6.最愛の彼女に告白を
さて、残るは彼女です。愛しい愛しい彼女。
結婚しよう、とプロポーズされたのが昨日だなんて思えないくらい、一日が長かったです。
いまだに腫れぼったい瞼を小さな保冷剤で冷やしつつ、オレはぼんやりと天井を眺めます。
ちなみにここは、防衛省が作ってくれたオレの家です。というか、基地というか。
住んでいませんが、表向き、イレイザーが住んでいるのはここ、となっているのです。
オレをサポートするためにここには20人程度の職員が住んでいます。さっき訪ねたマッドサイエンティストもここの臨時職員です。
でも、今日はオレが無理を言って、全員に帰ってもら…いたかったのですが、皆、このオレの自室から一定距離離れた場所でそれぞれ作業しています。
正直言って、自称神様の言うように身近にいなければ害はない、というのも半信半疑なオレは一刻も早く飛び出したいのですが、ここ以外オレが頼れる場所がなくて。
一応できるだけ遠ざかっておく、というオレの願いは聞き入れてもらえているので、この保冷剤も、まるで罠に近付く野生動物みたいな挙動で指定場所まで行って取ってきました。誰か近くにいやしないかとすごく不安でした。
窓から差し込むのはすでに赤い夕陽で、電気を点けていない室内は影の濃淡の中に沈んでいます。
ああ、オレは視力はそこそこですが、桿体細胞と垂体細胞がそれぞれに発達しているのか色を細かく見分けられて、あと夜目が効きます。
だから暗くてもなんら問題はないのですが、どこか寂しい気がして嫌です。
家族からはお許しが出たので、というか行かないとお兄ちゃん怖いので、今日あたり飲みに行きたいと思います。
でも彼女とは、これからです。彼女は今日仕事なので、帰ってくるまで待機です。
だから、家族のように受け入れてもらえたら、という期待が大きくなって、でもそれを打ち消す不安も膨らんで、だからオレはいつもなら気にも留めない夕陽が寂しいのでしょう。
「……電気点けよ……」
ぽつりと呟いて、それが誰にも聞かれていない独り言だと自覚するともっと寂しい。
よっこいしょ、とソファから腰を上げて、壁のスイッチをオンにすると瞬く間に室内が明るくなりました。
これだけで少しだけほっとするのですから、オレもたいがい感傷に浸っているようです。
まだ詰まっている気がする鼻をもう一度すすり上げて、簡易キッチンに備えついた冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取りだすと、またソファに戻ります。
ずいぶん泣いたので、喉が渇いていたようです。体が欲するままに飲み込んだ冷たい水は、すでにボトルの半分を切ってしまいました。
そんな時でした。
部屋に内線のコール音が鳴り響いたのは。
危うかったです。もうちょっと遅かったら、びっくりして鼻から水を吹き出しているところでした。
若干むせてまた涙目になりながら、通話ボタンを押すと聞こえてくるのはここの職員、サポーターと呼んでいる人たちのうち、事務仕事を担当している女性の声です。
『一木様がお帰りになったようです。おつなぎしますか?』
「…あー、と…。…はい、お願いします。」
お忘れかもしれませんが、一木とは彼女、仁美の名字です。
帰宅直後に電話していいものかと悩みましたが、遅かれ早かれ伝えなければいけないことです。
ああ、でも食事を終えてからのほうがよかっただろうか。ふとそう頭をよぎったのはすでに内線を切った後でした。
『…もしもし?』
一瞬の、ツー、という電話独特の通話音というのでしょうか、それが流れた後に、彼女の声が室内の4隅に備え付けられたスピーカーから流れだしました。
「……もしもし、仁美?」
なんていえばいいのか、ぐるぐるっと脳を揺らしても出てきたのはいつものセリフです。慣性って恐ろしい。
『どうしたの?…あ、帰れるの?』
今朝の電話の話だとわかりました。
仕事が終わったら連絡すると、伝えた。
まったく違う話をされるなんて、考えてもいない彼女の優しい声。これが聞けなくなったら…いや、それでも進むと決めたじゃないか。
「ごめん。ごめん仁美。オレ、ヒーローを続けるよ。」