最初の一人
「この日、私は『人間』になった」
「ほら、行くぞ」
「はいっ!」
そっけない言葉を残して歩き出した彼の後ろを、私は慌てて追う。出会ったばっかりで、彼の名前も知らないっていうのに、ついて行くことへの迷いはなかった。だって、彼が優しい人だということは知っていたから。
無愛想ではあるけれど、今まで大嫌いだった人たちとは違うのだと。
きっと、私に同情したり憐れんだりして助けてくれたのではないんだろうな、と思う。気まぐれか、もしくは私なんかじゃ想像も出来ない理由があったから彼は救ってくれたんだ。それが、不思議と嬉しくて。
「……おい手、出せ」
「へ?」
「いいから、早く」
なんて惚けている間に、問答無用できゅ、と握られた手。
初めての感触に、私の心臓は破裂しそうなほどに高鳴った。
「え、ちょ、あの、えぇ!?」
「人混みの中ではぐれられたら困るんだよ。探してる時間がねぇ」
「は、はい」
時間がない。その意味はよくわからなかったんだけれど、とりあえず言うとおりにしようと握り返す。手のひらから伝わってくる久しぶりに感じた体温は、残酷な程に暖かくて。
【犬】と呼ばれるようになってから、私に触れる人も私が触れる人もいなかった。私たちは仲間であっても、お互いに友達や家族にはなれなかったから。私も皆も、どうやって自分が生き残るかしか考えられないのに『大切な人』なんて無理でしょう?だから
「……はい」
この繋いだ手を離したくないと思うのは、やっぱり初めてのことで。
「そうだ。お名前ーーーー聞いてもいいです、か?」
「あん?ああ、名乗ってなかったか」
もうしばらくは、せめて彼が許してくれている間は離れずにいられたらと、私は心の中で思う。
「俺の名は、ーーーーーーーー」
そのために
私の中の【罪】を、隠し通さなければ。
そう、絶対に。
眼下に広がる明るい街。そこへ続くでこぼこな石階段を、一段一段降りて行く。来るときはとても高く見えていた階段も、こころなしか低く【変わった】みたいに見えた。そんなことがありえないのは重々承知していても、歩き易いと脳内変換してしまうのだから私は自分が思っているより随分高揚しているらしい。
だけどまぁ、今日くらいは神様だって許してくれるよね?
こんなに、いい日なんだ。
そう。
私の首に、もう首輪はない。
支配と侮蔑の象徴だったあの鎖は、彼が断ち切ってくれた。
今日から私は、【犬】じゃなく【人間に】なるんだ。
彼と、一緒に。
次回更新は来週の金曜日、『自堕落聖女の優雅なる戯曲』の開始を予定しています!
少しでも楽しみにして頂けたら嬉しいです。




