表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5.オレの家族を自慢したい


 オレは吐きそうになりながら、涙と鼻水を垂らして家族に謝りました。

もちろん直接会ってではなく、映像中で。土下座もしました。

いろんなものが込み上げてきて、嗚咽しか洩らせなくなったオレの頭に、父と母の複雑そうなため息が聞こえました。


「おい、お前な、泣けば許されると思うなよ。」


そしてこの辛辣な声は、兄のものです。

場違いに、今日の店の仕込みはどうしたんだろうという思いが頭をよぎります。

土下座したまま上げられなくなった顔を俯かせて降ってくるであろう罵声に身構えていると、その兄さえも嘆息します。

オレは卑怯です。戦法すら卑怯なのですが、これはやはり心根が腐っていることの表れだったのでしょうか。


「…ったく。お前のせいじゃ、ねぇだろう。今日はうちに来い。貸切にしてやる、飲め。」


ぶっきらぼうな兄の言い方は昔から変わりません。

昔から、オレが泣くと何とか泣き止ませようとやれこれを食えだのこれを飲めだのと押し付けて、呆然としたオレがやがて笑い出すのがオレたち兄弟の定石でした。


が、今回ばかりは聞き捨てなりません。

何を言っているんだ、この兄は。


「お前の話じゃ、つまりそんな長く一緒にいなきゃ全然大丈夫ってことだろ?人間いつか死ぬんだ、毎日会ってて20年もつなら、週一くらいにすりゃぁ7倍はもつだろが。」


「…っで、も…」


兄の言っていることはほぼ屁理屈です。

週一にして7倍持つって、単純計算すぎます。オレもこの話がまず真実なのかすらわかりませんが、真実だったとして、家族の弱った体にさらに追い打ちをかけることになるでしょう。


「でもも何もないわぁ。あんた昔っから泣き虫で寂しがり屋で…あたしらがおらんと何もできんくせに。」


超訛り全開です。母です。

自称神様が言うとおり母は最近体調を崩して寝込むことが多く、今画面越しに見ても痩せ細った体を父と寄り添うことでやっと支えているように見えます。


「で、も…」


「父さんも母さんも、頼秋も死にたいわけじゃない。ただ、お前は家族なんだから、心配もする。どうせ前みたいにうじうじと悩んでくだらん自己犠牲に走ろうとしてるんだろう?お前は支えがないと生きていけない人間なんだから、支えにする人間は家族にしておけ。」


「世間様の為に力を使うって覚悟決めたんやろ?あたしらもおんなじ、護朗がちゃーんと生きていけるように支える覚悟なんて、あんたがこんな豆粒くらいの頃から持っとるわ。アホなこと抜かしとらんと、会いたくなったら会いに来なさい。」


なんて返せば今のオレの気持ちを伝えることができるのでしょうか。

ありがとう、ごめんなさい、大好きです、いろんな気持ちがごちゃまぜで、何を言葉にしていいかわかりません。

だって、オレの家族は、オレを人間として受け入れようとしてくれている。

源護朗を家族として受け入れてくれるというのです。


こうやって家族と離れようとして、それでもみんなの優しさに甘えさせてもらうことが前にもありました。それはオレがヒーローとして国に雇われることになった時のことです。

その時も、オレは日本人としての戸籍から存在を抹消されるか否かの選択を迫られました。国所有の兵器のような扱いで、オレという人間は死んだと。自分で悩んで悩んで、オレはその道を選ぼうとしていました。

そのほうが、家族にも友達にも危険が迫らない、と。

でも、それでも、家族も、親友も、オレを受け入れてくれました。

その時と同じことが、今起ころうとしている。

今度は明確に命に危険を及ぼすのだ、と言っているのに。嘘かホントかわからないけれど、ホントだったら。


オレが自分一人で生きていける強い人間だったらいいのに。

そうしたら、家族も安心してオレを一人にできるかもしれない。オレが寂しくて泣くような、うさぎか、とツッコミを入れられる性格をしていなければ。


相変わらず鼻をずびずびとすすりながら俯いていたオレの頭に、苛立ったような兄のため息が落ちてきました。

条件反射でびくつくオレを見て、ますます深く溜息を吐かれます。仕方ないです、オレは家族全員のヒエラルキーの最底辺にいるのですから。

自称神様はオレをすべての生物のトップだとか抜かしましたが、とんでもない。あの時は動転してうまく反論できなかったけれど、今ならそれは間違いだと言えます。


「…またしょうもないこと考えてんな。」


「………。」


しょうもないこと、というのも否定できません。

オレは明らかにほっとしている。家族がオレという存在を否定しないでくれて、とてつもなく嬉しくて。

でも、それが家族を危険にさらすから嫌だ。こんなに優しくて大切な家族だからこそ、出来るだけ遠くに、安全なところにいてほしい。


それを見透かしたように、兄はぎろりとオレを睨みました。

見ていません。俯いているから見えていないけれど、熱視線(高圧力)を感じます。つむじが…焼ける…


「いいか、お前は、家族だ。」


一言一言に怒気を込めて、区切られて伝えられる言葉。

なんか益々泣けてきました。お兄ちゃん怖いです。


「家族とは会いたいと思うだろう。…お前の(ツラ)ぁ見えなくなるのは、寂しいと、俺たちだって思うんだよ。」


「少なくともゴールデンウィークとお盆と旧盆とクリスマスと正月は帰ってこんといかんわぁ。護朗ならひとっ飛びやろ?」


「そうだぞ、帰ってこい。寂しくなったら、帰ってこい。死にたくなったり泣きたくなっても、帰ってこい。いいな、護朗。」


オレのことをよく御存じで。

ぐっと喉に詰まった熱い塊は、どんなに飲み下そうとしてもつかえて、そして漏れる。

うっぐ、とかひどいうめき声を洩らしながら、オレはついに頷いてしまいました。

ぼたぼたと垂れていく涙も鼻水も零して、堰切ったように頷き続けるオレを見て、家族はやっと笑ったのです。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ