。
思わず停止する僕。
触れるか触れないかの微妙な距離を、詰めるでも広げるでもなく保って。
現状維持?いや、違う。
それ“以上”が出来なかっただけだ。
銃口が目の前にあるような、圧倒的な迫力に逆らえなかった。だから、本能って言葉が一番当てはまる。
同時に、その本能とやらは叫んでいた。必死に咄嗟に叫んでいた。
この声を聞くな、と。
聞いたら、取り返しのつかないことになる。って。
だけど、警告にはやっぱりちょっと遅い。彼女という化け物を前にして、耳を塞げる筈も無く。
一度聞き入ってしまえば、それで終わりだ。それぐらい僕にもわかる。
彼女は僕を逃がしはしない。
『救済』策も逃避策も、きっとあえて用意しなかったんだろう。
だって、彼女は何も悪く無いんだから。
悪くないから、誰にはばかることもなく。遠慮や容赦など想定から外して。
【強欲】の化け物は、自分の個性もキャラクターも思想も全部かなぐり捨てて、今。
「この物語でいう『白い少年』は、あなたのことではない。何故なら白い少年は死んでいる。」
「けれど【正義】が、死にゆく『白い少年』を救済しないわけがない。」
「白い少年は救われた。死んじゃったけれど救われる。救われなければならない。だけど、人生は物語ではないから。一度退場してしまえば戻れない。救われない。」
「白い少年を、退場させない方法はたった一つ。『代替品を用意する』んだよ。そして、白い少年が復活した時に戻る居場所を作らせるの。」
僕の、吐いていたという嘘を。
「ここまで言えば、もうわかったでしょう?」
全部、全部。
「主人公の『代替品』。偽物の記憶。偽物の愛。……さて、それらで作られた貴方は。消費期限付きの貴方は。本物が復活したその瞬間、偽物ですらいられなくなる貴方は、これから。
ーーーー何者に、なるんだろうね?」
暴いてしまおうと云うのだから。
ほら、もう時間切れだ。
頭の奥で、誰かがそう囁いた。聞いたことがある声だった。
誰のものだったかは、覚えていない。
否。違う、そうじゃない。
あれはきっと、僕の知らない『僕』の声。
なんて。
悪い冗談みたいだ。
とか。
言い訳だ。嘘だ。詭弁だ。『偽』善だ。
だって僕は。
知っていた筈なのだから。
こんな化け物に指摘されるまでもなく。気づかないフリ?気付いていたフリ?わかってる。
五月蝿いな、わかってたよ。わかってたんだよ本当は。もう認めるから。認めてしまうから黙ってくれ。
全部。
全部。
本当のことだから。
「バレちゃった、か。」
予期せず口をついた言葉。わけもわからず笑みを浮かべて、意味もわからずルイちゃんを見上げれば。
「当たり前です。【正義】さん。」
少しだけ悲しそうに、ルイちゃんはーー【強欲】は、微笑んでいた。
「ちょっとだけ、あなたの『代替品』に同情はしますけれど。ここからが、ハッピーエンドの始まりだもんね。」
嗚呼。
お久しぶりです、世界。
『僕だよ』




