賢い彼女の優雅なる遊戯事情
「ーーーーさて、と」
理想郷の全てを見渡せる塔の上。
赤髪赤目の少女が、風に揺れる巨大な旗の根元に腰掛けていた。
無造作に空へ投げ出した素足をぱたぱたと交互に動かしながら、とうに夜を迎えたこの国をそれはそれは楽しそうに見下ろしている。
その背にはーーーー純白の羽が。
「流石にびっくりしたなぁーっ!まさか撃たれちゃうとはねぇ」
危ない危ない。
そう言ってはいるが、彼女の表情に焦りなどは一切合切浮かんではない。
所詮は詭弁なのだろう。彼女に焦りや動揺、まして危険なんて感情は存在しないのだから。
あの白い旅人が、あの何も知らない無知の旅人が口にした言葉は偶然にも的を得ていたのだ。
「あの子も、あの子の後ろで怯えてた子も、予想外に面白く育っちゃって。あたしとしては嬉しい限りだよー……」
口元には笑み。
つらつらと吐き出される独り言が新月の夜空へ消えて行くのを楽しげに見つめて、彼女はゆるりと立ち上がる。眼下に広がるのは広大にして矮小な国ーーーー
彼女の国。
「小さな小さな空の下♫」
塔の縁ギリギリを歩きながら、恐ろしく不安定な足場にも関わらず彼女は唄い出した。両手を広げてバランスを取って。時には目を伏せて。
「荒れ始めた風が踊る♫」
「あの子は賢い良い子になりました」
「あの子は賢い良い子になりましたと♪」
「何でも知ってる化け物は言うーー」
唇の前に人差し指を立てて、彼女は跳ねるように振り返る。
彼女は何だって知っていた。知り尽くしていた。読者というよりは作者のように、伏線の一つ一つを正確に把握して。そんな彼女が、先の見える読書に飽き飽きた彼女がこれからすることは、もうとっくに決まっている。
正しい選択肢を選び続けるのが正しいハッピーエンドの作り方だと言うが、選択肢というなら彼女は最初から間違えているのだ。間違え過ぎる程に、どうしようも無いぐらいに、ひたすら間違えている。
故にこの物語に救いは無い。
彼女がそう望んだのだから。
どんでん返しなど起こり得なかった。
ただ、そこにあるのはシナリオ通りの結末だけだ。
「お喋り鴉は炉端で絶えて」
「夢を見て哭いては愛を見て嗤うの」
だからこそ彼女は『彼女』を演じる。
あえて反抗などしない。
抗おうとなどしないのだ。
彼女は最後の最期まで、
「さぁ、ラストゲームを始めよう♪」
両手を大きく広げて、星一つない夜空を仰ぐ。
彼女の名はルシフェル。またの名をーー
次回からは『裏切り騎士と歯車独裁計画』編です。いよいよクライマックスですよー。




