真冬の夜の夢
「ん、……。」
「よぉ。起きたか、不審者。」
ーー朝まで目ぇ覚まさなかったら、どうしようかと思った。
そう言って笑う化け物に、彼は僅かに目を細めながらゆっくりと起き上がった。先ほどまで度々痛みを訴えていた腹部の傷も、もはや跡形もなく『消失』している。
「わざわざ治してやったんだ、精々盛大に感謝しとけ。」
治療、というよりは再生に近いけれど、そんなことは最初から気にも留めていないのだろう。無限の死と生を繰り返す化け物にとっては、所詮同じことなのである。生きているのなら、過程はどうだっていいのだ。
そしてそれは化け物の後ろに隠れている元【犬】である少女にとっても、また暗黒街のボスに忠誠を誓った少年にとっても、どうだっていい違いだった。
「どうも」
酷く不本意そうな表情で言った彼は、手元に転がったままの剣へ一瞥もくれることもなく、ただ目の前の化け物を見上げる。その様子を、化け物や少女が怪しむことはない。
そう。この場の誰もが、理解しているのだ。
今対応しなければならない、決定的に致命的な危機を。
「で、だ。ここからが問題なんだが、あの女とその目的についてお前に話しておかなきゃならないことがあるんだよ。」
化け物は、静かに語り出した。
【色欲の猫】に囚われた少女と、【怠惰の虎】に魅入られた少年を前にして。
「【大罪】と、それを集めるという意味を。」
場所は変わって。
理想郷の全てを見渡せる塔の上。
赤髪赤目の少女が、風に揺れる巨大な旗の根元に腰掛けていた。
無造作に投げ出した素足をぱたぱたと交互に動かしながら、もうじき朝を迎えるこの国をそれはそれは不機嫌そうに見下ろしている。
その背に羽は、ない。
「まったくもう。こんなの、あり得ないよ。」
ばったりと、糸の切れた操り『人形』のように後ろへ倒れこんだ彼女はつまらなそうに、本当につまらなそうに両手を月明かりに翳した。
その右手には乱雑に包帯が巻かれ、そして左手には大きなガーゼが貼り付けられている。
「こんなアドリブ、認めないんだから。」
冷たい風に煽られて消える、いつもよりワントーン低い声。勿論、僅かに滲んでいた彼女の怒りが誰かに届くこともない。
それでも彼女は、静かな声で続けた。
「【大罪】を集めるなんて。そして、私を殺すだなんて。あの子は『エリュシオン』を潰すつもりなのかな?折角の楽園、折角の理想郷を。
【大罪】を集めるっていうのはそういうことだよーー。だから、早く壊せって言ったのに。よりにもよって集めるなんて、」
許せないよね。
言い終わるより先に、彼女は勢いよく体を起こす。
振り返った赤い目。
そこにいつも通りの軽い笑みは、欠片も浮かんでいなかった。あるのはただのーー
「こうなったら、しょうがないから、さ。」
吐き出されるたった一つの言葉。
それは、とても残酷に。
凄惨に。
「あれを殺す。ーーーー私の理想郷は、絶対に壊させない。」
物語の終結は、近い。
次回より『【番外】蝶と虎』編が始まります!




