第22話:私の番なのじゃが、これも自業自得?
私は今アキヒトの部屋の前で立ち尽くしていた。
一昨日はフランティーヌ。昨日はエメルダ。つまり今夜は私の番じゃ。
「ギルドにあまり良い依頼が無かったから、次の町に急ぎましょう」
そう言って先を急ごうとするエメルダに私は断固抗議した。
「お前ら2人の時は宿じゃったのに、私の番の日に出発とはどういうつもりじゃ!」
私の抗議にエメルダも渋々了承して、出発を先に延ばしもう一泊する事となった。そしてエメルダの言う、逃げ回らずに自分からアキヒトの部屋に行けという言葉通りにアキヒトの部屋の前まで来たのじゃが、そこで私は停止した。
う~ん。女ばかりの時はわりと平気じゃったのに、いざアキヒトの部屋に突入するとなると「恥じらい」設定がフルスロットルじゃ。これはあれか? 女ばかりじゃと恥じらいが無くなると言うやつか? まぁ私が「女」なのかは微妙なんじゃろうが。
そして、さっきから扉をノックしようとしているのじゃが、扉に手が触れる寸前で、思わず手が止まる。いっその事扉に体当たりでもかますか? それの方がまだ出来そうじゃ。
じゃが、今日は少し考えがある。冷静にアキヒトの先手を打つ必要があるのじゃ。体当たりなどしてられん。
よし! 3つ数えたら扉を叩こう!
い~ち、に~い、さ~ん…………。
よ~ん、ご~お、ろ~く、ひ~ち、は~ち、きゅ~、じゅ~う。
コンコン。と、私は意を決し扉をノックした。
「はい? 神様?」
ちっ! アキヒトも今夜は私の番と認識しとるのか。待ち構えられたと思うと余計恥ずかしいではないか。じゃが、ここまで来て今更引き返せん。
「そうじゃ」
と平静を装って扉を開けて部屋の中に入る。
「神様、来てくれて嬉しい――」
「アキヒト。こう言う事はあまり急いで過激な事はせん方が良かろう。お前は少し色々し過ぎじゃ。あまり急いで色々すると飽きるのも早いと言うぞ。もう少し落ち着け」
設定が発動し、にっちもさっちも行かなくなる前に、アキヒトの言葉を遮って、用意してあった台詞を一気にまくし立てた。
いきなりの私の長台詞にキョトンとしたアキヒトじゃったが、すぐに我に返ると、私に近づき、微笑みかけてきた。
「そっか。そうだよね。ごめんね。僕、神様に無理させてたのかな。今度から神様の言う事もちゃんと聞かないとね」
おお、分かってくれたか。思ったより上手く行ったぞ。遂に設定に打ち勝った!
じゃが、内心勝利の雄叫びを上げる私に、アキヒトは思いがけない事を言ってきた。
「それで、神様って今まででどんなのが一番良かったの?」
今までで一番良かったの? なっ何を言っとるのじゃこいつは!
「馬鹿者! そっそんな恥ずかしい事、言える訳ないじゃろ!」
瞬時に「恥じらい」設定が、レッドゾーンに飛び込み、瞬く間に体中が羞恥で赤く染まる。
しかし、アキヒトは私のそれに気付いていないのかさらに言葉を続けた。
「だって、2人でするんだから、神様にも、どうすればいいかちゃんと聞かないと」
「それは……そうかもしれんが、じゃからと言って……」
アキヒトの顔を見ていられなくなった私は、思わず顔を背けたがアキヒトの追及は止まらない。逸らした私の顔をアキヒトは覗き込む様にして見つめてくる。
「僕は神様に喜んで欲しいんだ。神様は今まででどんな事をしたのが良かったの?」
じゃっじゃから、そんな事を言わせるな……。恥ずかし過ぎるじゃろ。私は必死で口を噤もうとするが……「設定」が発動する。
「ぜ……前々回の時の……私がアキヒトに――」
ぐぬぬ……。昨夜、アキヒトに根掘り葉掘り聞かれた私は、恥ずかしい言葉を言わされ続けた。そして朝となり、我に返って昨日の台詞を思い出し、のた打ち回った。
ちっ! ナチュラルに言葉攻めなんぞしおって。黒の○太め! アキヒトだって昨日の私の言葉は覚えているはずじゃ。私を見るたびに、その言葉を思い出すのじゃろうか? そう思うと改めて顔が赤くなる。
なぜじゃ? なぜか、下手に抵抗しようとすればするほど、泥沼にはまっていく気がする。お払いとかして貰った方が良いんじゃろうか? 自分神様じゃけど。
私が、う~ん。と考えていると、扉がノックされた。
「アキヒト、神様、もう起きてるの?」
エメルダの声じゃな。ずいぶん早いがどうしたんじゃろう?
「私は起きておるが、アキヒトはまだ寝ているぞ」
「そう。もう少しだけなら寝てて構わないけど、あと少しで出発するわよ」
エメルダの言葉に反射的に窓に目をやると、まだ夜が開け日が出てすぐくらいに見える。
「なんじゃ? ずいぶんと早い出発じゃの」
「なに言ってるの! 本当は昨日の内に出発したかったのに、神様が駄々をこねるからじゃない!」
うっ。それを言われると弱いが、しかし、私以外の2人の時は宿で、私の時は外でなど納得出来る訳があるまい。
私が言い返そうと口を開きかけると、エメルダの怒声にアキヒトが起き出した。おいおい。もう少し寝ていても良かったんじゃないのか? 起こしてどうする。
「もう朝なの?」
アキヒトが身体を起こすと、毛布がはだけ裸の上半身があらわになる。我ながら昨夜さんざんと思いながらも、「恥じらい」設定が発動して、思わず顔を背けた。そして背中越しにアキヒトの問いに答える。
「まだ夜が明けたところじゃが、エメルダがもうすぐ出発するんじゃと」
すると部屋の外のエメルダもアキヒトが起き出したのを察したのか声をかけてきた。
「あ。もう起きたのね。じゃあ、早く準備してちょうだい」
おいおい。寝ていて良かったんじゃなかったのか? ずいぶん急いでるの~。
「え? もう出発なの? まだ夜明けみたいなのに」
アキヒトは、私と同じく、エメルダの言葉に窓を見ながら言った。
「そう見たいじゃの。私が良いと言うまで、被っておれ」
と、アキヒトの頭から毛布を被せて、服を着る。その後、アキヒトにも服を着させて部屋をでた。
するとすでにフランティーヌも起きていて、眠そうな目をこすっておる。まぁなにやら急いでおるエメルダと同室じゃったんじゃから、朝早くにたたき起こされたんじゃろう。そして私達が来た事に気付いて、こちらに顔を向けた。
「アキヒト、おはよう御座います。神……様も」
「おはよう。フランティーヌ」
「あ、ああ、おはよう」
屈託なく挨拶するアキヒトにくらべ、思わずどもりながら挨拶してしまったが、まさかフランティーヌが挨拶してくるとは思っていなかったのじゃ。
フランティーヌは私をライバル視しておるはずじゃが、何か心境の変化でもあったのかの。
それはともかく私達は、その後すぐ馬車に乗り込み町を出発した。しかも朝食は
「馬車の中でこれを食べて」
と手渡してきたパンになにやら挟んだ物だった。
「本当に急いでるんじゃの~」
と馬車の中で朝食を食べながら言うと、しばらく口の中に入った物を咀嚼していたフランティーヌがそれを飲み込んだ後口を開いた。
「食べながら喋るなんてお行儀が悪いですよ。今までどんな躾をされてきたんですか」
「躾? そんなもん受けた覚えは無い。何せ神様じゃからな」
フランティーヌは、ため息をついてパンに噛り付いた。それって行儀良いのか?
「そういえば、神様ってお父さんもお母さんも居ないんだよね。どうやって生まれたの?」
どうやって? そういえば、気付いたら居たな~。自分どうやって生まれたんじゃろう? 私を創造した者がこの宇宙のどこかに居るんじゃろうか? しかしこの宇宙を作ったのは私じゃ。なにやらタマゴが先かニワトリが先かみたいな話じゃの。しかし、分からんと答えるのも癪じゃの。
「それには、とても重大な秘密があるのじゃ。多くは語れんがの」
ふむ。我ながらいい返答じゃ。アキヒトは、
「そうなんだ? 知りたいな~」
と言っておるが、絶対に喋らん。って言うか、答えなど私も知らん。
ん? そうじゃ、アキヒトへの新しい報復の方法を思いついたぞ。食事にマスタードやビネガーを投入するだけでは、すぐにネタが尽きるからの。アキヒトにデタラメを吹き込んじゃろう。
「そこまで、言うなら少しだけ喋ってやろう。実はこの宇宙には暗黒エネルギーが充満しておってな――」
その後も馬車は走り続け、私が星々から集めた戦士と共に、暗黒魔神と戦うとこで馬車は止まった。じゃが、続きを聞きたがるアキヒトを残し、馬車を降りて辺りを見回すと、特に何も無い街道が走る森の中じゃった。
「こんなところで止まってどうしたのじゃ? 昼飯にはまだ時間があろう」
すると、エメルダは腰に手をあて私を睨んだ。
「神様がお菓子ばっかり買って、調理しなくていい食べ物買わなかったからでしょ! 私はこれから料理しないといけないの! 料理には時間がかかるのよ!」
うっ! そうなのか。それはすまん事をしたかの?
「そっそうか。それはすまんかったの……。じゃあ、邪魔せんように大人しくしておるな」
私はそう言うと改めて馬車に乗ろうとしたが、エメルダに後ろから襟首を掴まれ引き戻された。
「え? なに? 自分は働かないで良いと思ってるの? 途中馬車から西の方に小川があるのが見えたから、水を汲んできてちょうだい。分かったわね」
うう。神様使いの荒い奴じゃ。じゃが逆らうと怖いので言うとおり、桶を持ってその小川へと向かう。すると後ろでまたエメルダの声が聞こえる。
「あ、アキヒト、神様について行ってあげて、また何かあると大変だから」
「うん。分かった」
と、後ろからアキヒトが追いかけてきた。そして私に追いつくと、
「これ持つね」
と桶を取り上げた。
おお、気が利くではないか。そう思いながら並んで歩いておったが、ふと気付いた。じゃったらアキヒトが1人で水を汲みに行けば良いのではないか? とは言うものの結構な道のりを歩いてきてしまったな……。まぁいいか。
「そういえば、次はどの町を目指しているの?」
「エメルダは、良い依頼がありそうな町を選んで旅すると言っておった。何せギルドの受付をやっておった女じゃからの。そこらへんには詳しいんじゃろう」
「そっか~」
と言いながら、アキヒトは何やら近寄って来おる。なんじゃろう? と思っていると、突然手を握られた。サルか! まさかこんな所で!
「おっお前、何を考えておるんじゃ。いい加減にしておけ」
狼狽する私に、アキヒトは慌てて言った。
「違うよ! え~と。ちょっと神様と手をつなぎたいと思って」
「手? それだけか?」
「うん。そうだよ」
う~ん。手をか。まぁこんな所でさかられるよりはマシか。
「じゃあ、絶対に手をつなぐだけじゃからな」
「うん。勿論だよ」
アキヒトは嬉しそうにそう言ったが、手をつないで何が嬉しいんじゃろう。
その後小川に到着し水を汲んだ私達は、馬車の元へと戻る。
「桶は両手で持った方が楽なのではないか?」
水を汲んで重くなった桶を片手で持ち、空いた手で私の手を握るアキヒトにそう声をかけると、
「ううん。良いんだ」
とアキヒトは微笑みながら言った。本当に、何が嬉しいんじゃろう?
だがまあ、こういうのもたまにはいいかも知れんな。