第5話:人類はサルから進化したのだな~。
「気持ちのいい朝だよ。朝早くて誰も居ない町並みってなんか不思議な感じだよね。ほら小鳥が鳴いている。僕、朝がこんなに気持ちのいいものだって今まで知らなかったよ」
上半身裸のアキヒトが部屋の窓を開け、外を眺めながらさわやかに言う。そしてベッドの上で裸体をシーツで隠した私に視線を向けると微笑んできた。
じゃかましいわ! なにさわやかに「経験して少し大人になった」感を出しておるんじゃ。だいたい昨夜のお前はさわやかでも何でもなかったわ!
昨日の夜、私に対しアキヒトは、
「ネットでこういう事をやっているのを見た」
「ネットに書いているのを読んだんだけど」
を連呼し、こっちが「拒みつつも最終的には何でも受け入れる」設定が発動して抵抗できないのをいい事に、好き放題してくれたのだ。これだからネットばかりやっている奴は危ないのだ。手加減という物を知らん。
しかも「M気質」設定により、私はその好き放題に結構順応してしまったのだ。あんな事を「されてしまった」のは百歩譲って仕方ないとしても、して欲しいと言われ「最終的には何でも受け入れる」設定が発動し、あんな事を「してしまった」とは! 昨夜の自分の痴態を思い出し、頭を抱えた。神様なのに! 自分神様なのに!
頭を抱えている私に、アキヒトは近寄ってきて傍に座った。「恥じらい」設定により、反射的にシーツを更に引き寄せ身体を隠す。
アキヒトはその私の様子に少し微笑んだ。くっ。の○太のくせに、余裕を見せおって。
「僕この世界でやって行けそうな気がして来たよ。昨日は強そうなドラゴンを簡単に倒せたし、君も居てくれるしね!」
こいつ、何が君も居てくれるじゃ。神様に向かって。これはあれか? 一度抱いたら彼氏面という奴か? 昨日の夜まではずっと空気だったくせに、突然存在をアピールしおって、の○太のくせに生意気な!
しかし気に食わんが、実際迫られれば設定が邪魔して抵抗出来ないのは、昨夜十分過ぎるぐらい分かった。ならばいっその事一緒に居なければ良かろう。
「少し出かけてくる」
そう告げる私にアキヒトは首をかしげ問いかけて来た。
「どこに行くの?」
「ちょっと散歩じゃ」
「じゃあ、僕も一緒に行くよ!」
「いや、1人で行きたいからアキヒトはここで待っていろ」
そう言って立ち上がろうとしたが、今の私は全裸だ。そして「恥じらい」設定の為にシーツを外せない。
「着替えるから向こうを向いていろ」
とアキヒトに言って顔を背けさせて服を着て部屋を出た。そして
「行って来る!」と言葉を残し足早に宿を出る。
ふん! 二度と帰って来てなどやるものか! お前はこの世界で1人で暮らすがよい!
人通りの無い朝の町を足早に進んだ。だがどこに行く当ても無い。そしてその内にお腹が、ぐぅ~~、となった。空腹の合図だ。ご飯を食べなければ……。
しまった。部屋から金を持ってくるのを忘れた。どうにかして金を稼ぐか。しかしどうやって金を稼ごう。え~と。私の能力、技能は「特になし」……。
踵を返し足取り重く進む。そしてしばらくすると扉を開いた。
「あ。お帰り。早かったね」
やかましいわ! と、椅子に座り、私に向けるアキヒトの笑顔に内心罵倒すると、無言でベッドの縁に座った。
どうする? こっそりと金を持ち出してもう一度逃げるか? いや、その金を使い果たしたら終わりじゃ。じゃあ金が有る間に何とか手に職をつけて働き口を探すか? 針仕事とか。駄目だ。さすがにいくらなんでも面倒くさい。
まったく! アキヒトめ。せめて「手先が器用」とか「歌が上手い」とか、百歩譲って「料理が得意」ぐらいの設定はつけて置けよ。「特になし」じゃ本当に無能者ではないか。まさか全知全能から無能者に転落するとは予想だにしていなかったぞ。
しかも、認めるのが嫌で今まであえて目を背けていたが、頭も以前より悪くなっている気がするし。もっとも言うなれば思考する巨大なエネルギー体だったのが、人間の脳の回転を超えて考える事が出来なくなっているのだから当然かもしれない。しかも天才の頭脳でも何でもなく、普通の女の子の頭だし。アキヒトめ! もっと頭の良い女を理想にしておけ!
これではまるで、某ネコ型ロボットをばらして組み立てなおしたら、コ○助が出来上がってしまったみたいなものではないか。しかも相方がキテ○ツではなく、の○太とは。
コ○助との○太の組み合わせ……。駄目じゃ、お先真っ暗じゃ。だがまぁ、の○太にはチート能力をつけているので、劇場版くらいは活躍するじゃろう。
だがそこにお腹が、ぐぅ~~~~。となる。そうだったお腹が空いていたんだった。飯を食べに行こうとアキヒトに顔を向けると目が合った。そしてアキヒトはにっこりと笑う。今のを聞かれていたと思うと、「恥じらい」設定で赤面する。
「じゃあ、朝ご飯を食べに行こうね」
私が口を開く前にアキヒトはすべてを見透かした様に笑顔でそう言うと、先に立って部屋を出る。私はその後に続く。完全に彼女扱いされている様でムカついた。
宿を出て2人で飯屋に向かう。そして扉を潜ってテーブルに座り、昨日の晩飯の時と同じ様にアキヒトに料理を選ばせ、店員に同じ物と言って料理を頼んだ。
並べられた朝食を見てアキヒトは感心した様に頷いた。
「世界が変わっても元の世界と同じ様に人が暮らしているだけあって、食べ物がそんなに違うわけじゃないんだね」
「ほう。じゃあ、どれが何かアキヒトには分かるのか?」
私の問いにアキヒトは、皿の上に置かれた表面が硬く中がふわふわした物を手に取った。
「だいたいなら。多分これはパンみたいな物だね」
そしてナイフでどろどろとしたものを取ってそのパンみたいな物というか面倒くさいので、もうパンと呼ぶ、に塗りつけた。
「多分これはジャムみたいな物だからこれを塗って食べるんだよ」
そう言ってそのパンにジャムを塗った物を一口齧った。そして美味しそうに咀嚼する。なるほど。そうやって食べるのか。
私もアキヒトと同じ様にパンを手に取り、アキヒトとは別の黄色いジャム(どろどろとしたもの)をナイフで取ってパンに塗りつけた。そして頬張る。だが……。
「ひぃ~~~!!」
突然口の中が火の点いた様に熱くなり悲鳴を上げた。
「あ。駄目だよ神様! これ多分マスタードだ!」
アキヒトはそういうと慌てて私の前に置いてあった水の入ったコップを手渡してきた。それを一気に飲み干す。それでも口の中の火は消火し切れず、アキヒトの前に置かれた水も飲み干した。
やっと一息ついた私の背をアキヒトが摩ってくれ、私はゼェゼェと荒い息を吐いた。
「人間はどうしてわざわざこんな物を食べるのじゃ!? こんなものただの罰ゲームではないか!」
抗議の声を上げる私を、アキヒトはなだめる様に背中を撫でた。
「これを付ける時は、ほんのちょっとだけ付けるんだよ」
まったく! それならばそうと早く言え。
こうして酷い目に合いながらも朝食を食べ、そして食べ終わると宿に戻る。
改めて部屋に入るとまたベッドの縁に座って、アキヒト対策を練る。とにかく夜の間だけでも別のところに寝るとか出来ないだろうか? どこかに隠れるとか。ベッドの下とかはどうじゃ? しかし神様がこそこそと隠れなければならないとは情けない。
だがするとそこに椅子に座るアキヒトが声を掛けてきた。
「部屋にずっと居るって、退屈じゃない?」
「何を言う。私は何十億年もずっと独りでおったのじゃ。退屈で暇つぶしをする事もあるが、その気になれば数万年ぼ~っとしておくくらい平気じゃ」
勿論その暇つぶしとは、アキヒトの様に人間を異世界に転生させる事なのじゃが、それは黙っておく。
「数万年? 凄いね~。僕には耐えられないよ」
「耐えられないも何も、お前は数万年を生きられんじゃろうが。しかしさっき部屋に戻ったところじゃろう。いくらなんでも堪え性がなさ過ぎるぞ。今までどんな生活をしてたんじゃ?」
すると私の言葉に、アキヒトは腕を組み首を捻った。
「え~と。とりあえず家に帰ったらテレビを点けて。パソコンの電源を入れて。ゲームをしたり漫画を読んだりかな」
「おいおい。漫画を読んだりゲームをしたりするなら、テレビはいらんじゃろう。あとパソコンもじゃ」
「え~~。だって部屋に音が無いと寂しいし、パソコンはいつネットで調べないといけない事があるか分からないじゃないか」
う~ん。エコを考えないやつめ。しかし常に何かしらの刺激を受けている生活をしていた訳か。じゃあ、この娯楽の少ない世界では退屈するかも知れんな。いい気味じゃ。散々私の身体をもて遊んだ報いというものよ。
「まぁ、精々この世界の生活に慣れる事じゃな」
私は笑いながらそう言った。じゃが、しばらくすると何を思ったのかアキヒトは私の傍に来ると左隣にちょこんと座った。
「どうした?」
「え~と。暇だな~って思って」
「ふむ。しかし我慢するしかあるまい」
だがアキヒトは私の言葉を無視するかの様に身体をにじり寄せてきた。そして右手で私の左手を握る。
「せっかく2人で部屋に居るんだから……ね?」
ね? じゃねぇ~~~!!
「馬鹿。お前何言っておるんじゃ。真昼間って言うより、まだ朝だぞ!」
「だって退屈だし……。折角彼女と部屋で2人っきりなんだから、いいよね?」
「退屈とかそういう問題じゃないだろ! 馬鹿! 止めろ!」
だが手を振り解こうとする私に、アキヒトは逆に右手を引き私の身体を引き寄せると、さらに左手で私の右手を掴む。そして私の両手を頭の上でベッドに縫い付ける様にして私を押し倒した。
アキヒトの強引な行動に、「拒みつつも最終的には何でも受け入れる」「M気質」といった私の設定が総動員される。ぬかった。まさか朝に奇襲を受けるとは!
「いいから。ちょっと落ち着け! な?」
しかし私の抗議も虚しく、設定に縛られ、またしてもアキヒトにいたされたのだった。
ベッドの上でシーツに包まって全裸で横たわり疲労感に身をゆだねていた。同じく隣でまどろんでいるアキヒトの横顔を眺めながら、この状況について考える。
駄目じゃ。こいつはサルじゃ。退屈をこらえる忍耐もなく、暇だといっては襲ってくる。まったく、私はどの時点で失敗してしまったのか? きっとサルを進化させて人を作ったところから間違ったに違いない。神としての力が回復したら、ナマケモノか、いっその事雌雄同体のナメクジ辺りを進化させよう。そう強く誓った。
だがそれはともかく問題は今じゃ。こんなサルとは昼間でも一緒の部屋には居れん。
「アキヒト! 出かけるぞ!」
「え? どこに?」
「いいから。とにかく部屋を出るのじゃ!」
怒鳴って、シーツに潜りながらアキヒトに剥ぎ取られた服を身につける。そして状況が分からずモタモタしているアキヒトに服を着させ背を押すようにして部屋を出た。
こうして宿を出て町に繰り出したものの、特に目的が有る訳ではない。単に部屋で2人きりでいるという状態に遅まきながら身の危険を感じ、部屋の外に避難したかっただけなのだ。
「これってデートなのかな~~」
隣を歩くアキヒトは私の心中など思いもよらぬ風に笑いかけてくる。アキヒトは私と仲が良いつもりなのだろう。もっともアキヒトから見ればそれも当然か。
なんだかんだいって一緒に居るし、いたされている時だって、まったく情けない話ではあるが諸々の設定の所為で、アキヒトから見れば私も十分喜んでいる様に見えるのだろう。アキヒトが私の事を彼女の様に思うのも仕方な……。
突然背筋に冷たい物が走った。ふと気付いた。私は、アキヒトに対して物分りが良すぎないか?
さっき逃げようとした時だってそうじゃ。本気で逃げたいなら、面倒くさいとか言わずに逃げればよいのじゃ。私のアキヒトへの態度もそうじゃ。さっき襲われる前の会話だって、嫌いならばもっと冷たい態度をとってもよさそうな物だ。
いや、そもそも昨日の夜、部屋の前で「アキヒトの事を挙動不審とは思いながら」どうして部屋に入った? 挙動不審なら身の危険を感じて部屋に入らなければ良かったではないか。
襲われる時に設定によって縛られていると思っていたが、もしかしてすでに縛られているのか? いや、すでにというより「常に」じゃ。そう「アキヒトの彼女」という設定に。