愚者と普遍者<運命の観測外>
題名ほどたいした内容でもないです。
・・・暗い。
ここはどこだろうか?
意識が微睡んでいて思考がうまくまとまらない。
自分が一筋の光すらも許さない漆黒に染まりきった空間にいるのだけは分かる。
不思議な空間だ・・・。
うまく言えないが身体が宙を浮いているような感覚がある。空を飛んでいるというわけでもなく、水の中を漂っていると言った方が近い。
水の中にいるわけではない。息が出来る。
取り敢えず溺死することはないと思い自然と胸を撫で下ろす。
慣れてくると思いのほか心地いい。このままこうしていたい。
「っつ!?」
いきなり腕に圧迫感が走る。誰かが俺の腕を掴んだ。
いきなりのことに驚き体が一瞬ビクッとなる。
誰だ?人がせっかく気持ちよく・・・・。
あれ?俺は何をしてたんだっけ?
まぁ、いいか・・・。
「おい。」
誰だよ?うるさいな。邪魔しないでくれよ。
「アンタ飲まれているぞ。」
飲まれている?どういうことだよ。いや、どうでもいいか・・・。
もう、こいつのことは無視しよう。うん、それがいい。
「シカトかよ。たく、しょうがねーな。」
どこかめんどくさそうな口調だ。
声が聞こえなくなった。
やっと静かになった。これでまた続けられる。
?
続ける?何を?
そんなことどうでもいいか・・・。
「うおりゃ!!!」
ドン!
?
下半身。いや下半身のある一部から遅れてジンジンと鈍い痛みが上ってくる。
「・・・ああ!?うあああああああああああ!!!?」
思わず悲鳴を上げてしまった。
誰だよ!?こんな極悪非道なことやる奴!?全世界の男を代表して言える。
いくら何でもそこだけは駄目だろ!!!
「お、帰ってきたな。」
ソイツは悪びれることも無くケロッとしていた。
「・・・っふっざけんなぁぁ・・・・!!」
要は股間に強烈な蹴りをもらったわけである。
なんとか立ち上がるが、足が内股になり生まれたての小鹿のように震えている。立っているのもやっとのことだ。
「なんだよ、せっかく助けてやったのに。」
目の前にいる男は溜め息を吐く。
「なにが助けるだよ!だいたい・・・・?」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
今自分が置かれている状態の異常性に気が付いたのだ。
商業都市にいたはずだったのに、当たりを見回しても真黒な空間が広がっている。
夜になっていたなんて落ちではないようだ。
理由は簡単で真っ暗すぎるのだ。それに生き物の気配を全く感じないほど静まり返っている。
真っ暗と言っても何も見えないわけではない。普通ここまで真っ暗だといくら闇目が効いたとしても何も見えない。
しかし何故か見えるのだ。理由は分からないがそういう空間なんだろうと無理矢理自分を納得させる。
「落ち着いたっぽいな。」
「落ち着けるわけないだろ!?落ちてるってなんだよ!?というかお前誰だよ!?そもそもなんで俺がこんなところにいるんだよーーー!!?」
「だから落ち着けっての。そんないっぺんに質問されても無理だ。取り敢えず自己紹介しとくか!お互いの名前を知らないのも不便だろ。」
カイはなんとか奔る
焦りを抑えて、簡単な自己紹介をする。
「俺はカイ。カイ・テトライトっていうんだ。」
「俺は悠斗。異崎 悠斗っていうんだ。」
しばらく時間が経過してようやくカイは落ち着きを取り戻した。もっとも先程のように混乱こそしていないが納得出来ていないという顔をしている。
「落ちているってどういうことだ?」
カイは首を傾げる。
「あぁ、そのことな。さっきまでお前は何か考えられてたか?多分思考を放棄していたはずだ。」
カイは確かにと頷く。
「この空間は空間内にいるものを取り込もうとしているらしい。取り込まれるっていっても思考能力を凍結されて、ただただ延々と漂うだけらしいけどな。」
悠斗にさっきのお前みたいにな、と言われカイは顔をハッとさせる。
「ここはどこなんだ?」
カイは辺りをキョロキョロと見回してみるが、目に映るのは見たことも無い景色だ。
「う~ん、どこまで話していいものか・・・。」
悠斗は腕を組んで唸る。
「?」
「あぁ、こっちの話だ。ぶっちゃけて言おう。おそらくここは異世界だ。」
「異世界ぃ!!?」
カイは信じられないというような顔をする。
それもそのはずだ。いきなり異世界と言われて信じられる者がいるだろうか?
むしろ、魔法で造った空間と言われた方がまだ信憑性がある。
「やっぱり、異世界の存在自体を知らなかったか。まぁ、来ちまったもんは受け止めるかないだろ。」
悠斗の言葉にカイは渋々と頷く。
ビクッ
「いきなり身構えてどうしたんだよ悠斗。」
「いきなりの急展開で悪いが構えろ。」
空間が歪む。すでに真黒い空間の一部が更に黒く、凝縮されていく。5メートル級の中心から渦を巻いている円が出来る。
黒円から音も無く何かが出てきた。
大きな灰色のマントを纏い、頭にはフードが被せられている。フードの中は紅い光が2つだけさみしく光っているだけで見通すことは出来ない。
見た目人型であるが、明らかにその身に纏う気配は人の領分から掛け離れている。
―――我が名はアザートス。異なる世界を渡り歩く原初の絶対者なり―――
その言葉は耳に響くというより頭の中に直接流れ込んでくるようなものだった。
畏怖、恐怖、いくつもの感情が生まれるが、そのどれもが雲の上を突き抜けて大気圏をこしてしまうような存在を思わせるものだった。
絶対者、悪魔、神、化け物言い方はいくらでもある。
カイは動けなかった。足がガクガクと震えているのだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。
悠斗は何も感じていないような飄々とした態度をとる。
それどころか挑発するかのように眉間に皺を寄せてして睨みを効かしている。
―――ハハハハ!!!たかが人の子ごときの存在が!!我にとって塵にも満たない存在が吠えるとは驚いたものだ。―――
「おいおい。人間舐めんなよ。お前ら神はいつも侮り過ぎだ。窮鼠猫を噛むって言葉知らないのか?」
―――それは超越者や運命に見初められたごく一部の存在のみだ。残念ながら貴様らは単なる普遍者にあたる、吐いて捨てるほど存在する矮小な存在だ。何が出来る?出来るわけないだろう!!―――
「そこで固まってるアイツは知らないが、俺はどうかね?それに不思議に思わないのか?たかが普遍者が神と問答できると思ってんのか?」
普通なら神のような絶対者を目の前にして普遍者にあたるようなどこにでもいるような小さな存在では、カイのように畏縮してしまい動けもしないだろう。しかし、悠斗は特に何らかの影響をうけたようには見えない。
―――フン。強がるな。偶にいる。あまりに大きな存在を目の前にしたとき気づかない奴はいる。お前らは自分の住んでいる世界の全体図を見渡すことが出来ないのと同じだ。――
アザートスは悠斗を取るに足らない存在だと嘲笑う。
「なんかなめられているな・・・。毎度のことだけど、ちょっと腹立ってきた。」
悠斗は後頭部をボリボリと掻き毟ると、おもむろに背中を大きくのけ反らせて深く深呼吸をする。
そして、右手を前に突き出す。次の瞬間その右手には身の丈ほどある大剣が表れていた。
―――魔の心得があるのか?いや、これは外部からの転送術か。お前から魔力はほとんど感じないしな―――
「おおー。腐っても神だな。一度見ただけで理解するとか。」
―――たかが原子的な武器一つ呼び出した程度で何が変わるというんだ?お前ごときでは我にふれることすら出来ない。―――
「そりゃどうかな?やってみなきゃ分からない・・ぜ!!!」
悠斗は腰を低くして重心を低くした瞬間跳躍した。
迅い。
身の丈ほどある大剣を持っているというのにその動きはまるで重さなど無いかのようだ。
腰を思いっきり捻り、右下から左上に一薙ぎする。
しかし、大剣はアザートスを両断するどころか傷一つ付けることすら叶わなかった。
カイは信じられないような現象に目を大きく見開く。
あまりにも不自然だった。
どんな物でもなんなく両断できると思わせる大剣はアザートスが身に着けている古ぼけたマントにすら傷一つ付けることが出来なかったのだ。
しかし、悠斗は別段驚いた様子は見せなかった。
―――だから無駄だと言ったのだ。我に傷一つすらつけることすら出来ないではないか。人間にしては腕の立つ方だがそれでも神に挑むのは愚かでしかない。惰弱だ貧弱だ脆弱だ。―――
「ふーん。どうりで攻撃がとどかないわけだ。空間転移ね。」
悠斗はアザートスの力を易々と見破った。悠斗の大剣が傷一つ付けられなかったのは、アザートスの防御力が高いからではなく、大剣自体が当たっていなかったからである。アザートスは斬撃そのものを別の空間に転移させたわけだ。
――な!?―――
アザートスは動揺を隠せなかった。悠斗みたいな人間に自分の力が看破されるとは思わなかったのだろう。それも、たった一回で。
「さすが神級って言ったところか。空間に干渉する能力を持ってるとわな。」
言葉の割に悠斗の顔に驚きは無かった。
―――驚いたぞ人間。たった一回で我が力を見破るとは。神でもそうそう見破れまい。―――
その言葉は皮肉を込めたものではなかった。純粋に悠斗に敬意を表したものだった。
―――だが―――
悠斗はアザートスを倒せる可能性は限りなく低い。アザートスの力を見破っていたところで、何になるだろうか。圧倒的すぎる戦力差は何一つ変わらない。
悠斗の攻撃はアザートスに効かないどころか、届きすらしない。
悠斗には勝ち目はない。それは揺るぎない事実だった。
「ふー。分かってんよ。俺に勝ち目はないと言いたいんだろう。でも、そうもいかないんだな。これが。」
―――愚かな。お前ほどの勘の鋭い人間が戦力差を見誤るとは―――
「見誤ってんのはテメーだ―――。」
「いくぞ!!!お前ら!!!」
いきなり誰もいないのに叫びだした。
この空間にいるのは3人。悠斗とカイとアザートスのみ。
とてもお前らとは言える人数ではない。
<あはっははははは!!やっと出番だ!!>
<久方振りか・・・。血が騒ぐ。>
<いや、もう私達血どころか肉体すらありませんけどね。>
<相変わらずお主らは元気だのう・・・>
<つーか、自我保ってるやつらがまだこんなにいんのかよ。>
<そういうあなたもね。>
どこからともなく声がアザートスの創り出した空間に人と思われる声が木霊する。しかし、辺りに悠斗達以外に誰一人いない。
風が舞う。
気温が上昇する。
気温が低下する。
空ちゅうに紫電が帯電する。
光が瞬く。
闇が凝縮する。
<グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!>
生物には出すことが可能なことすら疑問に思える慟哭が叫ばれる。
「があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
悠斗を中心に不可解な現象が起こり始める。
悠斗の肌の色が変化しだす。黄色人種特有の色をした肌が血を連想させるような赤褐色に。
髪の毛が天を穿つかのように逆立つ。
空間が大きく歪む。
―――き、貴様は、な、何者なんだ!!?―――
空間を歪ませてしまうほどの力が悠斗に集まっている。
アザートスは目の前に映る光景を疑った。
当たり前だ。先程まで吐いて捨てるほどいる飛び抜けた力も持たないような人間がそこにいるだけで空間を歪ますような力を持っているのだ。神にも匹敵するかもしれない。
「俺の始まりだ。」
言葉とともにアザートスの前に悠斗が出現した。文字通り出現したのだ。悠斗とアザートスとの間には距離があった。どれだけ悠斗が速く移動しても数秒はかかるほどの。
しかし、瞬きする刹那にも満たない時間すら過ぎない内に悠斗はアザートスの目の前にいた。
腰を思いっきり捻り大剣を振りかぶる。
―――!?―――
いきなりのことに驚きもするがアザートスは冷静に対応する。アザートスも右手がポワッと小さく発光する。
「うおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
無意味だ。アザートスはそう高をくくっていたに違いない。当たり前だ。悠斗がどれほどの力を得ようとも、アザートスによる空間魔術の前では何の意味も無い。
アザートスは自分の勝利を疑うことはなかった。
―――が!?―――
だからこそアザートスは自分の身に起きた事が一瞬理解できなかった。アザートスは確かに空間転移を使い悠斗の攻撃を別の位相にずらした。
悠斗の攻撃はアザートスに当たる筈もなかった。
しかし、違った。アザートスは後方に吹っ飛ばされていた。
「理解できない表情してんな。」
顔に表情があるとは思えないが悠斗の的を得た言葉に確かにアザートスは表情を崩した。
アザートスは焦り始める。
しかしもう、何をしても遅い。
悠斗は止まらない。
今度は吹っ飛ばされているアザートスの後ろに出現する。
大剣を下から上に振り上げてアザートスをかちあげた。
「お前が何をしようが関係ねえ。ただ思いっきり振るだけだ。」
あまりにも強大すぎる暴力は次元を超える。悠斗の一撃は空間転移をものともせずアザートスのもとに届く。
音もなくアザートスの近くに出現して、強烈無比な一撃を与える。
ただ、このことを繰り返すだけ。
単純だ。だからこそ手の打ちようがない。
考える暇もなく続く怒涛の連撃。
「うらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらぁぁぁ!!!!!」
「終わりだあああああああああああああああ!!!!!」
上から下に叩きつけるように一撃。
アザートスはピクリとも動かない。
悠斗は勝利したと言わんばかりに大剣をクルクル回して、手遊びをしている。
「カイ大丈夫か?一応アザートスは倒したぞ。多分もう気絶しているから動けるはずだぞ。」
「あ、本当だ。動く。」
カイは掌を開いたり閉じたりして動けるようになったことを確認する。
「アザートスはどこいったんだ?」
「あ!!あの野郎逃げやがった。」
気絶していたと思われたアザートスの姿はなかった。
「え・・・?てことは・・・」
ゴゴゴゴゴゴゴ!!!
空間内に強い揺れが発生する。よくよく見てみると空間に亀裂が先程よりと比べて比にならないほど走っている。
「な、何が起こってんだよ!?」
「この空間はアザートスがいるからこそ成り立っていた空間なんだよ!!アザートスが消えたことでこの空間自体の存在が維持出来なくなってんだよ!!!」
「ど、どうすんだよ!!?」
「あ~落ち着けって。ちょっと待って。」
「何で落ち着けるんだよ!!?」
カイは悠斗の肩を掴んでブンブンと振り回す。
「あー、こちら悠斗。こちら悠斗ぉー。」
悠斗はポケットから手に収まるような薄型の黒い携帯機を出す。所謂スマートフォンである。
カイの住む世界と悠斗の住む世界の文化に違いが在り過ぎるのでカイは悠斗の出したスマートフォンが何なのか分からず首を傾げる?
『悠斗―――――――!!!!いきなり消えてアンタどこほっつき歩いてんの!!?』
スマートフォンから怒声が飛ぶ。十代特有の張りがある女性の声だ。
あまりに大きな声に悠斗は思わず耳を塞ぐ。
「黒い物体が喋った!!?」
「あー、こっちの世界の通信器具だと思ってくれ。」
時間が余りないこともあり悠斗はカイを適当にあしらう。
「でさ、ちょっと今ピンチでさ、今俺がいる空間を俺の存在率を逆探して見つけてくれ。」
『逆探って・・、ああ。アンタ存在率の低さは私たちの中で底辺だったけ。えーと、少し待って・・・。あ、ビンゴ!!』
「もう見つけたのかよ。相変わらず仕事がはえーな。」
『どっかの誰かさんとは出来が違うからね。』
『で、アンタをこっちに転送すればいいの?ついでにもう一人いるようだけど、どうする?その空間に来た時に使った術式の痕を利用すれば元の世界に戻せるけど。』
「あ、あぁ、それで頼む。」
内心悠斗は仕事の早さに舌を巻く。ヒューと口笛を一吹き。
「つーわけでなんとか元の世界に帰れそうだぞカイ。」
「え!?あ、あぁ・・・」
カイは話が全く掴めずただ茫然とすることしか出来なかった。そもそもカイは異世界の存在すら先程まで知らなかったのだから当たり前と言えば当たり前の反応と言える。
「わあ!!?」
いきなりカイの身体が光に包まれる。
「心配すんな。元の世界に転送魔法みたいなもんで還されるだけだ。別にお前に害は出ないと思うから安心しろよ。・・・・・・多分。」
「多分!!?ちょっとどういうことだよ!?多分って!!」
「うっさい!!つべこべ言うな!!後半空気だったくせに!!」
グサッ
「てめぇ・・・。言ってはならないことを・・・。」
「お、やるか?」
「と言いたいところだけどそろそろ時間だ。」
カイを包む光は徐々に強くなっている。
「そっか。また会えるかな?」
「さあな~。でもお前の目的を達成した時に会えるかもな。」
「ちょっ?どういう・・・」
カイは言葉を言い終える前に光に包まれて消えてしまった。元々いた世界に帰ったのだ。
『あんな別れ言葉でよかったの?』
「良かったもなにもあれしか言いようがねーだろ。」
『結構手厳しいのね。さすが≪絶対の普遍者≫と呼ばれるだけはあるわ。』
「その言い方は止めい。だいたいそれほとんど悪口じゃねーか。」
『ふふふ、そうだったわね。おっと、そろそろ時間よ。』
悠斗の身体が光に包まれる。悠斗もカイと同様に元いた世界に帰るのだろう。
「待ってるぜ≪愚者≫。」