昔々あるところに。【夜】
『昔々あるところに』
随分と、昔の夢を見た。
ずっと昔、具体的には5、6年ぐらい前の。
まだ俺が、『俺』じゃない何かだった時の話。
一番古い記憶は、黒い部屋の中だった。
黒くて深い暗闇の中には、ソファとテーブル、それから大きな窓があって。窓の外には、真っ白な部屋が広がっていたのを覚えている。
そこで俺は、ずっと見ていたんだ。
白い部屋で、人が死ぬのを。それから、実験台として利用されるのを。
ずっと見ていた。
見ることしか、俺には許されていなかったから。
目を逸らすことも出来ずに、ただひたすら傍観を繰り返す。それが俺の日常で、俺の存在理由で。
子供や夫と散り散りになったと、泣いている母親がいた。
両親から引き離されたのだと、身を寄せ合う兄妹がいた。
置いてきた妻子にいつか必ず再会すると、叫ぶ父がいた。
もしも力があるのなら教えてやりたいと、何度も思う。家族だけは無事だから、なんて安堵する彼らに、今お前の隣にいるのがお前の母で、父で、兄で、妹で、家族なのだと。だけど、どれだけ声を上げたってこの言葉が届くことはない。黒い部屋の中でだけ反響して、空回って。
そんな日々を繰り返す中で、『もういい』と諦めるようになったのは、案外かなりの時間が過ぎてからだっただろう。
「ごめんね」
そう。
あの日も、こんな声が聞こえていた。
「『愛して』あげられなくて、ごめんね」
押し殺すような、涙まじりの声。
俺は「またか」と耳を塞いで、なおも聞こえ続けるソレから意識をずらして。
「本当に、本当に好きだったんだけれど」
部屋の中央、出血で真っ赤に染まった少年と元々真っ赤な少女が何やら話している様子を、いつも通りにぼんやりと眺める。
きっと少年は死ぬんだろうな、とか、どうでもいいことばかりを考えていた。
「私なんかじゃ、あなたを『愛する』には力不足みたいで」
ポタポタと流れる涙が、少女の頬を伝って床へ。そこで血と混ざり合い、二人の服や体を濡らしている。
尋常じゃない出血量。
どこから流しているのかは見えないけれど、多分そう長くはない命だ。
と、どこか壊れた思考が訴える。そのまま緩慢とした動作で目を閉じて、俺は806回目の現実逃避を開始した。
確かあの頃は、随分と世界が淀んで見えていた気がする。世界、といっても黒い部屋と白い部屋だけだったけれど、俺にとってはあれが全てだったから。殺処分や人体実験が、俺のためだけに行われていることだって本当は知っていたんだ。知らないふりをしていただけで。
「大丈夫だよ」
「いつか、またあえるから」
「そうしたら、こんどこそ」
段々と、文字通り目に見えて浮上して行く意識の中、歪む感覚の向こう側で少年が笑う。もう、手遅れな笑顔で。
「ーーーーーーーーーー」
ああ。
ほら。
そろそろ時間切れだ。
つまらない回想や過去編が終わって。
また今日も、悪夢が。
始まる。
『無力な化け物がおりました』




