大団円?
真っ先に感じたのは、刺すように眩しい光だった。一瞬遅れて、焔によく似た赤。
「……ルー?」
考えるよりも先に口が動いて、見知ったその名を告げる。文句の一つでも言うつもりだった。「結局、僕の父親の件はどうなったんだ」だとか、「もしかして最初から仕組んでいたんじゃないか」とか「あの言葉はどういう意味か」、とか。最後は文句というより質問だけれどこの際気にしない。とにかく何か言うつもりだったーー言わせてもらうつもりだった、のだが。
「ルー、って?」
薄っすらと開けた目に映し出されたのは、普通に普通の格好をした、赤い少女の姿だった。羽は、ない。
「私の名前は『セラ』ですけどー……わすれちゃいました?」
「セラ、ちゃん」
「はい」
陽だまりみたいに暖かい笑顔で少女は言う。そこに居たのは、間違いなくセラちゃんだった。変人ではなく、革命家。
「びっくりしたんですよ?路上に倒れてたものですから、思わず膝枕しちゃいました」
「あー、ごめん。僕もよくわかんないんだけど、」
路上で倒れてた、って。僕はルーと一緒にサクヤの所に行っていたはずだ、父親のことを聞くんだって。サクヤとルーしか知らないから、暗黒街までーーーー
それから、どうしたんだっけ。ああそうだ、サクヤって子が随分な廃人で狂ってて、撃たれそうになって。それから、えっと。
……思い、出せない?
「どうしました?」
「あ、うん、ちょっとね。記憶が飛んでるみたいで」
不思議そうに首を傾げたセラちゃんへそう誤魔化した僕は、あまりにもぶっとんだ状況で逆に冷静を保てている自分に感謝しつつも記憶を遡ろうと軽く目を伏せた。途端、いつもより鋭敏になった感覚は、頭の下にある温かくて柔らかいものに気が付く。
どうせ孤児院の子供たちが側にいるから錯覚したんだろう、なんて思ったのは最初だけだった。
見上げた先に、ーー正確には見上げてはいないんだけれど、とにかく僕の真上にあったのが純然な青い空だったからだ。
あの孤児院は古かったけれど天井に穴は空いていなかった。そもそも天井に穴が空いている建物は建物として成り立っていない。廃墟だ廃墟。
それでも僕の眼前に広がっているのは、何度見ても水彩画みたいに透明がかった青空。
そして唐突に思い出す。さっきの、セラちゃんの言葉を。
《びっくりしたんですよ?路上に倒れてたものですから、思わず膝枕しちゃいました》
思わず膝枕しちゃいました。
……えーっと、何というか。
「棚ぼた?」
「はい?」
いやいや。
いやいやいやいやいやいや。落ち着け僕。『棚からぼた餅』略して『棚ぼた』とか、そんな言葉の説明は要らないんだって。言い訳にもなってないよ。
「棚ぼた、ですか?」
「んー、役得というか百害あって一利あったというか、どちらにしろ言わなくていいことに変わりは無いっていうか」
思わず口走った問題発言は奇跡的に理解されていなくて、セラちゃんの天然さに感謝しながら僕は手で自分の目を覆った。
もう繰り返し思ったことで、今更過ぎるのもわかっているけれど、本当にこの国はめちゃくちゃだ。
普通ならありえないことばかりが起こって、どうしようもないことばかりに巻き込まれて、信じられないことばかりが真実で。
雑多にして乱雑にして荒唐無稽の、究極の自由に支配された理想郷。
欲望と快楽の国『エリュシオン』。
「だから私が変えるんですよ」
彼女は笑う。
飾らない笑顔で。
恋する乙女のそれに似て、幸せそうな。
「それもそうだね」
僕も笑った。
疑問も疑惑も残ったまま。
久しぶりに心の底から。
この無理矢理で意味不明な感情の名前こそが『幸せ』だったらいいのに。なんて、色々と足らない頭で漠然と願う。グダグダなのは自覚済みだ。結局何も解決していないのだから。
それでも希望して、期待せずにはいられない。
とっくの昔に進むのを止め、雑踏と雑音に塗れたこの国の隅。
僕らは、呆れたように笑いあっていた。
しばらくの間、ずっと。
めちゃくちゃでありえないことばかりな日常。
それでこそ、僕ららしい。




