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エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
序章
4/67

欲望と罪の街

「理想郷という名の」

繁華街『イェスト』



「さぁ黒か赤か!」

「畜生っ、オール・インだ!」


鼻をつく酒と香水の匂い。

あちこちで聞こえる歓声と悲鳴。

賑やかというよりは騒がしく、人も建造物もぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって。在るべきものが在るべき処に全然無いような。


そんな、国。


建物が所狭しと並んだ国中は人で溢れかえっていて、静かな場所なんて一つもなかった。ギャンブルを楽しむ人、路上で食べ物を売る人、わざとらしく腕を組んで闊歩する男女ーーーーそれから、白い薬を吸って理性を失った人。


「理想郷、って」


こういう意味か。と無理やり納得して、僕は辺りを見渡す。想像していたのと斜め上を行く光景に、やっぱり少し驚いた。

『理想』とはいえ全員が幸せな訳ではなく。

『自由』であるために必要最低限の制限がなく。

『快楽』だからこそ薄汚れていて、歪んでいる。

狂喜乱舞、抱腹絶倒。


「というより、阿鼻叫喚かな」


僕は先ほど買ったホットドッグにかぶりつきながらそう言って、色鮮やかな建物の群れから地面へと視線を落とした。色鮮やかな外装も錆びた赤い柱も、ごちゃごちゃし過ぎて正直目に痛い。申し訳程度に敷かれたボロボロのアスファルトだけれど、まだこっちの方がマシだ。ーーなんて、甘いことを考えた。


途端、地面に濃厚な黒い影が映り込む。


「?」

「よぉ……坊主ぅ。金持ってそうだなぁぁあ!」


嫌な予感がした。

というか現在進行形でしている。


「ちょっとおじさんに寄越せよ……なぁあ!」

「っ、」


ギギギ、と壊れたブリキの玩具みたいにゆっくり顔を上げると、そこにいたのは死体のような顔をした男だった。男は焦点の飛んだ目で僕と僕の荷物を見比べて、意地汚く口角を上げる。


あ、やばい。


「寄越せぇえぇ!!」

「うわっ」


よく見たらこのおじさん、さっきそこで倒れてた人じゃあないか。


視線がぶつかった瞬間伸ばされた、包帯でぐるぐる巻きの男の手を慌てて避けて、一歩分後ろへ距離を取る。正直まともに喧嘩して廃人に勝てる気がしないからと、道行く人に助けを求めようと大きく息を吸った。

だけど、それは実行前に無理だと悟る。


「おーい」


見た、でも見ていない。

通りすがった人、あるいは店の中から見ていた人、もしくはその両方が一斉に『見て見ぬ振り』を敢行したのだ。

何人かは見せ物でもみるかのようにけたけたと笑ってこちらを見てはいるが、そんな奴らは当然に論外で。


「何が『理想郷』だっつーの」


正義だなんだと喚く気はないけれど、これは流石に薄情だと思う。警察、はいないんだったか。


「うぉっと」


掴み伏せるような二撃目も同じ具合に回避して、心中で「しょうがないなぁ」と呟いた僕は、さっさと逃げさせてもらうことに決めた。即決即断、ぬらりと起き上がってにじり寄ってくる男を横目に体を反転させ、勢いよく駆け出すーーーー直前。


どん、と固いものが背中にぶつかる。


「……あれ?」


振り返った先には、壁。

どこからどう見ても、壁。

ついでにいうなら、大衆食堂の鉄板の壁。

それが、目の前にあった。うっわぁこんなベタなの現実に起きるんだ。


「う、嘘ぉ」


どうやらこの食堂は、他の建物の列よりはみ出た位置に建っていたらしい。全然気づかなかったなぁ。


じゃ、なくて。


「金出せチビぃいぃいいい!!」

「げ、」


頭上に迫る太い腕。まいったな、と思う暇もなく男に胸ぐらを掴み上げられて、少しだけ片足が宙に浮いた。これはもう、一発殴られるの覚悟した方がいいだろう。我ながら諦めが早いことは自覚しているけれど、まぁこればっかりはしょうがない。そう思い直して、衝撃に備えようと目を伏せる。だけど、意外なことに


「ぐあ、」

「おおー」


唐突に飛んできた灰皿が男の頭に直撃して、僕を守ってくれた。いやいや、自然に飛んでくる訳がないから誰かが手助けしてくれたってことだろうけれど。でも一体誰が。


「逃げますよ!」


ぐんっと僕の手首を握った手が、近くの路地へ向かって走り出して。やっと地面についた足をありがたく思いつつ、転ばないように僕も走り出す。


まったく、すぐに絡まれるとは運がなさ過ぎる。『理想郷』なんて謳われているだけに、完全に油断していた。「お前絡まれやすいんだから気をつけろ」って、忠告されていたのに。


……この子にお礼を言わなきゃな。


とはいえ、最優先事項は逃げることだ。だから腕を引かれるままに路地へ飛び込んで、ひたすら走る。正直体力にあんまり自信はないんだけれど、ここで置いていかれるのは非常に困るから。


迷路のように入り組んでいて、どこか湿っぽい、暗い暗い路地裏。むせ返るようなタバコの匂いと荒ぶるカラスの群れ。ひび割れたコンクリート、意味の伝わらない張り紙。


そんな中で

僕を助けた女の子の、炎のように赤い髪だけがやけに輝いて見えた。






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