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エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
裏切騎士と歯車独裁計画
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間違いだらけの断罪を

「貴女が望むのなら」

見上げた空は、いつだって薄暗かった。まだ首輪が付いていた頃も、彼女の人形になった後も。変わったのは周囲の環境と。


「ノート、どこに居るの?」


呼び名だけ、だ。


「はい、サクヤ様」


始めてサクヤ様に会ったのは六年前。それから僕は、彼女の執事のようなものをしている。服と心と名前、生きる意味は彼女に貰った。

ここらで少し、そんな僕の主を紹介しよう。


「ちょっとお願いしたいことが有るのよ」


彼女は笑う。いつもの、嘘つきの笑顔。二つに束ねられた明るい碧の髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。

齢十碌(じゅうろく)にして暗黒街のボスとなり、理想郷一帯を取り仕切っている。それが僕の主だ。サクヤ様ご自身に戦う力はないのだけれど、何分彼女の狂い方は尋常じゃないから。


鉄筋コンクリートに形作られたビルの伍階。有るのは必要最低限の家財道具と一輪の紅椿。灯りは無い。外からの光を受け付ける窓も、たった一つだけ。誰かが喋らなければ音もない。どこか陰気で、古ぼけた写真の中のようなこの空間が、彼女の選んだ城だった。味の付いた食事は摂らず、水以外の飲み物を好んで飲むこともない。

そして何より彼女は、救いようのない嘘吐きだ。もはやご自分でも、どれが嘘でどれが正しいかわかっていないだろうと思う。


それが僕の主、サクヤ・アルフォリルお嬢様なのである。


「具体的には、殺して欲しい人がいるのだけれど」


そして彼女の命に従い人を殺すのが、僕ーーーー『ノート』の、唯一無二とも言える存在理由。

サクヤ様から頂いた、『生きる意味』だ。



「金は持ってきたか?」

「おうよ。さっさとトンズラしようぜ、あのアマに見つかる前によ」


足音を立てないように気をつけて、影一つ見られないように気を払って近づいて行く。段々と大きく聞こえる彼らの声。そこには、間違いなく歓喜の念がこもっていた。


「しっかし楽な仕事だよなー。あんな小娘の情報流すだけで弍百万(にひゃくまん)だぜ?流石理想郷」

「おい……声がでかい。見つかったらただじゃ済まねぇんだ、用心しろ」


彼らの手にはジェラルミンケース。おそらくあの中には、溢れんばかりに札束が詰められているのだろう。

居る人数はここから数えられるだけで十詠人(じゅうよにん)。その全員がスパイだったのかと思うと微妙な気分になる。もっとも、これの倍の人数が居たとしても気にも留めずに笑い飛ばすのが彼女なのだけれど。

サクヤお嬢様の下についているのは僕も入れて百参十人(ひゃくさんじゅうにん)丁度。彼らはそのうちの約11%。

そして、彼女にとっては彼らも残りの89%も『信頼』という意味では等しい存在なのだから。

もともと信頼していなかった部下に裏切られたって大したダメージは無いーーーー


きっと、僕に裏切られたって彼女は平気なんだろうな。そう思うと、少し胸の奥が痛んだ。

まぁ、そんなのはどうでもいい。


「心配いらねーよ、見つかったらまた騙せばいいだけだろ?あんな餓鬼一人騙すのなんて簡単だよ」


僕が彼女を裏切るなんてことは、絶対に有り得ないのだから。


目立たないようにと巻き付けていた布を取り去れば、隠れていた剣がその刃を外気に晒す。何度となく血を吸ったはずなのにーー否、吸わせたはずなのに。相変わらず白いままで、何も変わらない姿。別の時代の別の世界だったら正義の象徴にでもなっていそうな白無垢さだけれど、生憎と僕がこの剣を正義のために使うことは一生無い。


「まったく、お前は……、!」


僕は、彼女の物だ。

体も精神も正義も悪も、全ては彼女のためだけに。


彼らの内の一人と目が合った瞬間、物陰から躍り出る。真っ先に狙ったのは、先ほど彼女のことを『アマ』だの『餓鬼』だのと言い放ったあの男。主犯っぽかったっておうのも勿論あるけれど、理由のほとんどは私怨。

子供じみてる自覚はあるが、まぁ全員殺せば同じことだ。順番なんて、大した問題じゃない。


「ーーーー!」


僕の名前を呼ばれたような気もするし、たった今殺した男の名前を呼んでいたような気もする。とりあえず、二人目の被害者の最期の言葉になるだろうことは間違いなかった。

飛び散った大量の血が、紛れもないその証だ。


「だ、誰ーー」


速度を落とすことなく、二人目の男の頭を踏み台にして飛び上がる。それから、そのままの勢いで壁に向かう体を反転させ、今度は壁を足場に。そして、つい先ほどまで自分の居た場所に何発もの銃弾が放たれていたことを横目で確認した後、思い切り壁を踏み切った。


重力に逆らうことなく真っ直ぐ地面へ向かう。放たれた弾丸は、例外なく左右を掠めただけだった。当たり前だろう。逃げる相手を撃つのに追いかけたことはあっても、向かってくる相手を撃とうと退いたことはないだろうから。動揺しながら放たれた銃撃に当たってやるほど、僕は優しくない。


「逃げろ!“奴”だ!!」


そう叫んだ誰かの声をBGMに、僕は殺すための剣を振り抜く。


そう。


全ての罪も、彼女のためだけに。


……ほんの少し、痛いけれど。


「僕は神様だって殺すだろう」

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