ー3ー
中国が核実験を開始したのは3年前の8月、世界で反響が叫ばれたか、それは数日の時が経つとおさまっていた。
この時、何故中国が実験を開始したのか多くの人は不安を抱いていたが、決定的な危機を感じた者は、真実を知る一握りの人間だけだった。
第二次世界大戦後、ソ連とアメリカが冷戦に突入し、時折訪れる緊迫したシーンがあったものの、見えない2国の戦争は、お互いの核実験を意味あるものにしていた。しかし、中国が世界に反発した核実験再開は、地球人類への威嚇か、その時の準備、以外に考えられなかった。
それにもかかわらず核実験という言葉に慣れた人々は深く考えず、中国を軽い過ちを冒した子供のように野放しにした。
悲劇はこの瞬間にも、着々と計画を進めていた。
―華中人民共和国 軍事司令部―
「日本には9発、アメリカには主要都市に3発ずつ計24発を用意しています。その他フランス、イギリス、イラン、ヨーロッパに2発ずつの計画を実行し、その時点で地球は半数に人口が減ります。大気の汚染は70パーセント、半年後には核が投下された土地に人間は存在しないでしょう。我が国がすでに用意したシェルター兼指令本部基地に選ばれた者一千人が収容でき、予定では一年間の地下生活を実行します。その間ロボット操作による地上での軍事活動、及び基地周辺捜索を実施し、地上の危険度を測定、私たちが地上に復帰するための重要なデータと映像を供給します」
チュンリー軍総司令官は深いため息をつき
「気休め、か…」
そう小さくつぶやくと立ち上がり、大きく叫んだ 。
「我が国の誇り高き歴史と技術は、戦争や武力制圧により他国の思うままに乱用され、悪用されてきた。そして進出してきた国の野蛮な技術か、豊かな自然を破壊し、人類の考えをも破壊してきた。今、多くの悪がはびこる人類に制裁を加えねばならない時が来た。古き教えを愛し、最も自然体に生きる事を真意とする我が国が、これから人類の歴史上大きな過ちを冒そうとしている。しかし過去に行われた過ちは、償わなければならない。そして今我々の戦いが過去に過ちを犯した者達への償いの場となるであろう。それが未来の地球の為であるとするならば、未来の我が国の為であるとするならばやむをえない事と今ここに判断する!」
そう言い終わると、説を聞いていた一万余りの軍勢が割れんばかりの歓声に沸いた。
「作戦実行は今晩、第一の目標はJAPAN…、過去、日本が我が国に成した悲劇を一気に返す時が来た、第二次大戦を含む15年間の戦争で受けた大きな屈辱と、その後の悪態に利子をつけて…」
「いいきもち・・・」
東京の汚れた空気でさえ、思い切り深呼吸してみると、生きてる事を実感できた。太陽の下、大きく伸びをして当たり前の事だけど、それが何より幸せで貴重な事かが、彼女には身に染みて感じられた。
「ここももうすぐ廃虚になってしまうの・・・」
ピピピピ・・・。
突然の音に彼女は驚いた。久しぶりに聞く携帯の音がカバンから鳴り響いた。
「もしもし・・・」
「恵子!どうしたの?風邪でも引いた?」
会社の同僚の静香だった。
「静香・・・、久しぶり!」
「何言ってんのよ、昨日会ったでしょ~、どうしたの?遅刻なんて、恵子らしくない。無断欠勤?」
そうだ、私は会社に行く途中なのか。
「でも恵子今日収録があるんじゃないの?だいじょうぶ?」
そうだ、あの日・・・いえ、今日は、夜のニュースの収録があったのだ。
皮肉にも中国・朝鮮等に対する戦後戦争責任についてのレポートだった・・・。
しかし、今となっては、それをやる意味はない。
貴重な時間を仕事で費やすなんて・・・。
でも、今の私だったら真実を夜のニュースで伝える事が出来るかもしれない。
しかし・・・そんな事したら、きっと、ただ混乱を招くだけなのだろうか・・・。
恵子は考えた。短い時間だが夢にまで見た平和な世界。ジャーナリストとしての責任・・・。
いつも偉そうな事、私言っていたわ・・・
それなのに、上司、そして視聴者の中には私の事、評価してくれる人々だって沢山いた。最後になって、その人達を裏切るなんてできない・・・ジャーナリストとして、最後くらい、知っている事は伝えなきゃ・・・。
「恵子?聞こえてる?」
「静香、編集長に伝えて!大スクープを持って今から行くって・・・」
「何だ?大スクープって。重役出勤するくらいだからよほどのスクープなんだろうな?」
西編集長は、皮肉たっぷりの口調で話した。
「編集長!落ち着いて聞いて下さい。今日の夜・・・、中国からの核ミサイル攻撃が日本に向けて実行されます・・・」
「・・・。お前、気は確かか?それがお前の考えた遅刻の言い訳か?ったくもっとましな・・・」
「嘘じゃないんです!本当なんです!信じられないのは分かります!でも、信じて下さい!」
恵子は今までの経過を必死に話した。そんな真剣な態度に、西は次第に動揺を覚えていった。
「本当なのか・・・、もし、渋谷の話が本当だとしても、それを報道して良いものか・・・」
「私もそう思いました。しかし、このままほっておいて いいのですか?核が爆発するまで残されている時間は僅かですが、そんな時間でも真実を知る事でかけがえのない時間になる人も多い筈です。勿論、街はパニックになってしまうかも知れません。でも、私は伝えるべきだと思います!この仕事をやっている以上!そして、知ってしまった以上・・・」
西は頭を抱えて暫く考えていた。
「日本に核は幾つ落ちるんだ?」
「12と言っていました。そして、都心に落ちる1つの核は、撃ち落とせるかも知れないと・・・」
「12基か・・・。どっちにしても日本は終りだな・・・よし、裏を取ろう、各省庁に連絡を入れて、探りをかける、衛星と無線でアメリカ軍の行動を調べてみよう。渋谷、お前は原稿を作れ・・・、準備出来次第臨時ニュースを入れて報道する。分かっていると思うが、お前の原稿が、全国民の感情を左右する。難しい仕事だぞ、大丈夫か?」
「やらせて下さい」
これを伝えるのは私しかいない。そう恵子は強く感じていた。
ー1時間後一
「みんな!・・・聞いてくれ!」
西編集長はスタッフを集合させると、重々しい口調でそう叫んだ。
「これから話すことは到底信じられない話なのだが、どうやら・・・どうやらこれが真実らしい・・・。今晩、中国から核が日本に向けて発射されるという情報が入った」
集まったスタッフらは一瞬静まり返った。
「まさか・・・編集長、今日はまだ4月1日じゃないですよ・・・」
そんな言葉に、場は気持ち和んだが、少しの苦笑いの後、そんな雰囲気を打ち消すように、西は話を続けた。
「エイプリルフールか・・だといいのだが・・・そう思うのも無理はない。しかし、実際、自衛隊も動いている。防衛庁は話を濁していたが、ハッキリ否定もしなかった。何より、ある機関の人物に話を聞いた所、ハッキリそうなる確率は高いと言ってきた」
「ある機関とは?」
「以前俺も取材したことがあるのだか、公安に所属するエフという機関だ。そこの安里という私の知り合いが、証言した。彼はそこの現場のトップだ、間違いないだろう」
西は、現在調べた全ての経過をスタッフに話した。
「この事を報道するべきか、悩んだが、俺は報道しようと決めた。勿論、お前達の力が必要だ。しかし、残された時間は僅かだ。ここから先は、自由にしてもらっていい。里帰りするなり、家族が居る者は帰ってやってくれ。残れる者は、ここに残ってくれ」
西はそう言うと、解散を告げた。スタッフ等は、おのおの考えた挙句、出て行く者、留まるもの、それぞれが行動し始めた。
「編集長・・・。すみません。私は家に帰ります」
「水谷、いいんだよ、家族と一緒にいてやれよ。子供と奥さん、しっかり守ってやれ。核が落ちなかったら、また明日会おう」
30人ほどいたスタッフのほとんどが、帰宅していった。その場に残ったのは、8名だった。 西は、残ったスタッフに再度話した。
「お前たち、無理するなよ。今、何が一番大事か、考えて行動しろ」
「西さん、俺は残るよ、任務をまっとうしたいからな」
「僕も残ります。俺一人者だし、実家に帰るにも、遠くてもう無理ですから・・・」
「私もやらせて下さい!」
「ありがとう!みんな、残ったのは、島さん、宮下・加藤・安達・松田・松井・そして渋谷・俺か・・・よし、早速仕事始めるぞ!」
「はい!」
「よし、今日はできるだけ省ける仕事は省いて8人で回せるようにする。臨時のニュースに10分枠を組もう。その後11時のニュースの準備にかかる。とりあえず、俺は話を上に持っていく。どうせ反対されると思うが、それでも臨時ニュースだけは必ず放送するぞ!どんなことがあっても・・・」
30分程で西は帰ってきた。
西のその表情に、結果はある程度想像はできていた。
「駄目だった・・・放送の許可は下りなかった。上は、パニックになる事と、核が落ちなかった時の責任を恐れている。どちらにしても、会社にプラスは無いと言われたよ。
くそっ、」
「どうするの?」
「勿論、放送は行う。全て俺の責任でな」
「俺と、渋谷の責任でしょ?」
恵子はそう付け加えた。
「みんな、貴重な時間をありがとう。今日は臨時ニュースだけを放送する事になった。後は渋谷と二人でやるから、みんなは上がってくれ」
西は、残ってくれた皆を早々に帰した。
皆に迷惑はかけられないからだ。
こんなことして、ただで済む訳がない。もしかしたら警察に捕まるかもしれない。自分はともかく、ここにいるスタッフに何かあったら、申し訳が立たない。
「編集長、今まで有難うございます」
「それは俺のセリフだよ・・・みんなありがとう」
スタッフらは、西と渋谷の二人の気持ちを察したように、スタジオを後にしていった。
「編集長、資材置き場、片付けておきましたから」
別れ際、ADの安達がそう言って去って行った。
「渋谷・・・、俺はいい部下持てて良かったよ」
西はほんの少し目頭を擦ると、気を入れ直した。
「よし、最後の仕事だ!渋谷!すぐに放送の最終準備を始めよう、放送開始は5分後だ」
「はい!」
準備は整った。
後はオンエアのタイミングを図るだけだ。
コマーシャルの間はその番組スタッフが比較的作業に集中している。狙い時は、ドラマオンエアの最中だ。
放送する時刻は午後9時20分。
この時間は人気ドラマを放送している。視聴率は高い、多くの人がこの放送を見ることになるだろう。
西は、コマーシャルと本編が切り変わった1分後を狙っていた。
「渋谷、用意はいいか?」
「いつでも行ける!」
とうとうその時は来た。
失敗の許されないオンエアーのタイミングは何度も経験しているが、この時はさすがの西も緊張を隠せなかった。スイッチに添えた掌には、熱い汗が滲んでいた。
「よし、いくぞ、5秒前、4・3・2・・・」
「ここで臨時ニュースをお伝えします。今晩、中国から核ミサイルが日本に発射される可能性があると言う事が分かりました。繰り返します、今晩、核ミサイルが中国から発射されるという情報があります。 現在、アメリカ、日本各軍や自衛隊におきまして、捜査するとともに、阻止できるよう、全力で取り組んでいる模様です。これはあくまで予想の範囲でありますが、可能性は極めて高いということです。繰り返します・・・」
静まり返ったスタジオ内に、淡々としたアナウンスが響き渡っていた。
「このテレビをご覧の皆さん。
この放送はこの後何分続くか分かりません。
何故なら、この放送は許可無く行なっているからです。
しかし我々は、この情報を知りながら視聴者の方々に知らせる事ができないというのは、無責任であると判断いたしました。
もし、核爆発を阻止できたとすればそれに超した事はありません。
しかし、最悪な事態になってしまった場合を考えて、これから残された時間を大切に過ごしてもらいたいのです。核が発射された場合、日本に着弾するのは今夜12時過ぎだと思われます。繰り返します。今夜・・・」
渋谷は必死でカメラに向かって話した。電波をジャックされたことを別のスタジオでモニターしていたスタッフは慌てたが、無理にこの放送を中断させようとはしなかった。
なぜなら、あの西や渋谷達がこんなふざけた冗談をするはずが無いからだ。
しかし、上層部はこの事を放っておくはずも無く、すぐ放送をジャックされたスタジオに連絡が入った、
「お前ら何をしてるんだ、この放送をすぐに止めさせろ!」
「しかし、簡単に放送を中断することができなくなっております」
西は、簡単に放送を妨害できないよう、強制的にスイッチを切り替えていた。
「なんでもいいから早くしろ!ケーブルを切るとか、強硬手段を取るなり方法があるだろう!!」
「わかりました」
「渋谷・・・さっき放送は途切れた。もう放送されていないよ。少しでも時間を稼ごうとしたが、強制的にケーブルを切断したらしい。よくやった・・・しかし、俺達の言いたい事は3分弱放送された、視聴者に十分伝わったよ」
渋谷は、やっと大きな肩の荷が下りたような気がした。
ずっとずっと乗っかっていた肩の荷が・・・。
これで何も考えず休む事ができる・・・そう考えていた。
彼女は、もし生き残れるとしても、あの場所に再び戻らないと決めていた。
もう二度と、あんな体験をするなんて、とても耐えられなかったからだ。
「さて・・・俺達、これからどうする?」
「そうだ!大事なこと忘れてた!編集長、何かとっても美味しいもの食べに行きましょう!」
恵子は、あの日以来、まともな食事をしていない。
今頃そんな大事な事思い出した自分に、少し笑ってしまった。
「心配しないで、お金なら使いきれないほど持っているから!」
「よし、じゃあ早く、ここから抜け出すとするか!」
二人は、誰もいない最後のスタジオを抜け出した。ADの安達が気を利かせて片付けてくれた、いつもは荷物で塞がっている機材倉庫の裏口から外に出た。
「あー、もうすっかり外暗くなっちゃった、当たり前か・・」
もう少し、恵子は昼間の空を見たかったと思っていた。しかし、空は綺麗に晴れて、星の瞬く姿が広がっていた。
「編集長!あそこの高いビルの上にあるレストランに行こう!早く!」
そう言うと、西の手を握り強引に引っ張って走り出した。
「相変わらず強引だな、そんなお前が前から好きだったけどな・・・」
「何?編集長!今頃プロポーズしようとしているの?ったく、本当に遅いんだから!!」
西のそんなさりげない言葉だったが、恵子は嬉しかった。
最後に思いを寄せていた人と一緒にいられる。少々時間は短いが、楽しい時が過ごせそうだった・・・。
核は予定通り中国から発射された。辛うじて新宿に落ちる予定だった核は、アメリカ軍 のスカットミサイルによって軌道上で撃ち落とす事ができると エフ は計算をはじき出した。これにより、都心部で1万人程度の 人間が生き残るという事も エフ は予想した・・・。
「渋谷くん・・・君の体験は無駄じゃなかったよ・・・」
安里はそう呟くと、タバコに火を付け、ゆっくり天井に向けて煙を吐いた。
―華中人民共和国―
「日本、ロス、フランスに接近中、ニューヨーク、シアトルに3基、イランに2基発射されました。到達時刻は、20、10、30です、我が基地に1基、2号基地南西200に1基、アメリカから発射されました」
チュンリー総司令官は目を見開いた。
「これは予想していたことだ、これから私たちが耐えるか、アメリカが耐えるか、この30分で戦争が終わる」
軍曹は声を震わせて言った。
「アメリカから発射されたミサイルは新型のT2000、通称ホエールという新兵器です。データは不明…」
チュンリー総司令官は不安を覚え、体が少し震えるのを感じた。
「この小さなボタンを一つ押す事で、人類を破滅できるということを、これを作った人間は分かっていたのだろうか、今、地球上には40余りの核が上空を舞っている、私がそうさせたのは事実だ。
しかし、このボタンは人間が作れるようなものではない、神がこの日の為に作らせたに違いない… 現に、今、ここに、こんなにも恐ろしい力を持った、たった一つのボタンが存在したのだから…」
チュンリーは、プラスチックでできた、その小さなボタンを指で指でそっとなぞると、続けて話した。
「韓朝鮮民国の動きを教えてくれ」
「韓朝鮮民国はアメリカと交戦中、およそ3/2の領域が爆撃で壊滅状態」
「アメリカはやはり大きな脅威か...」
地上2000メートル上空では、多くの核ロケットがすれ違った。世界から発射された40余りの核の光は、長い弧を描いて落下していく…。
この内、中国には半数以上の核が向かい、跡形もなくなるだろう。日本に着弾した核は待機していた原発と言う無数の核に引火する。かろうじて生き残った数千、数万という人々に、生きる土地は残されていないだろう…。
地球がどうなってしまうのか・・・それは誰にも想像がつかず、当然、人類に確認する事は叶わなかった。
しかしそれが、人間にとっては大きな脅威でも、宇宙、ましてや地球にとってはかすり傷のように大した事ではなかった。
人間は己の小さなテリトリーである世界をも、自らの手で、自ら消し去るという愚かな選択をしてしまった。
それは、人類にとって、知能だけが先を行き、心の進化が追い付かなかった結果なのだろうか。
ゴーゴーゴー…、
小さく地球が揺れはじめた…。