第3話:さっそく最強の敵現れる。そして。
足を怪我しそれを治せぬので、アキヒトに背負われ道を進み町に向かっていた。
どうしてこの様な事になってしまったのか? いや分かっている。私の能力があまりにも完璧過ぎたのだ。アキヒトの願望を忠実に読み取り、完璧に再現してしまった結果、その彼女の能力設定までアキヒトの願望にそって再現してしまったのだ。
そして普通の高校生が、彼女に特殊能力など望む訳も無い。つまりただの人である。
そして足の怪我すら治せない私は足の痛みに歩く事も出来ず、全知全能の神たる私は今アキヒトに背負われている。
足の痛みに耐えなんとか立ち上がったが、歩こうとするとやはり
「イタッ」と声を上げてしまった。そしてその声に気付いたアキヒトが私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
声を掛けてきたアキヒトに状況を説明するのは躊躇われた。ここはあまり弱みを見せぬ方が良いだろう。だが実際歩けそうに無い。膝をすりむいたくらいでと言われるかも知れないが、どうやら今まで痛みを感じた事のない私は、人一倍痛みに弱いようじゃ。
状況を説明せぬままアキヒトの手を借りねばなるまい。まぁせっかくアキヒトの彼女という設定なのだ。ここはその設定を利用させて貰おう。
「ふっ。分かっておらぬなアキヒト。お前はこの世界では私の彼氏なのであろう。二度と言わぬから良く聞け。こういう時、彼氏は黙って彼女に手を貸すのじゃ。お前は彼女である私を、その能力を持って全力で助け、そして守る義務があるのじゃ!」
「そっか~。彼氏だから彼女は守らないとね!」
「そうじゃ。お前は命を掛けて私の事を守るのじゃ!」
何せ全知全能の神である私は死んだ事がないからな。この状態で死んだらどうなるのか私にも分からん。案外実体を失うだけで大丈夫かも知れんが、試す訳にも行くまい。
その言葉にアキヒトは目を輝かせ頷き、こうしてなんとかその場を切り抜ける事に成功した。そして今アキヒトの背に乗り、今後の事を考えていた。
アキヒトは一文無しじゃ。金を稼ぐ必要がある。とはいっても、実は金を稼ぐまで、食べ物などは私の能力でちょちょいと出すつもりだったのじゃ。しかしその考えは脆くも砕けた。
これは本気で早急に金を稼がなくてはならん。いっその事どこかを襲撃して金目の物を奪う様にアキヒトをそそのかすか? しかしアキヒトが自主的にするならともかく、神様が犯罪を示唆するのもなんじゃな。
この付近に隠されている財宝などの知識、記憶もあったはずなのじゃが、普通の人間である今の私の記憶力ではそれを覚えきれず、知識の大半は忘れてしまっている。
やはりギルドに顔を出し、すぐに片付けられそうな依頼をこなすしかないか。
そんな事を考えている間に町に近づいてきた。ここまで来ると人とすれ違う事もある。スカート姿で背負われ下着が見られそうだと思うと「恥じらい」設定が発動し、アキヒトの背から降りた。
「肩を貸そうか?」
というアキヒトの申し出を、人前で引っ付くのは「恥ずかしい」ので断り、自分の足で歩く。町に着く頃には足の痛みもずいぶんマシになっていたのじゃ。
町に入ると人通りが多くかなりの賑わいに見えたが、どうやら様子がおかしい。よく見ると賑わいと言うより、みんなどこかに避難しようとしているみたいじゃ。
神であり人見知りや遠慮といったものとは無縁な私は、荷駄をひいている男の腕を捕まえて事情を問いただした。だが男は構っていられるかと言った具合に
「馬鹿やろう! とっとと逃げにゃ皆殺しにされちまうんだよ!」
と腕を振り払い去っていく。
「まったく無礼な奴じゃな。私を誰だと思っておる」
「でも、どうしよう? 何か大変そうだよ?」
憤慨する私にアキヒトは例によって判断を丸投げしてくる。頼りにならん奴だな。まさにネコ型ロボットに頼りきる、の○太状態。
「他の奴を捕まえても同じであろう。とにかくギルドに向かうぞ」
私とアキヒトは人を掻き分け、おぼろげな記憶を頼りにギルドへと向かう。するとかろうじて記憶はあっていたらしく、果たしてちゃんとギルドにたどり着いた。
次の転生者をこの世界に転生させようと考えた時に、始めにどこに向かわせれば良いかを考えていたのが功をそうして、記憶に残っていたようじゃ。
ギルドは木造3階建てで結構立派な作りだったが、今はみんな逃げ去ってしまい閑散としていた。だが受付に向かうと、これも記憶通りに私ほどではないが結構な美女が受付に座っている。
赤毛と赤い瞳。大きく胸元が開いている赤いワンピース。大きな乳房の大半が覗いているそのはしたない姿に「恥じらい」設定を持つ私は反射的に嫌悪感を抱いた。だが、今はそれどころではない。
「みんな町から逃げようとしている様だがどうしたのじゃ?」
「奴が来るのよ。みんな殺されるわ」
受付の美女は、私の問いかけに気だるそうに答えた。とても受付の態度とは思えんな。じゃが今は事情を聞くのが先じゃ。
「奴とは?」
「ドラゴンよ」
「ドラゴン?」
「ええ。それもただのドラゴンじゃない。五色のドラゴン。どこに逃げても無駄。世界は奴に滅ぼされるの」
「ほう。たいそうなものじゃな。それでその五色とはなんじゃ?」
「そんな事も知らないの? ドラゴンはそれぞれ色を持ち、赤のドラゴンは炎を統べ、青のドラゴンは水と氷を統べる。その様にして5種類のドラゴン達はそれぞれその色に見合った能力を持っている。でも数千年に一度、まれにその五色すべての能力を持ったドラゴンが生まれる。それが五色のドラゴン。記録ではそのドラゴンが現れるたびに世界は滅びかけ、ドラゴンに見つからない様に細々と生き抜いた僅かな人間達によってまた数千年の歳月をかけ世界を復興する。それを繰り返してきたのよ」
そういえばこの世界にはそんな物も居た様な、居なかった様な……。膨大な知識の大半を失っているので思い出せなかったが、まぁ実際現れたのならば居るんじゃろうな。
「なるほど、それが今現れみんな逃げているわけか。お前はどうして逃げない?」
「あははぁ。逃げてどうするというの? どこに逃げても、どうせ逃げ切れないわ。たとえ逃げ切れたとしても、奴から隠れて惨めに暮らすくらいなら、いっそ奴に殺された方がいいわ」
この女はすでに死を覚悟し逃げないという事か。じゃがまぁ早速仕事がありそうで助かった。
「それで、そのドラゴンを退治すると報酬はいくらなのじゃ?」
「話を聞いていなかったの? 倒すのは無理なのよ? 出来ない事の報酬なんてあるわけ無いでしょ?」
「良いから答えよ。お前もギルドの受付のプロなら、今までの依頼と比較すればどれくらいの金額になるかの予測くらいはつけられよう」
「予想もなにも無いわよ。達成出来ない依頼の比較なんて出来ないわ。もし倒せるとしたら、町からの依頼なら町の予算のすべて。国からの依頼なら国の財産すべてでしょうね。倒せなければどうせ世界は滅びるのだから」
「ほう。それは凄いものじゃな」
するとそこに突然ギルドの建物の上を巨大な影が通り過ぎる。なんじゃ? と思って影が通り過ぎた先を見ると、五色に光り輝き空を覆うような巨大な翼を持つドラゴンが飛び去っていくのが見えた。いや、飛び去ったのではなくドラゴンは旋廻するとまたこっちに戻って来るようじゃ。
「あれが五色のドラゴンよ」
女はドラゴンを見上げ、まるで誇るかの様に言った。目はクスリでもやっているかの様に完全に逝ってトリップしている。
「みなさい。あの爪を。王城の城壁すら剣で布を裂く様に切り裂くでしょう。
みなさい。あの牙を。すべての人間はあの牙の餌食となるのよ。
奴には誰も勝てない。
奴の炎を防げる者は居るかもしれない。
奴の吹雪を防げる者は居るかもしれない。
だけど奴の5つの力が同時に放たれた時、それを防げる者は居ないのよ。
五色のドラゴンは邪神ゼルドガスの化身とも言われているわ。
邪神ゼルドガスは――」
う~ん。話が長いな。
「アキヒト。構わんあのドラゴンを光神槍破で撃ってしまえ」
ずっと所在無さげにぽつんと立っていたアキヒトに声を掛ける。じゃが、アキヒトは喋り続ける女に戸惑った様な視線を向けた。
「でも、まだ喋ってるよ」
「喋り終わるまで待ってられるか。撃ち方は頭に入っているはずじゃ。とっとと全力で討て」
「あ。うん。でも本当に言わないといけないの?」
「仕方あるまい。そういう決まりじゃ」
私の言葉に、アキヒトは五色のドラゴンへと手の平をかざす。
「神から授かりし、聖なる光の槍! くらえ!! 光神槍破!!」
そしてアキヒトの手が光り輝きドキューーン! と音が鳴り光の槍が放たれた。その発射の衝撃で風が舞い私のスカートがなびく。「恥じらい」設定のある私は反射的にスカートの裾を抑えた。そしてその光の槍は世界を滅ぼすドラゴンの身体を突き抜ける。そして一瞬の後、ドラゴンの身体は四散し地面にボトボトと落ちた。
それに伴い大量の血と肉隗が雨や雹の様に地面に降り注ぐ。うわ……。ドラゴンが真上に居る時に撃たせないで良かったと、心の底から思った。
「よし。よくやった」
「でも、どうしても台詞を言わないと打てないの?」
「無論じゃ」
「でも、『くらえ!!』はいらないんじゃないの?」
「それは勿論観てて……いや、とにかく決まりなのじゃ」
元々、私が観戦する為に異世界に人を送り込んでおるんじゃからな。少しでも観てて楽しい様に台詞を言わないと撃てない事になっておるんじゃ。じゃが、それは黙っておこう。ちなみに威力は台詞を叫ぶ「気持ち」によって変化し、全力で打つには全力で叫ぶ「気持ち」の必要がある。
どういう事かというと、元々声が大きい奴も小さい奴も、はたまた風邪を引いて声が出ない奴でも、全力で声を出す「気持ち」ならば威力は一緒なのじゃ。そうでないと風邪で声が出ないので撃てません。という事になってしまうからじゃ。
女に視線を向けると、状況が分かっていないのか思考が停止したのか、先程からの独り言は続いていた。
「邪神ゼルドガスは世界の始まりより闇に存在し、その眷属は164万2547種、253億8521万を数え……」
女の頬をペチペチと叩き目を覚まさせると、女は我に返り改めて私を見た。じゃが誰がドラゴンを倒したという事は認識しているのか、すぐにアキヒトに視線を移した。あまりの出来事に状況を信じられなかっただけで、ドラゴンの身体が四散したところは見ていたという事か。
「あなた……強いのね」
アキヒトを見つめるその目は情欲に濡れている。もしかしてこいつ、強い者フェチか? そういえばさっきもドラゴンの強さを語りながらトリップしていたしな。
ふむ。そうなると、この女をハーレムの一員にするという計画はすんなりと達成出来そうじゃな。じゃが今は取り敢えず金が先決じゃ。
「あのドラゴンを倒せば有り金全部出すのであろう? さっさと出せ」
じゃが女は私の言葉に答えず、カウンターを回ると受付の外に出てきて、アキヒトに近寄る。赤いワンピースと思っていた女の服は、右足の方こそ足首までの丈があるが、左足の方は太ももまでしかない。布を斜め切ったデザインで片足がむき出しになっている。ワンピースと言うよりセクシードレスといった感じだ。
この女はギルドの受付の仕事にかこつけて、強い男を漁ってるのだと直感した。その淫婦は私に構わずアキヒトの傍に立った。女の背はアキヒトより少し高く見え、女の割りに背が高いな。と思ってふとその足元を見ると、かなり高いヒールを履いていた。それを脱げばアキヒトよりちょっと低いくらいか。
「私の名前は、エメルダ。あなたの名前を聞かせて頂けるかしら?」
女、エメルダは妖艶にアキヒトに微笑み掛けた。ハーレム作りを目指しているとはいえ、所詮精神的にはただの高校生のアキヒトは、露出の多い女からのあからさまなモーションに緊張している。しかし緊張しながらも何とか口を開く。
「アキヒトって言います」
「そう。アキヒトって言うの……。とてもいい名前ね」
エメルダはそう言いながらアキヒトの右腕を取り指を這わせる様にして摩る。
「この手からあの魔法を撃って、五色のドラゴンを倒したのね」
アキヒトはエメルダに腕を摩られ、くすぐったいのかビクッと身体を竦ませた。その様子を見たエメルダは獲物を前にした蛇の様にチロリと舌で唇を舐める。そしてアキヒトの腕を、胸を押し付ける様にして抱えた。アキヒトはされるがままになっている。
ハーレムを作るとか言っておきながら情けない奴じゃな。じゃが向こうから獲物が飛び込んで来てくれそうなので、まぁ一安心ではあるか。
「見ない顔だし、今日この町に着いたのよね? この騒ぎじゃ宿もまだ取れてないんでしょ? 良かったら私の部屋に来ない?」
「それは良いな。世話になろうか」
じゃが、2人の会話に割り込んだ私を、エメルダは露骨に嫌な顔をして睨んだ。
「残念だけど、空いている部屋は一つしかないの。あなたはどこか別に部屋を取れば良いんじゃないかしら」
この女。神である私をないがしろにするつもりか! さすがにかなりムカついたぞ。
「ふっ。空いている部屋は一つと言っても、アキヒトは自分のベッドに引き込むつもりであろう。だったら部屋は空くではないか」
鼻で笑った私の言葉に、エメルダも「ふっ」と鼻で笑い、さらに私の事を小娘と見たのか余裕の笑みを浮かべて反論してきた。
「それが分かっているなら遠慮したら? 私の部屋は壁が薄いの。お嬢ちゃんには刺激が強すぎると思うけど?」
童顔で、見た目では私より若く見えるはずのアキヒトに手を出そうとしておるくせに。にもかかわらず私には刺激が強すぎるというエメルダに、さらに言い返そうとすると、意外にもアキヒトが割り込んできた。
「いや、僕、神さ……。彼女と一緒に部屋を取るよ。エメルダさんはまた今度で……」
そしてそう言いながら、エメルダの胸に抱えられていた腕を引き抜く。反射的に勝利の笑みを浮かべた私をエメルダは一瞬睨んだが、すぐにまた媚びた笑みを作りアキヒトへとしな垂れかかる。
「きっとよ。今度は絶対に私の部屋に来てちょうだいね」
「う。うん」
曖昧に返事するアキヒトを連れ、もう一度エメルダと視線を飛ばしあった。そしてその場を後にすべく彼女に背を向けた私だったが、重要な事を思い出し踵を返す。
「金だ! このギルドの有り金全部出せ!」