第24話:世間は結構狭いもんじゃの~
料理が出来る者を得る為、奴隷売買を行っているシスカールという町へ向かった私達は、数日馬車で旅しそこに辿り着いた。エメルダが大きな町でしか奴隷売買は行われていないと言っていたとおり、その町は始めにエメルダと出会った町よりも人通りも多く賑わっていた。
「ここが奴隷を扱っているという町か。それでどこで売っておるのじゃ?」
「そうね。私もこの町でなら扱っていると聞いた事があるだけで、来たのは初めてだから……。でも、奴隷売買は、広い場所で行われているはずよ。少し歩けば、すぐに分かると思うわ」
私達はエメルダの言葉通り、取り合えず町をぶらつく事にした。じゃが、ふとアキヒトに目をやると、みんなから遅れがちに後ろを歩いている。そして、なにやらしきりに首をかしげ、時折う~ん。と唸っておる。私も歩みを遅くして、アキヒトと並んだ。
「どうしたのじゃ? 何か気にかかるのか?」
「気にかかるっていうか。やっぱりお金で人を買うのってどうなのかな? って思って……」
なるほどの。エメルダやフランティーヌの話で、一応納得したと思っておったが、元の世界との価値観の違いで、やっぱり納得しきれていないという事か。
「しかし、自分で自分を売るというなら、他人がとやかくいう事ではあるまい」
「それはそうなんだけど……。でも、僕達はその奴隷を買うんだよね? だったら、やっぱり僕達の問題でもあるよ」
ふむ。まぁそれもそうかの。
「しかし、我々がどう思おうと、実際この世界では行われておるんじゃし、お前だって、この世界の仕組みまで変えようと思っている訳ではあるまい?」
「う~ん。僕のチート能力でもどうにもならないかな?」
どうやら、結構真剣に考えておるようじゃの。じゃがいくらこの世界では最強とはいえ、出来る事と出来ない事がある。
「結局、金に困って仕方なく自分を売っとるんじゃから、売れんかったらそいつら自身が困るじゃろう。まさか金に困っている奴ら全員に金を配って回るわけにもいかんしな」
「やっぱり、お金を配るのって駄目なの? 僕が一生懸命魔物を退治していけば、お金を稼げるかとも思ってたんだけど……」
ふむ。こやつなりに色々と考えておったのか……。じゃがそうは言ってもの……。
「世の中には金に困っておる者などいくらでもおって、さすがのお前でも、いくら稼いでも追いつかんよ。それに金に困ったらお前が金をくれるとなれば、それを当てにして働かぬ奴らも出て来よう」
「そっか……。そうだね……」
う~む。アキヒトはなにやら落ち込んでしまったか。しかし無理なものは無理じゃしな……。
「まぁ今から私達自身が奴隷を買う事になるんじゃし、お前に出来る事は、その奴隷に優しくしてやる事じゃな。そしたら少なくともそいつは不幸にはならん」
私がそう言うと、アキヒトは少し明るい表情を私に向けて言った。
「うん。そうだね……。分かった。そうするよ」
まぁ相変わらず頼りない気もするが、優しいといえば優しいか。これでの○太でなく、キ○レツじゃったら、コ○助としても安心なんじゃが……。
じゃが、そうこう話しているうちに、前を歩くエメルダとフランティーヌとは結構離れてしまっていた。そしてそれに気付いたエメルダが振り返った。
「何やってるの2人とも。さっさと行くわよ」
「あ。うん。神様、行こう!
「あ。はいはい」
エメルダの言葉に、私とアキヒトはその後を追った。
町の中心部から少し離れた広場に大勢の人が集まっているのが見えた。そのうち何人かはなにやら文字を書いた白い札を首から下げておる。
「ここがその奴隷を売っている場所か?」
「ええ、そうよ。首にかけている札に書いてあるのは、名前や年齢。それと何が出来るかね」
ふ~ん。と改めて辺りを見回すと、その白い札をかけている者は、男も女も居て、年齢も様々じゃ。そして札をかけていない者―つまり買い手という事じゃな―となにやら話しておる。どうやら値段や条件の交渉らしいの。
「う~ん。なんか僕が思っていた奴隷売買とかなり違うのかな?」
アキヒトはなにやら、拍子抜けとまでは言わぬが、辺りを見回し意外そうに言った。私はと言えば、アキヒトと違い元の世界との比較もなにも無いので、まぁこんなものか。と言う感じじゃな。
「お前の世界では、奴隷を売買する時はどんな感じなんじゃ?」
「どんな感じっていっても、僕も実際に見た事がある訳じゃないんだけど……。もっと買い手が一方的っていうか……。奴隷は酷い扱いをされるっていうか……。そもそも、奴隷と買い手が条件について話し合うなんて思って無かったよ」
「そりゃそうよ。わざわざ酷い事をしそうな人間に自分を売ったりしないわよ」
「まぁそりゃそうじゃの。で、首から白い札を下げている奴が奴隷でいいんじゃよな? そいつらに声をかけて料理が上手いか聞いて、上手そうな奴に金を払ってそいつを買うって事か?」
「ええ。そうよ」
「そうなんだ? 奴隷って奴隷商人とかいうのがいて、その人にお金を払って買うんだと思ってた。でも、その払ったお金はどうなるの? 奴隷が自分で持っておくの?」
「いえ。大抵の奴隷は家族を食べさせる為に自分を売るんだから、仲介人が手数料を取るけど、残りはちゃんとその家族に送られるわ。本当に家族の元に届くのかって心配かも知れないけどそれは大丈夫。お金が届かないなんて事になったら、奴隷の取引が成り立たないもの。横領なんてしたら、普通の窃盗よりよっぽど重罪よ」
「そっか……そうなんだ。だったら安心……なのかな」
ふむ。どうやら、アキヒトもようやく納得したようじゃな。じゃあ、あとは料理が出来る奴隷を探すだけか。じゃが待てよ?
「そう言えば、料理が出来るのは当然として、ハーレムに入れられそうな奴を探すんじゃよな? 奴隷の方でも条件を付けられるなら、そう上手くいかんのじゃないか?」
「そうね……。それは結局その奴隷の状況によるわね。そういう相手をするって条件なら、当然金額は高くなるわ。それだけお金が必要ならその条件を飲むだろうし、そうじゃ無かったら断る。まぁ当たり前と言えば当たり前の話なんだけどね」
「なるほどの」
じゃが、ふと気付いたが、気にかかる事があったからなのか、いつも空気のアキヒトはよく喋っておるが、その代わりにフランティーヌが透明人間と化しておるの。まるでどこにもおらんかの様じゃ。とフランティーヌに顔を向けると、私の視線に気付いたのかフランティーヌも視線を向けてきて目が合った。
「なんですの?」
「いや、え~と、お前にも何か希望は無いのか?」
すると私の言葉に、フランティーヌは、軽く手の平を握って人差し指を唇につけ、
「希望ですか。そうですわね……」
と、少し考えている様な仕草をして言った。
「お茶を入れるのが上手な娘が良いですわね」
「却下じゃ」
と、反射的に言いかけたが、さすがに自分から聞いておいてそれはないと思い、口をつぐんだ。しかしこやつもハーレム暮らしになれたと思ったら、まだお姫様気分が抜けておらんかったか。
「まぁ料理が出来て、ハーレムに入れられそうで、お茶を入れるのが上手い奴が見つかればの」
そんな奴は居ないだろうと思いながらも、無用な諍いを避ける為、フランティーヌに同調してやった。まぁあまりこやつと険悪になってばかりもおれんからの。
「じゃあ、はやく条件に合う娘を探しましょう。いい娘はすぐに取引が成立してしまうわ」
エメルダの言葉に、条件の合う娘探しが始まった。じゃが、そこいらに立っている娘が首にかけている白札に書いてある条件を読むんじゃが、数が多すぎてこれが結構めんどくさい。
「アキヒト。お前の好みの娘を指差せ。その娘の条件を読んだ方が効率的じゃ」
「え? 僕の好みより、料理が出来るって言う方が、重要なんじゃなかったの?」
「まぁ実際、年頃の娘なら料理が出来ないって娘の方が少ないしね。アキヒトの好みで探した方がいいかも」
そう言うエメルダに、じゃあ、料理が出来ないお前はなんなんじゃ? とも思わないでもないが、敢えてそこは突っ込まずにスルーし、アキヒトに選ばせる事にした。私は、アキヒトのタイプの娘――つまり私に似た娘を次々と指差す。
「あの娘はどうじゃ? 私と同じ黒髪じゃぞ?」
「う~ん。確かに髪は黒いけど……」
黒髪ならいいというものではないのか? う~む。
「そうか……。それでは、あの娘はどうじゃ? 目元が私と似ておると思うが」
「え~っと……どうなんだろう?」
アキヒトはまたしても煮え切らない態度で口ごもる。
「はっきりせんの~。じゃあお前はいったいどんな娘がいいんじゃ?」
「別に神様と似てる人じゃなくてもいいよ……。 神様は神様でいいんだから」
「う~ん。そうなのか?」
それじゃあ、いったいどんな娘がいいんじゃろうな~。
しかし、確かに同じようなタイプの娘ばかりより、色々なタイプの娘がいた方がハーレムとしても充実するかも知れんの。
よし! それならこうじゃ!
「どうじゃ? それなら、いっその事私とは正反対の娘を探すか?」
「そうね。そうしましょう。それじゃあ、私やフランティーヌとも違うタイプの娘にしてみたらどうかしら?」
間髪入れずにエメルダも同意した。我ながらいいアイデアだったようじゃ。
「3人ともと違うっていうと、茶色い髪で、ショートカットの子とか? みんな髪の毛長いし」
アキヒトがそう言うと、フランティーヌは、
「そうですわ。そうすると……」
と辺りを見渡し始めた。アキヒトが他の娘を選ぶと言うのはやっぱり嫌だったのか、さっきまで娘選びに参加しておらんかったのに、急に積極的になりおったな。もしかして、私に似ている娘を選ぶくらいなら、他の娘を早く探してしまおうって事かの? 複雑な乙女心というやつかの? 私には良く分からんが。
そして辺りをキョロキョロと見渡していたフランティーヌはある娘に目を留め、
「あの様な……」
と言った後、その娘の顔を確認すると、突然驚いた声をあげた。
「ソフィー!」
そしてその声に、少し離れたところに立っていた、メイド服の娘もこちらを向いて、フランティーヌと同じく驚いた声をあげる。
「フランティーヌ様!」
そして今にも泣き出しそうな表情でこちらに駆け寄ってきて、フランティーヌに抱きついた。
「フランティーヌ様……。お亡くなりになったとお聞きしていたのですが、ご無事だったのですね!」
「ええ……。実は、事情があってわらわは死んだ事になってしまったのですけど、今は彼と……アキヒトと共に旅をしているのです」
とフランティーヌが、視線をアキヒトに向けて言うと、ソフィーと呼ばれた娘もアキヒトに顔を向けた。目はパッチリと大きくて丸く、肩に届かないくらいの茶色い髪。小柄で、私達とは違うタイプじゃが、なかなか可愛らしい娘じゃの。どうやら、フランティーヌがお姫様暮らしをしていた時の王宮に勤めていたメイドの様じゃな。それがこんなところで再会するとは、不思議な偶然じゃの。しかし……。
「お前、白札をかけておるが、奴隷なのか?」
そして私の指摘に今更ながら気付いたのか、フランティーヌはまたも驚いた声をあげた。
「そっそういえば、いったいどうしたと言うのです? お前は王宮に勤めていたのではなかったのですか?」
「それが……。私は王女様御付のメイドでしたので、王女様がフェンリルの元に行った時にお暇を出されてしまったのです……。それでも、他の貴族のお屋敷のメイドの仕事を紹介して頂いたのですが、折悪く父が病で……。王宮に務めていれば身元も安心だと融資してくれる人が居たかも知れないんですけど……。ただの貴族のお屋敷のメイドでは、誰もお金を貸してくれず、残った母や妹や弟達を養う為仕方なく……」
ソフィーの告白に、フランティーヌの表情も曇った。やはり自分付きじゃった娘が奴隷となっているのは、ショックじゃったんじゃな。
「そうだったの。わらわの事で、お前にも苦労をかけたのですね……」
「いっいえ! 決してフランティーヌ様の所為ではありません!」
まぁ確かにフランティーヌをフェンリルの元にやったのは、フランティーヌではなくその父親の国王じゃしの。じゃが、それでも、自分に関係する事で、知っている者が身を落としているのは気にかかるらしい。アキヒトへと、視線を向けている。この娘を引き取って欲しいと言いたい様じゃな。
「どうする? この娘にしておくか?」
「そうね……。メイドなら料理も出来るわよね?」
エメルダの言葉に、ソフィーは頷き、フランティーヌは言い添える様に口を開いた。
「ソフィーは年は若いですが、王女付きのメイドとして選ばれただけあって、一通りの事はすべて出来ます。料理も洗濯も、お茶も入れられますし、お菓子だって焼けます」
ん? 何か聞き捨てならん台詞を聞いたぞ?
「お菓子を焼けるというのは本当か?」
「はい! 得意です!」
おお! それは、めっけものじゃ。
「よし! アキヒト。この娘にしよう。王女付きの侍女なら料理の腕も問題あるまい」
「うん。そうだね。じゃあ、この娘にしようか。これからよろしくね」
「はい! よろしくお願いします」
ソフィーはそう言って、大きくお辞儀をした。
「じゃあ、私は仲介人のところに行って、この子との契約をしてくるわね」
エメルダはそう言って、ソフィーと共に仲介人の元へと歩いていった。ふむふむ。なかなか良い娘が見つかって良かったの。これで、お菓子にも困らなそうじゃ。
じゃが、ふと気付いた。感動の再会とお菓子作りの技能に目がくらんで契約に走ってしまったが、肝心のハーレム入りの交渉はしてないんじゃないの……か?