答え合わせ。
地獄に罪の終着点が在るのなら
「ったく、ふざけんなよーーーー」
黒い影が、愉しそうに僕を見る。
「ゲームじゃねぇんだから、生き返んの大変なんだぞ」
死ぬかと思ったじゃねぇか。
そう言ってあの化け物は、さっき殺した筈の化け物は笑っていた。
その体に視認出来るだけの傷はない。
僕がこの手で切り落とした腕すら、何事もなかったかのようにそこに有って。自身の首を貫いた、僕の禄十本目の剣を携えていた。
「本、当に化け物だな」
「ああ?何だよ、今更。わかってて殺しにきたんだろう?『無限再生』ーーそれが俺に掛かってる呪いの名前で、手品のトリックだ。まぁ、人外だってことに違いはねぇよ。」
確かに、『化け物だ』ってことは聞いていた。油断するな、簡単に殺せる相手じゃないって。サクヤ様が言うぐらいだからと、それなりに心の準備だってしていたのだ。
だけど、これは。
ここまでだなんて、予想していなかった。
「ーーさん、」
少女が、呆然と誰かの名前を口にする。
きっとそれがこの化け物の名前なんだろう。普通で、ありきたりな名前。
すると化け物は気まずそうに少女を見やって、それからすぐに目を逸らし。
「いいから刀寄越せ。話は後だ」
その瞬間、少女の表情が晴れる。嬉しそうだ、と思う。純粋で、純真で。
捌年前のサクヤ様が僕に見た『綺麗』というのは、こんな感じだったんだろうか?汚れていなくて、歪んでいないから『綺麗』。
だとしたら、とても申し訳ないな。
あの時からもう僕は充分に汚れていて、歪んでいた筈だから、『騙した』ような気分だと。
……なんだ、急に。いやに走馬灯めいた思考だなぁ。
自覚してます、うん。
「さて。
お前に訊きたいことは多々あるんだが……まぁ、とりあえず早急なのを一つ確認しとく」
あいつは右手に白い剣、左手に黒の刀を持ち、今までと変わらないトーンで言う。
さっき死にかけたというのにーー『生き返った』のなら死んでいるのかもしれないけれどーー随分冷めた反応だ。
そしてこの状況で『確認』だなんて、余裕を通り越して自暴自棄にも見える。
それだけ重要なことなのか。
もしくは、『僕』という存在をそこまで危険視する必要が無いのか。
「【色欲】の特徴は『変える』。どんなものでも自分の思ったように『変える』っつー反則じみた能力だ。そして多分、リリィがその【色欲】だってことに間違いはねぇだろう」
刀の峰を肩に乗せ、足元に転がる瓦礫を踏みつけながら突きつけられる一言一言。
途端に、僕は自然と納得する。
理解と言った方が正しいかもしれないけれど。
要するに、あれだ。
この状況で『確かめる』というのは、他人にとってはどうでもいいことでも、こいつにとっては重要な話という訳で。
それは、僕にとっても同じことで。
「【色欲】のーーというか【花色猫】の『変化』の中でも、俺ですら変わらされた能力下においても、お前は『変わらなかった』。もしも変わっていたなら、リリィみたいなビビりの前で襲いかかってくるなんて不可能だ」
確かに。
変わったとか変わらなかったとか、よくわからないけれどそれぐらいはわかる。
この少女の近くだと彼女の都合のいいように動かざるを得なくなる、と解釈するならば。
《……何やら揉めているようだけれど、襲いかかっていいものなんだろうか。仲良く手を繋いでいるということは悪い仲でも無いんだろうし。じゃなくっても子供の前で人殺しとは如何なものか。今更だけど。本当に今更だけど。》
この時点で僕は、迷いなく退いた筈だ。臆病な彼女にとっては、退いてくれた方が都合がいいのだから。
だけど迷った末の結果として襲いかかっているんだし、彼女のーー【色欲】の能力とやらに僕は影響されていないのだ。
普通なら、影響されるべきなのに。
ならば。
「なら答えは一つだ。考える必要もなく、一つだ。
つまりお前が普通ではなくて、それもきっと才能とかの立派な『異常』じゃなくて。俺の呪いと、似たり寄ったりの『異常』。」
何でも知っている彼女が言っていた。【色欲】を含む【大罪】は全て動物を模しているのだと。サクヤ様が【蝶】に騙されたように、少女が【猫】と関わっているように。
そして僕が出会ったのはーーーーーー
「虎。正式に言うなら【止終虎】に出会ってるんだろう?『止める』……っつーのは【怠惰】の専売特許だ」
天には罪の母親が居る筈なのだ。




