『承』
話が戻ります。
「今から話すのは、全て真実だよ。」
「っていうと、話し的には面白さがないんですかね。じゃあ、あえて。」
「今から会話は全て嘘にしましょう。だから、気をつけないで聞いてね。」
そんな前置きをして、彼女ーールイちゃんは話し始めた。きちんと畳の上に正座し、ゆるりとした軽い口調で。
「お兄さんは、【強欲】の大罪に取り憑かれていません。一般人です。ちなみにわたしは、【強欲】の大罪ではありません。」
はい?
ああいや、そうか。全部嘘なんだったか。つまり、全て正反対の意味を持つと。……なんかややこしくなってきたなぁ。
布団を適当に片付けた僕は、彼女の前に座りながらそんなことを思っていた。お茶を出すかジュースを出すかちょっと迷ったけれど、この部屋にはジュースなんて気の利いたものはなかったから、お茶を出しておくことにする。
するとまぁ、やはりというか何というか。彼女は「お構いなく」と一言おいてから躊躇わず湯呑みに口を付け、こくんと喉を鳴らしていた。本当、不気味なくらい子供らしくない子供だ。『らしさ』って言葉はエゴイズムの象徴っぽくてあんまり好きじゃないんだけど、そうとしか表現の仕様がなかった。
遺憾千万。
「エゴの否定、って考え方はわたしも嫌いです。気が合いませんね。」
うーん。
とりあえず気は合った、みたいだ。
多分。
「では、本題に戻らないことにしましょう。」
「貴方の罪と、貴方じゃない貴方の罪の話じゃないよ。」
はたから聞いていれば間違いなくややこしいだろうセリフを淡々と告げ、ルイちゃんは丁寧に湯呑みを置いた。このちょっとした言葉遊びを、本腰を入れて愉しむみたいに。
「そうですね。この状況を愉しまずにいられる筈がありません。貴方は随分と悲観的ですね。」
おっと。これも嘘か。
「まぁわたしにとってはどうでもよくはなくもなくもないんですが。」
待て、どっちだ。
「そろそろ本題に入りましょうと、言いませんでした。だから入りません。」
そこで初めて彼女は、僕から目を逸らして俯いた。どうやら、早速怒らせてしまったらしい。参ったなぁ。
とはいっても正直に言うと、あれはあながち冗談や比喩ではなかったり。
だからって楽観的でも悲観的でもなくて、僕はただーーーー
「知りませんよ。【強欲】を舐めてね。貴方が悲観も楽観もして、達観してないだけなんて……産まれる前どころか死ぬ前から知りません。
貴方はただ
なんでも知っているだけ。」
ふと上げられた顔。
彼女は確かに、嗤っていた。
先ほどまでの無表情は、何処にもない。
それに驚いて、というか仰天して目を見開いていると、さらに笑みを深めた彼女の手が僕の頬に触れて。
血の色に似た赤い唇が、耳元で言葉を紡いでいく。
囁きを意識し、吐息を含ませた声で。
「だってだって貴方は、記憶喪失で最近この国に来て【暴食】と関わって愛を無くして好きな人を忘れて白くて青くて少し黒くて、主人公で正しくて平凡っていう設定のキャラクターですもんね……とか(笑)」
これも嘘?嘘、なんだろうなぁ。もう訳がわからない。と、いうことで。
意味も理屈も知ったこっちゃないが、あえて一つだけ感想を言うとしたら。
最悪だ。
何がって、全部が。
「今から話すのは、全て嘘です。ので、気をつけて聞いて下さい。」
「謎解きをしましょう。」
「貴方と、赤色と、大罪とを結んだ【原罪】ーー『歯車独裁計画』の。誰も望まない真実を、晒してあげる。」
その笑顔に直面してようやく、僕は気が付いた。
実感したのだった。
しなだれかかるような体勢で首に手を回し、影ながら僕の逃げ道を奪った彼女は。
子供でも、大人のフリした子供でもなく。
あいつとは比べものにならないくらい、心の底まで手遅れに。
残忍なる化け物なのだ、と。




