ー1ー
近い未来に訪れるかもしれない悪夢
この物語はフィクション?
いや、可能性は決して"ゼロ"ではない・・・。
OVER
人間の歴史の中で、少しの間訪れた平和な時代が、再び崩れ去ろうとしている。
人間の愚かさゆえに時代と共に輪廻し続ける暗黒の歴史がまた訪れようとしている。
何世紀もの人類の生の中で、無知なるがゆえに繰り返してきた戦争という消え去ることの無い悪夢・・・。
今、またこの大きな波が訪れたら人類は終期を迎えるだろう。
もしも、わずかながら生き残る者があったならば、また長い戦争の歴史が繰り返される。
この終わりなき輪廻を悔い改める時が来た。
人類はこの長い過ちの歴史を学び、一つ一つの意識が命の尊さを噛み締めなければならない。
アルマゲドン、それは人類という生命体の成長の是非を神が裁く節目である。
2019年12ガツ、悪夢ハ始マロウトシテイル…。
2011年9月 朝鮮北
「ジョ・ウー、私はもう長くはない、今のうちにお前に見せたい物がある」
ジョ・ルイの体の調子は数ヶ月前からあまりよくなかった。
ベッドに横たわりながら話す父が起き上がろうとすると、息子のジョ・ウーは心配そうな表情で軽く手を差しのべた。
「この計画は、私と一握りの側近しか知らないトップシークレットだ。決して他に漏れてはならない」
ジョ・ルイは、ベッドから起き上がると、首からペンダントを外した。
「このペンダントは、ある隠し部屋の鍵になっている。
そこにいけば、国をかけた計画の全貌を知ることができる。
ナンヨムにお前への説明を頼んである、そして、このペンダントは今からお前に預ける。
決して肌身から離すんじゃないぞ。
最も、計画を知った後は、そんなこと言わずとも自らそうするだろうがな」
ジョ・ルイはそう言うと、少し苦そうな表情でベッドに横たわり、眠りについた。
「ジョ・ウー様、こちらです」
ナンヨムは軽く会釈をすると、右手でジョ・ウーに行き先を示した。
示す先には、白い壁だけがあった。
ジョ・ウーは、父から渡されたペンダントを、微かに震えた手に持ち、強く握りしめていた。
コンドルを形どった金属は、恐らく硬いプラチナでできている。
ー父のお気に入りのペンダントだと思っていたが、そうではなかったようだなー
ジョ・ウーは、ナンヨムと共に広い壁に向かって歩いた。 壁の右はじの角で、ナンヨムは立ち止まった。
壁の、目線より1メートルほど下に、目立たないようにコンドルを型どった絵が彫られていた。
「先ほどのペンダントをこちらにかざして下さい」
そこにペンダントをあてがうと、コンドルの絵が赤く光り、
"ガチャン"
という音と共に、人一人通れるような扉が、その重さを感じさせない滑らかな動きで開いた。
目の前に広がる空間には、最新のコンピューターなどが置かれ、軍事基地に置かれたものとは明らかに性能が違うことが分かった。
部屋は比較的大きく、裕に100人以上が働けるような広い空間だったが、そこには人影はなく、忙しく機能する時をただひたすら静かに待っているようだった。
「こちらをご覧ください」
金庫のような重たい鉄の扉から取り出したトップシークレットと刻印された資料を、ナンヨムはジョ・ウーに手渡した。
ジョ・ウーは静かに椅子に腰かけると、その資料に目を通していった。
そこには、ジョ・ウーの想像を越える信じられないような計画が記されていた。
「ジョ・ウー様、この計画を実行する時が来ました。まず第一に、我が国は、韓国に戦争を仕掛けます」
ナンヨムはそう言ってもうひとつの資料をジョ・ウーに手渡した。
「2013年、これが第一の戦争のシナリオか...」
ジョ・ウーの手には、資料が湿るほどの汗が滲んでいた。
「最終目的は、2019年、世界に向けて・・・」
トップシークレットの軍事資料の最後には、父ジョ・ルイのサインが記されていた。
そしてその隣には、華中人民共和国軍事司令官、チュン・リーの同意するサインが静かに添えられていた。
ー2019年12月29日 新宿ー
「あなたは日本の他国における戦争責任をどう思われますか?」
「私たちに言ったってもう昔のことだし、いつまでも言ってないでってかんじ」
「朝鮮、中国の人たちに対する多くの虐待、人体実験、技術や美術品などの強制剥奪など、ご存知ですか?」
「少しは分かるけど…やっぱりよくわかんないね」
「あなたは日本の戦争責任についてどう思われますか?」
「昔は教育にしても軍国主義の日本でしたから、いわゆる洗脳されたような形で仕方なかったのではないでしょうか、無理矢理に、という形で戦争に参加したり、自分で考える余裕も無く、ただ命令に従っていたという人がほとんどだと思いますし…
まして中国、韓国だって戦争では同じように悪い事してるでしょ、結局、戦争が悪いのてすよ、今私たちに言われてもお金の問題で責任をとるべきかどうかは首をかしげてしまいます…」
渋谷レポーターは、自分にマイクを戻した。
「日本の戦争責任についての意見は、若者の間では感情の薄い厳しい意見が多いことを感じました、これは戦争の真実をひた隠しにしようとしていた日本の教育による結果なのか、と感じてやみません。
過去の戦争の事実を多く知る人は世の中でいったいどれくらいいるのでしょうか。
真実が記された諸文書は多くありますが、テレビ、新聞による最新のメディアが中心の時代で、過去に記された本などによる詳しい情報が世に届きにくいことは確かです。
戦後80年を迎えようとする今、真実を知る戦争経験者も僅かになり、また、一体何が本当の真実なのかも長い歴史の中で脚色されている部分もあります。
戦争を経験した貴重な人の声や、正確な文献に耳を傾け、今後の教育のあり方が、映画で見るカッコ良いだけの戦争のイメージが詰まった、戦争の悲惨さに無頓着な人々の本当の意見を引き出し、反戦をより確実に感じる事でしょう。
中国、朝鮮を始め、現在のアジア各国の情勢は緊迫した空気を感じます。
こんな現代の日本で、過去の戦争の歴史を振り返ることは大変重要であると私は実感しました」
「はい、OKです!」
「おつかれさまでした」
今日の撮りは終わった。
会社に帰り、オフィスの仕事を片付け、時計を見ると午後11時を回っていた。
外に出ると銀座の街の明かりは寂しさを感じさせる程度に緩く輝いている。
「今日も終わった…」
渋谷恵子は、新宿で行ったレポートの、街の人々の意見に、現代の殺伐とした空気と、冷たい都会のハートを感じざるをえなかった。
{いったい、どんな大きな出来事があったら、皆、心を一つにして真剣に物事に取り組むのだろう…}
彼女は疑問に思った。
{いつ、何が起きるか分からない世の中を皆知っているはずなのに、真剣に立ち上がろうとしない。
そんな人々にどう訴えればいいのか、でも、もしかしたら皆が生きているうちは何も起きないかもしれない…、
未来がどうなるのか分からないのは悔しいものだわ…}
帰宅途中の電車の中で、恵子はため息をついた。
ふと前を見ると、山手線に揺られながら居眠りをしている中年サラリーマンが、こちらの席まで酒の匂いを漂わせている。
空いた車内、通り過ぎる街の光、何時もと変わらない時間が今日も過ぎ、明日へと自分を迎え入れる。
「今日は29日か…」
恵子は、原稿の締め切り日だという事を思い出して少し憂鬱になった。
もうすぐ新しい年、2020年が始まる。
「来年はどんなニュースが世間を騒がせるのだろう・・・」
帰り道、 深夜の地下鉄通路はとても寂しい。
まるでこの都会に自分一人だけ取り残された様な気分になる。
都会の本当の姿を感じさせられる場所だと思った。
“アルマゲドン到来?
大地震と富士山噴火の関係!”
本の宣伝コピーが、通路脇の壁に貼られていた。
「アルマゲドンか…」
誰もいない、長く続く冷たい通路を歩きながら、彼女は小さくつぶやいた。
その時だった。
突然、遠くで誰かがガラス窓を強く叩くような音がかすかに耳に入り、それは少しづつ自分に大きく伝わり始めた。
「地震・・・」
すぐに収まるはずの振動を想像しながら身構える体を裏切るように、揺れはすこしづつ大きくなり、それと共に大きな恐怖が体の中で膨張していくのを感じた。
少しづつ拡張していく振動は、ある一線を超えると凄まじい勢いで。
「キャー!」
大きな恐怖が走ったその瞬間、叫び声を上げていた。
自分の足元がまるで柔らかいスポンジの上に立っているように、不安定に波打ち始めたからだ。
そして大きな地響きと共に、地面と壁が遠くから崩れ始めるのが見えた。
{一体何が!}
そう思った時には、彼女の体は宙に浮き、足元のコンクリートと共に落下していった。
その瞬時の出来事は、彼女に叫ぶ暇さえ与えず、同時に彼女の思考力さえ奪っていった。
ー悪夢 孤独との戦いー
「ここは…」
気がつくと同時に、頭と足に痛みがじわじわと感じられた。
足には冷たい金属の感触、耳には水の流れる音が聞こえ、それ以外の感覚は体には感じられなかった。
辺りは真っ暗だ。
しかし真っ暗ではなく、自分の目が見えなくなったのかもしれない?
一瞬そう考えたのは、全く何も見えない事と、頭の痛みが激しかったからだろう。不安はピークに達していた。
何分位だろうか、その場でボーッとしていた。
「一体何が起きたの・・・」
やっと、何とか考える余裕ができ、少し気持ちが落ち着いてくると、あの時の衝撃から今の自分がここにいる事はぼんやり想像がついた。
「私のバック」
バックにはライターがあるはずだ。
肩に掛けたバックはそのまま自分の脇の辺りにあり、手探りでライターを探した。
ライターが手先に触れた時、周りにガスは漏れてないか?
この場所が極端に狭くはないか?
そんな不安が頭をよぎった。
しかし同時に、そんな事まで考えられる余裕をもった自分が、気持ち心強くもなった。
ライターの火を点けると、目に眩しさとともに鈍い痛みを覚えた。
どうやら目は見えるようだ。
そして意外に広い空間に居る事を知り、少し驚いた。
「とにかくここを出なければ…」
足に感じた冷たい感触は、電車のレールのようだった。
「とすると、ここは地下鉄の線路上?」
ふと上を見ると、大きな穴がポカリと空いているようだが、ライターの光では詳しい事は分からない。
今いるこの場所も、何処に大きな穴が空いているか、何処まで続いているか、予想もつかない。
しかし、この暗闇を歩いていく事がとても危険だということは想像できた。
それでもライターの光でうっすら見えた限りでは遠くまで行けそうだった。
ここにじっとしていられない。
歩くしかなかった。
「駅は近いはずだわ」
ライターの光が終わらないうちに、歩き始めよう。
いつのまにか少し自由を失った足を引きずりながら歩いていた。
ライターを点けながらここを歩くのはとても危険だと想像した。
ガス管の張り巡らされているこの地下鉄の何処でガスが漏れているか知れないからだ。
鼻より先にライターの火がそれに反応するかもしれない。
彼女は臭いに神経を尖らせ、慎重に前に進んだ。
進むべき道は想像以上に険しくなっていた。
あちこちに瓦礫の山があり、その上には大きな穴がポッカリ空いている。
足元にも無数の穴があり、それはライターのかすかな光に突然現れ、何処まで続くか予想もできない。
まるで地獄への入り口のように見えた。
「また少しでも地震が起きたら、すぐにでも崩れ始めてしまいそう」
何処として危険なその道を、恐怖と共に焦りを感じながら一歩一歩前へ進んでいく。
足元に突然現れる大きな穴は、どれだけ深いか分からない分、恐怖が和らいでいる。
もし、全てが見え、何十メートルも深い穴だったら、足が竦んで先へは進めないだろう。
深そうな穴の中は、なるべく照らさないようにした。
「今の私が歩いているのは奇跡だわ…」
この地下鉄が示しているあの時の衝撃の激しさは想像を絶するものだったに違いない。
そして同時に、自分の運の強さにも驚いた。少なくとも、10メートルは瓦礫と共に落下したと考えられる。
「世の中何が起るか分からないなんて考えていた矢先に、本当にこんな事が起るなんて…」
偶然とは、さりげなく一致する事がある。
人の勘というものが、曖昧な能力である事に少し悔しさを覚え、腹立たしくもなった。
ふと前を見ると、遠くにうっすらと、明かりがみえた。
非常灯の赤い光がぼんやりとその付近を照らしている。
そこは駅らしい事がわかった。
「東京駅…」
駅の地下構内はあちこちに非常灯が灯り、その変わり果てた姿を私の目に焼き付けた。
広いはずのフロアーのほとんどが瓦礫で埋もれ、歩くのさえ困難だ。
夜遅い事もあり、人の姿は見られない。
「一体・・・何があったのだろう」
東日本大震災の時は、今の私のような恐怖を体験した人が数多くいただろう。
そしてその時の私は、テレビの前で、その様子を複雑な心境で見ていた。
しかし、震災が直撃した一部の人々にとってその出来事は、本やテレビ、ましてや自分の体験した事の中で知る限りの、とにかく全て歴史上のどの大惨事よりも大きなものだったに違いない。
その一方では、私のように普段と変わらないその日を何不自由なく送り、食卓でくつろぎながら心配げにいつもと違うテレビの番組を見ているだけの人が殆ど存在している。
同じ日本でも、全く違う瞬間がそこには存在するのだ。
「きっと多くの人がこの状態をテレビの前で見ているに違いない、もしかしたらこのビルだけが崩れただけかもしれない」
しかし今の自分には、世界が破滅したかのように思える。
いずれにしてもこの状態を把握したい気持ちで一杯だった。
電話を探し、かけようとしたが、どれもかかる気配さえ示さなかった。
「とにかく地上に出よう」
あちこちの階段を上がろうとするが、そのどれも途中で潰され、上には上がれない。
この駅から地上へ出るのは無理なようだった。
とにかく右へ左へ、洞窟の中を進むように、行ける道を進めるだけ進んだ。
東京駅は何度も来たことがあるが、もちろん、全く別の場所のようだ。手がかりはたまに落ちている駅の通路表示版だった。
「三国デパート入口…」
一つの表示板が目に入った。
「この近くにデパートがあるわ」
デパートの地下は食品売り場だ。
電気売り場でないにしても、そこに行けば、懐中電灯やラジオを探す事ができるだろう。ライターの光ももう限界だった。
勘を頼りに進んでいくと、行く手に大きなシャッターが少し崩れた形で見えた。
「デパートの入り口だわ」
シャッターにはデパートの名前が書かれている。
シャッターは端が少し剥げていて、中から大きなガラスの扉が見えていた。
以外にも扉はしっかりとその形を残しているらしく、中に入るにはガラス戸を割らなければならない。
適当に大きな瓦礫を拾い、ガラスの扉めがけて投げつけた。
ガシャーン!
3回目のチャレンジで扉は大きな音を立てながら砕けた。
慎重に中に入ると、予想通りそこは食品売り場のフロアーだった。
「ここにいれば当分食べるものの心配をすることはないわね」
だいぶ肩の荷が下りた。
ここにいれば、急場しのぎだが、しばらくはおおよその心配は解消されそうだ。
「とにかく、ラジオと、懐中電灯を探そう」
真っ暗な分、その作業は困難だった。
食品売り場にライト、ラジオは売っていないとして、レジの棚、控え室らしい場所を重点的に探した。
そして最初にライトを見つけることが出来た。
電池も十分にありそうだ。
ラジオは探すのに意外と時間がかかった。
とりあえず食料と水も確保しようと色々歩き回ったが、
「ここも駄目だわ・・・」
水道を見つけ、蛇口をひねってみるが、水は出てこない。
あとは、売られているミネラルウォーターの類を探すしかなさそうだ。
水は、テナントが売り場を構えるデパートなだけに、少してこずったが、十分確保できそうだ。
幸運にも、ざっと歩き回った限りではこのフロアーは、あまり大きく壊れていないようだった。
小一時間して、ラジオ、懐中電灯、水、そして、なるべく保存が効くような食料をたくさん集め、なるべく丈夫そうな柱の下に場所を取り、そこに落ち着く。
「今となっては関係ないわね」
ダイエット中だったが、右手には大好きなモロゾフのチーズケーキを持っている。
周りを見渡すと、白い布を被ったショウケースには、お菓子や、惣菜、飲物、ほとんど全ての食べ物が揃っている。
ふと、これが皆自分の物のように思えて、わくわくした。
その感覚は、夢や映画の世界でしか味わえないようなものだ。
そう、あの瞬間からまるで映画の世界だ、一瞬、気持ちが明るくなったが、映画だったらこれはまさに悪夢の映画だ。
その事に気がつくと、突然涙があふれてきた。
もしかしたらこのまま誰も来ないのではないか?世界がこんな状態になって、みな死んでしまったのではないか?
そんな事が突然頭をよぎり、怖くなった。
「そうだ、ラジオ聞かなきゃ」
急いでラジオのスイッチを入れ、チューニングのダイヤルを回した。
「おかしいわ」
どの場所にチューニングをしても、人の声が聞こえてこない。
何度試してみても、ザーという音しか耳に入って来なかった。
時計は3時を回っている。
もしかして、日本中がこんな状況になっているのだろうか…。
ふと、昨日の新宿でのレポートを思い出し、悪い予感が胸をよぎった。
「きっとそんな事はない、今は、余計な事は考えず、今やるべき事をしよう」
彼女は気持ちを取り直し、しっかりしよう、しっかりしよう、そう自分に言い聞かせた…。
あれから20日が経った。
この場所の食べられる食料は、日に日に底をつき始め、とにかく生き延びる為の生活が始まった。
今いる場所からは、少しずつ通路を探しだし、広範囲にわたって移動が可能になった。
たまに異臭とともに死体が横たわる事があったが、想像以上にその数は少なかった。
あの日は年末の休みに入っており、深夜だった為、極端に人が少なかったのだろうか。
そして、これだけの月日が経っているのにもかかわらす、救助も来ない。
ましてや生きている人間に、一人も会っていない。
詳しい事は分からないが、大変な事態になっていると言う事に、気づかざるを得なかった。
外に通じそうな道も、いくつか見つけていたが、外に出ようとはしなかった。
この事態は、東京だけの震災では無いと考えたからだ。
ラジオが聞こえないというのはおかしいし、救助も来ない。
まるで私だけが地球上にいるようだ。
この状態に立たされ、多くの事を考えた結果、核戦争の可能性も十分考えられる事だった。
だとしたら、外は放射能で汚染されていて、外に出れば危ない事は私にも分かる。
万が一の事を考えてもここに居られるだけ、いや、少なくとも半年位はここにいた方が安全かもしれない。
30日が過ぎた。
耐え切れなくて、何度も外に出ようと思った。
しかし、食料もぎりぎりしかなく、暗い為、外に出る事は簡単でない。
またこの場所に、戻る事が出来るかも分からない状態だ。
本気で外に出る為には、この場所を捨てて、完全な体制で望まなければならない。
それには汚染も少しは落ち着いて、寒さも緩み始める3月まで待とうと心に決め、ひたすら耐えつづけた。
時計を見ると、あの日から・・・、
運命のあの日からふた月が経過していた。
孤独と失望・・・
気が狂いそうな寂しさが何度も込み上げ、それがどうしようもない事だと気づき、冷静さが少しづつ戻ってくる。
その繰り返しを何度も経験すると、感覚は徐々に慣れていく。
不意に襲う毎日の孤独感は、想像をはるかに超えるものだ。
それは経験したものしか分かる事の無い孤独。
そんな時、かけがえの無い財産となったのは、過去の思い出を振り返る事だけだった。
まるで、テープが磨り減る程何度も何度も気に入ったビデオテープを見返すように、これまで経験した事や、思い出に残った出来事を記憶から搾り出すように思い描いた。
そして、その時の自分に時に誇りを覚え、時に反省もした。
自分という人間は、どんな人間だったのだろう・・・。
そんな分析をする時間は、十分過ぎるほど与えられていた。
それは、通常の生活だったらなかなか出来ない事だ。
一日24時間の生活の中では、到底かなわない、贅沢な時の使い方だった。
しかし今は1日という区切りは無いに等しかった。
私は今まで生きて来て何回楽しい出来事があっただろう。
何回悲しんだろう。
楽しいこと、辛い事。
もちろん普通に働いている以上、辛い事のほうが多い・・・。
本当にそうなのだろうか?
普通って、何なのだろうか。
私の考える普通って・・・。
そういえば、真剣に恋愛もしたことがなかった。
女なのに仕事に打ち込んで、でもそれなりに楽しかった。
それなりに、って・・・。
とっさに頭を切り替えようとした。
このままでは、気持ちがどんどん暗くなってしまいそうだ。
“母さんは元気かしら・・・。”
「きっと私を心配しながら父と二人でテレビ見ているのでしょうね・・・」
突然熱いものが込み上げてきた。
そして目から一筋の涙が頬を伝った。
それは今まで本当の考えを精一杯押し込めた抵抗の証だったのだろうか。
母はいつもいつも私の事考えてくれていた。
私は、甘えられるだけ甘えて、何もしてあげられなかった。
そんな言葉に答えるように、心の中で、母親が答えた。
そんなことないわ。恵子が笑顔を見せてくれれば、母さんは嬉しいのだから・・・。
“母さん、ごめんね・・・。”
独りぼっちになって、自分にとって何が一番大切なのか。
それは今の彼女には自然と溢れるように理解できていた。
沢山の大切なもの。
それらが今、どうしているのか?
彼女は今頃になって、自分の中で何も解決していない事に気づいた。
そして彼女は、まだ多くを理解していなかった。
この狭い空間の中で、あの時の出来事によって、まるで夢のように長い時間を刻んでいるだけだ。
このままで終わる訳にはいかない。
こんな日々に彼女が耐えられているのは、目標があるからだ。
その目標とは、自分が生きているという証拠と、地上に出る事がきっと出来る、という望みから湧き上がる彼女の、小さなかけがえの無い未来だった。