始まりはかくも淡々と
ここから本編になります。
ゴミ箱をひっくり返したみたいに雑多な街中の、一番大きな建物の上。異常に巨大な旗が、地上を嘲笑っているかのように、自身に描かれた白い花を晒して立っていた。
僕が長い長い旅の末に辿り着いた場所は理想郷だった。……こういうと語弊があるかもしれないけれど、確かにここは理想郷の名で知られている。目印の大きな旗があるから間違いない。
「理想郷、かぁ」
欲望と快楽の国 『エリュシオン』。数十年前に近くの強国から独立した後、それからは不思議と他の国に攻められず、たいした武力も無いまま今に至っても君臨し続けている小さな国。そこには一切の法律も条例も、ましてや警察なんかも無く、際限無い自由を与えられたおかげで人の欲望と罪が渦巻いているんだって。
「憂鬱、虚飾、強欲、色欲、暴食、傲慢、憤怒……あと一個なんだっけ?」
ああ、怠惰か。
誰に聞かせるでもなく呟いて、僕は重いリュックを背負い直す。懐中時計が示す時間は午後七時。早く休める所を探さなきゃ。
「それじゃあ、行ってみようか」
そうして僕は、理想郷の中へと足を踏み入れた。
この先に何が待つのかなんて、考えもせずに。