紅の証
「あら、珍しく遅かったわね。貴方がいない間に色々あったのよ?」
人探しの為に私を訪ねてきた、不思議な2人組とかね。
そう言って、サクヤ様はクスクスと笑った。僕が出掛ける前とは打って変わった、いつも通りの偽物の笑顔。
どうやら彼女の偽り癖は、一朝一夕でどうにかなるようなものじゃないらしい。そりゃそうか。簡単にどうにかなるなら、【大罪】なんて無関係でいられた筈なのだから。
「そうだ。リング、買ってきて貰えたのかしら?」
「あ、はい。ここに」
「ありがと」
言われたとおり紅く輝くリングを二つ、差し出された彼女の手に載せる。すると彼女は黒いソファに腰掛けたまま、何故か満足げに一方を座席に置き、もう一方をゆるりと食んだ。
かりっ、と軽い音がして、銀の輪から宝石が取り外される。
「……お嬢様?」
おそらく金具で切ってしまったのだろう。その薄い唇から、僅かに血液が流れていた。それを拭うどころか気にも留めず、彼女は宝石を掴んだ左手を自身の胸元に這わせーー
「……ん。これで、完成」
暗黒街のボスでありながらも装飾品を好まない彼女が、せめてもの礼節として唯一身につけている、銀のネックレスにそれをはめ込んだ。
小さな王冠を模したペンダントトップの中で、血の色の宝石が音を立て揺れる。
「本当はね?リングのままで渡すつもりだったの。だけど私たちにはあまりに似合わなかったから、一計を案じてみたって訳」
可愛く言うなら工夫かしら?
そう言うと、彼女はおもむろにネックレスを外した。そして、何も言えずに黙りこくっていた僕の前に、再び差し出される白い掌。
「受け取ってくれる?私が使った後の物で心苦しいのだけれど、他に手頃な物が無くてね。ネックレスまで貴方に買ってきて貰ったら、私からの贈り物にならないし」
ふにゃり、と緩んだ笑顔で彼女は笑う。そこに【嘘】は、無かったように思えた。いやいや、気のせいかもしれないけれど。僕が都合の良いように、受け取った可能性もあるけれど。
吃驚仰天。
驚愕動転、驚天動地。
なんともまぁ、信じられないことは二度三度起こるようでして。もしかしたら僕は明日死ぬんじゃないか、なんてことを一瞬本気で考えてしまう。
だって、こんな奇跡みたいな。
いっそ罪深くさえ感じるような、幸せが。
「ありがとう、ございます」
一生大切にします。
そんな最後の余計な言葉だけは飲み込んで、僕はおずおずとそれを受け取った。
このタイミングでのプレゼント。どんな意図や意味を持ってしたのかは、僕の浅はかな脳みそじゃ計り知れない。彼女と僕じゃあ、見ている景色は全然違う。どれだけ長くそばに居たって、変わらない。
それでも。
それでもさぁ。
少しだけ、自惚れていいのなら。
「貴方は私のものよ。だから、これをその証拠にしましょう。貴方も、貴方の大罪である『虎』も。あの場所のあの時間からずっと、貴方は私の玩具」
いつか僕は、彼女にとっての『大切』になれるのだろうか。なんて。
「ーーーー勿論です。僕の主は、永遠に貴方だけですよ」
新しく首に掛けられた銀の首輪。それは、赤い糸というには、少し歪んだ紅い色。
その心地よい重さをひしひしと感じながら、僕は同じ紅を宿した彼女の手に。
小さく、静かなキスを落とした。
この先に起こる悲劇を、予想することもなく。ただその身に、隠しきれない【大罪】を抱いて。




