殺戮宣言
「殺して頂戴」
翌日の夕方、彼女は残酷に告げた。対象は、見逃すと言っていた件の殺人鬼。
「先日、派手に虐殺してくれたらしくてね。見世物小屋がいくつ潰されたって全然、本当に全然構わないのだけれど。危険性が広まったって意味で、即時に始末することになったの」
お願い出来る?
悩ましげな演技で目を伏せた彼女にそう言われては、僕の返事なんて決まり切っていた。
夕日すら差し込むことのないこの部屋の、悲しく狂った姫君。彼女にいつもの調子で命じられたのなら、いつもの調子で応えなければ。
「かしこまりました、お嬢様」
首に掛けられたブラッディルージュの首輪。それは僕と彼女を繋ぐ鎖のようで。
時計の音だけが響く部屋の中、僕はいつも通りに頭を垂れた。
外に出て最初に思ったのは、『空気が冷たい』ということだった。夜に動くのは一昨日ぶりではあったけれど、それにしたって肌寒い。もうすぐ冬がくるのだろうか?白くて、白い冬。
冬は嫌いだな。
そんなセリフを溜め息と一緒に吐き出して、僕は淡々と足を進めた。
繁華街に近づくに連れて人数は増えていく。こんな夜でも理想郷の住人たちは、自分の欲求を解消するのに夢中らしかった。毎度のことだけど、本当に巫山戯た理想郷だ。
これから人を殺そうという僕に、言われたくはないだろうけどね。
思わず漏れた自嘲。
そしてーーそれとほぼ同時に、見つけた黒い影。
そいつは、文字通り黒かった。
黒いコートを着込み、フードの端から覗く髪もまた黒い。
ただ例外として、その両目だけが異様に青かった。
側に居るのは子供。まだ世界に毒されていないような、どんな『嘘』でも信じてしまいそうな。
……何やら揉めているようだけれど、襲いかかっていいものなんだろうか。仲良く手を繋いでいるということは悪い仲でも無いんだろうし。じゃなくっても子供の前で人殺しとは如何なものか。今更だけど。本当に今更だけど。
「んー」
淡い月が浮かぶ夜空の下、『屋根の上に立ったまま』で僕はしばらく考え込んだ。このまま追跡して、二人が離れたところを狙おうとか。いっそ暗殺に切り替えようとか色々なことを。
そうして、柄にもなく考えた結果。
「いいや、殺そう」
白い刃が冷えた空気を切って、ひゅうんと悲鳴のような音を立てる。そのまま僕は剣を振り下ろして。
重力に逆らうことなく一直線に飛来した剣は、一寸の狂いなく奴の手首を切り落とした。
さぁ今日は何本要るだろうか。
反響する少女の声。それがを背に庇いながらこちらを見上げるあいつ。
サクヤ様が殺せ、と命じたあの男だ。
だから僕が殺すべき相手だ。
よし。じゃあ、殺させて貰おう。
いい感じにギャラリーが減ったのを確認して、飛び降りる。正確にはーー飛びかかる。
二本目の剣と三本目の剣を両手に携えて、咄嗟に迎撃の準備をとった標的の元へと。
一目散に。
さて次回より戦闘シーンです!




