隠し事
昔、昔。
からから、空空と。
風見鶏の回る音。
見渡す限り
白い花が咲き誇る野原。
澄み渡った青い空。
ーー2人は、いつも一緒だった。
両親に捨てられ、押し込まれた孤児院で出会ってから。その孤児院が閉鎖され、野原に破棄されているバスの車内で暮らすようになった今も。
たくさん遊んで、共に食事をし、寄り添いあって眠る。
2人は、いつだって一緒。
草花が絡みついた、廃バスの車内で
座席に埋もれるようにして指を動かしていた◯◯◯は、ぎしりと鈍い音を立てたドアーーガゾリンも何もないので当然、手動でしか開かないーーが開く気配に、勢いよく顔を上げた。
その視線の先には、慣れた動作で草を掻き分け車内に入ってくる自身より一回り大きい人影。
「おかえり、**」
「ん。ただいま、◯◯◯」
緩んだ笑みを向けた◯◯◯が声をかけると、**と呼ばれた小柄な少年は無表情で返事を返し、テーブル代わりに使っている座席にハンカチを広げると、その上に2、3個のパンを並べ始めた。
ふわりと風にのって香ってくる香ばしい匂いに、◯◯◯は手にしていたソレを自分の隣の座席に置いて、すぐさま彼の元へ。
「うわぁ……もしかして焼きたて!?」
「焼きたて。余ったって言ってたから、貰ってきた。」
目を輝かせて、**の手元を覗き込んだ◯◯◯に、**は今日の出来事を淡々と説明していく。
「ヤイルおじさんの娘が明後日産まれる予定だから、◯◯◯に占って欲しいらしい。」
「へぇ、もう産まれるんだー。占いって、私占い師じゃないんだけどなぁ。」
「それから、海の向こうの大陸がここを狙ってるから、外出する時は気をつけろって。」
「……やっぱり、大人は戦うことしか知らないんだね。まぁ、どうだっていいけどさ。」
「、それと」
すると
今まではスラスラと言葉を紡いでいた**が、一瞬、躊躇うように口をつぐんだ。
軽い沈黙が車内に満ちる。
そして彼は不思議そうに首を傾げる◯◯◯から目を逸らし、精一杯『何事もなかった』ことを装って口を開いた。
「キリニアさんが、うちの養子にならないかって言ってたよ。」
抑揚を押さえつけた声で言う**に
◯◯◯は、ほんの少しだけ目の前にいる彼の笑顔が、歪むのを感じた。
彼が言った『キリニアさん』というのは、料亭や遊技場を幾つも所有している、女性資産家の呼称。この大陸でも、五本の指に入る大金持ちだ。
その養子になる。
普通なら、一も二もなく飛びつく話だろう。
だが、そんなある種の『常識』には反し、二人は今まで、何度も彼女の誘いを断っていた。
理由は単純。
二人は、知っていたからだ。
キリニアが欲しているのは、**でも◯◯◯でもなく。自分達の中にそれぞれ眠っている、能力だけだという事も、
自分達が、化物である事も。
彼らは知り、理解していた。
だからこそ、彼女の誘いに興味が湧くことはない。
「**は、昔からキリニアさん大嫌いだよねぇ」
目を逸らしたままの彼の、あからさまな嫌悪の表情に◯◯◯は苦笑を漏らす。
作り笑顔の上手い彼がこんな表情を見せるのは、◯◯◯の前でだけだ。
現に、当のキリニアは気付いてもいない。自分が、この小さな少年に心底嫌われているだなんて。
きっと養子の話をされた時も、彼はいつもどおり笑って聞いていたのだろう。 ヘラヘラと笑顔を貼り付けて、何も感じていないフリをして。
誰も彼の裏には気づかない。
彼が気付かせないから。
ーーだからこれは、二人だけの秘密。
◯◯◯は、忌々しげに眉を潜めている**の頬を両手で挟み込んで彼と視線を合わせながら、そんなことを思っていた。
自分だけに見せる、感情の起伏。
手の中にある温もりが、自分を必要としていてくれることが、たまらなく嬉しくて。
信じられない程幸せで。
「私はね、なんにも要らないんだよ。
君が居てくれるなら、私は。
世界中の人間全てを犠牲にしたって構わないんだから。」
狂気とも思える言葉を、当たり前のように吐いた彼女は曇りのない笑顔で、笑っている。
きっと彼女の世界は、**の存在だけで完結しているのだ。
他には何も存在しない。必要ない。
外の人間が何をしようと
何百人、何千人の人間が死のうとも
彼女は言うのだろう。
『悲しいね』と、作り物の笑顔で。
そしてそれは
**にとっても同じ。
「ん。僕もだよ。
◯◯◯の為なら、誰が死んだって別にいい。」
ぽん、と彼女の頭を優しく撫でる彼は
いつも通りの笑顔。だが確かにその藍色の瞳には、溢れんばかりの慈愛が浮かんでいる。
二人は何もかもが一緒だった。
お互いに向ける感情も
他人への思いも。
自分への、無関心も。
「……今日は、何して遊ぼうか。」
「えーっと、かくれんぼ!」
からから、空空と。
風見鶏の回る音。
見渡す限り、白い花が咲き誇る野原。
澄み渡った青い空。
彼らの小さな箱庭は
今日も変わらない。
世界がまだ、『正常』だったときの話。




