第21話:嘘つきな女
私はよく嘘をつく。
「その方は今、オリガという町に滞在しているそうです。ですが……あまり一つのところに長期滞在する方では無いので、今から向かってもいらっしゃるかどうか……」
ギルドの受付である人の行方を訪ねた私への回答は予想した通りのものだった。やっぱり捕まえるのはそう簡単にはいかないみたいね……。
でもあの人だって翼があって飛んでいる訳じゃないし、人知れず隠れて移動している訳でもない。むしろその名を追いかけるのは簡単。足取りを聞きながら追いかければいつかは追いつくはず……。
「ありがとう。助かったわ。それはそうとして、このギルドでは並みの者では倒せそうに無い魔物の討伐依頼の仕事は扱っていないかしら?」
「エメルダ。どうだった?」
ギルドの建物から出た私に、外で待っていたアキヒトが声を掛けてきた。私は微笑みつつも肩を竦ませる。
「残念だけど、この町では名前を売れそうな依頼は無いみたい」
「そっか……。中々簡単にはいかないみたいだね」
アキヒトは残念そうだ。前回の事でみんなに迷惑を掛けたこともあって、その挽回の為にも活躍したいみたいね。
「仕方が無いわよ。勿論世界には強い魔物は沢山居るんだけど、近場に沢山居ては世界が滅んじゃうわ。この前のフェンリルはたまたまよ」
「そう言えば、フェンリルも一匹で万の軍勢を倒したって言うけど、そのフェンリルを倒せる人っているの?」
「ふふっ」
アキヒトの言葉に私は思わず笑った。とてもじゃないけど、そのフェンリルを10分の1の力で倒した少年の言葉とは思えない。
「そうね。確かにフェンリルは強いけど、過去に倒されたという記録はあるわ。勿論、アキヒトと戦ったフェンリルとは別のだけど、かなり大変だったみたい」
「そうなんだ?」
「ええ、数千の兵士が盾となって犠牲になり、その間に数百人の魔法使いが詠唱して一斉に魔法を放って、そのフェンリルの足を狙い打ったらしいの。フェンリルの牙は凶悪だけど、最大の武器はその巨体に似合わない素早さだから。その後動きが鈍くなったフェンリルにみんなで止めを刺そうとしたんだけど、フェンリルの抵抗にあって、そこでもかなり犠牲者を出してやっと倒したみたい」
私の説明にアキヒトは、
「へ~~」
と関心した様子で頷いている。
「それよりも、早く神様達と合流しましょう。時間が勿体無いから別行動したけど、やっぱりあの2人じゃ心配だわ。フランティーヌは世間知らずだし、神様はしっかりしている様で、常識がないから危なっかしいし」
「うん。そうだね」
と、私の言葉にアキヒトは頷いた。
もっとも今人事のように頷いているアキヒトも相当の世間知らずなんだけどね。
2人は洋装店に行っているはずなので私達もそこに向かう。するとちょうどお会計をしているらしきところに出くわした。
「ちゃんと服は選んだの?」
するとすでに会計はすんでいるらしい神様が手にした袋を振った。
「ああ、今着ているのと同じ様な物を選んだから問題ないじゃろう」
「そうなの? せっかくだから違う服にすれば良かったのに」
「そうは言っても、どんな服が良いか分からんからな。同じ様な服なら無難と思ったのじゃ」
う~ん。やっぱり、一緒に選んであげた方が良かったかしら。そこに会計を済ましたフランティーヌがやって来た。
「ちゃんと私が言ったとおりにした?」
するとフランティーヌは紙袋を掲げてみせる。
「はい。おっしゃる通り、白いドレスでは無いものを選びました」
私はその言葉に、うんうん、と頷いた。あんまり心配すること無かったみたいね。
じゃあ、次は馬車を買い換える予定だったのだけど……。と、私は、顔に深いシワが刻まれた初老の女店員に尋ねた。
「この町で、馬車を扱っているお店ってあります?」
「馬車? そうね。町外れに馬車を作っている工房があるはずだわ」
「そう。ありがとう」
と私は店員にお礼を言って、背を向けた。
でも、どうしようかしら? 町外れまで全員で行く必要はなさそうだし、私とアキヒトだけで行って、2人には馬車に積み込む食料でも買い出して貰おうかしら。神様は好き嫌い多そうだから、神様の味覚に合わせるしかないし、意外とこの2人でも大丈夫そうだし。
アキヒトにも行って貰えばさらに安全かも知れないけど、町外れまで行くのは女の私1人じゃ物騒だわ。それに帰りには私が飲むお酒も買いたいから、荷物持ちも必要だし。
自分の飲むお酒の為にって思われるかも知れないけど、実際お酒が無いと寝れないのだから仕方が無いわよね。
「私とアキヒトは、馬車を見に行くから、あなた達は馬車に積み込む食料を買っておいてちょうだい」
しかし私の言葉に2人は不満そうに声を上げた。
「馬車に積み込むとなれば、大変な量になるじゃろう。そんな物2人で運べる訳が無いではないか」
「そうです。それに私にどんな物が良いかなど分かろうはずもありません」
「大丈夫よ。沢山買うんだから、自分で運ばなくても、お店の人に宿まで運んでって言えば、運んで貰えるわよ。それに神様、子供舌でしょ?」
「子供舌って言うな!」
神様は不満そうに言うけど、実際その所為で神様の好みに合わせないといけないんだから。私は思わず憮然とした表情を向けた。
「いい? 神様が食べられない物があるから、他の人はそれに合わせないといけないのよ。文句は言わないで。ちゃんとお店の人に言って、味見させて貰ってから買うのよ?」
「くっ! 子供扱いしおって。私を何歳とおもっとるんじゃ」
そうは言っても、やっぱり自分に好き嫌いがあるのは分かっているみたい。ぶつぶつと文句を呟きながらも、押し黙ったので、今度はフランティーヌに顔を向けた。
「あなたは神様が変な物を買わないかちゃんと見ててね」
「はい。分かりました。お任せ下さい」
神様はフランティーヌがお目付け役なのが気に食わない様子だったけど、いつまでも構ってられないとその場を後にする。
「馬車ってやっぱり、今と同じ2頭立ての馬車なの?」
工房へと進む道すがら、そう問いかけてきたアキヒトに視線を向けて答える。
「ええ。私にはそれが限界ね。4頭立ての馬車は私には無理よ。馬4頭を同時に走らせたり止めたりなんて、その技術を持っている人じゃないと難しいわ」
そして工房に着いたのだけど
「馬車を買いたい」
と言う私達の言葉に、その工房の痩せた中年の主人は首を振った。
「今すぐに売ってやれる馬車は無いね。みんな買い手がついている物ばかりだ。10日ほど待って貰えれば、用意は出来るがね」
10日……。お金はあるんだからその間宿に泊まって待てなくはないけど、そうしたらあの人は遠ざかってしまう……。
「お金は倍出しますから、今有る物をすぐに売って頂く事は出来ませんか?」
だけど私の申し出に、痩せた男は眼光を鋭くした。何か怒らせるような事を言ったかしら?
「良いかい、お嬢ちゃん。こっちだって信用商売なんだ。信用を失っちゃやっていけねぇ。倍出して貰えるからって、先客を無視してほいほい売る訳にはいかねぇんだよ」
お嬢ちゃん呼ばわりされた事は不快だったけど、この男の言う事はもっとも。どうやら焦った挙句に、馬鹿な事を言ってしまった見たいね。
「ごめんなさいね」
と男に頭を下げて工房を後にした。
「馬車が買えなくて残念だったね」
「そうね。でも、今の馬車で問題が有る訳でもないし、馬車は買える時で良いわよ。それよりもお酒を買いたいから持つのを手伝ってね」
「あ、そう言えばエメルダってお酒を飲むんだったね」
私の言葉にアキヒトは思い出した様に言った。私がお酒を飲むのは男が居ない時だけ。だから、アキヒトは私がお酒を飲む所を見た事が無い。
「ええ。アキヒトが居ない時はね」
「そうみたいだね。でも、どうして僕が居る時は飲まないの?」
私はアキヒトの言葉に、媚を含ませた笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込んだ。
「だって、お酒を飲むよりもっと楽しい事をしているんだから、飲む必要ないでしょ?」
「え? あ、うん……」
毎日女をとっかえひっかえしているこの少年は、私の言葉に顔を赤くし、あらぬ方を見て頷いた。やっている事に比べて、ずいぶんうぶな反応だけど、私はこの反応は嫌いじゃない。
顔を赤くする少年の耳元の顔を近づけ、彼の耳に微かに唇を触れさせながら囁く。
「今晩は私の番よ。楽しみましょう」
アキヒトはその囁きに、ますます顔を赤くした。
その後、お酒の瓶を詰めた箱を抱え、はあはあと息を荒くするアキヒトと共に宿に帰った。
果たして、部屋の扉を開け、目の前に広がったその光景に私は眩暈がした。
まず、買ってきた服を広げているフランティーヌに声を掛ける。
「それが私が言ったとおりの服なのかしら?」
「はい。やはり外で白いドレスでは汚れが目立つので、青いドレスにしてみました」
色の問題じゃなく、ドレスが駄目って、もっとちゃん言っておくべきだったかしら……。確かに私もドレスと言われて違和感の無い物を着ているけど、フランティーヌが手にしているドレスは、まさに宮廷で王女が着る様な裾が大きく広がった形状の物。こんな物、町の出来合いの服屋においてあったのがむしろ不思議だわ。
でも、移動は馬車でだから今までも何とかなったし、今更仕方ないわね。と、溜息を付いて諦める事にした。そして今度は神様に目を向ける。
「食料を買ってきてって頼んだのに、どうして、お菓子ばかり買っているのかしら?」
その言葉にお目付け役だったフランティーヌが、神様より先に口を開いた。
「やはり駄目だったでは無いですか。私はきっと怒られるって申し上げたはずですからね」
「何を言う。これならばみんな食べられるから問題ないではないか」
ふ~~。アキヒトの事が無ければ、この子が神様だなんて、絶対に信じないところね。デルブランド王やフェンリルとの交渉の時の事を考えれば、頭は良いみたいだけど、日常生活の常識はかなり欠けているみたい。
「いい? 神様。今度からお菓子は300ブロンズまでにしてちょうだい。それ以上は認めません」
「そんな横暴じゃ。それでは、直ぐに無くなってしまうではないか! 馬車での移動が何日になるかも分からんのに」
「反論は認めません!」
私はビシッと言った。神様は「お前はジャ○ヤンか」と、意味は分からないけど、なぜか侮辱されている事は良く分かる言葉をぶつぶつ言っているけれど、あえて聞こえないふりをする。
「他に食べる物は買ってないの? まさか本当にお菓子だけしか買ってないんじゃないでしょうね?」
するとぶつぶつ言い続けている神様に代わって、フランティーヌが控えめに言った。
「一応、買ってはいます。それです」
と指差す先を見ると、確かにお菓子ではない食料が置いてある。でも、それは生の野菜や乾物など暖めるだけでは食べられない、調理が必要な食材だった。
仕方が無いわね。料理は得意じゃないから最近ではずっとしていなかったんだけど、取りあえずしばらくは私が料理するしかないみたいね……。
その後、夜も更けアキヒトの部屋へと向かう。
彼はハーレムの主。
強い人が好きだから。それが私がそのハーレムの一員になっている理由。でも、本当の理由は別にある。
私はあの人を追わなくてはならない。でも諦めていた。私に追えるはずが無い。そう思っていた。
でもこの少年が。アキヒトが目の前に現れた。自らを神様と称する少女と共に。まさに神様からの贈り物。彼の力を借りれば……。その為にも私はこのハーレムを維持する必要がある。
「アキヒト。入るわよ」
ノックした後、私は返事を待たずに扉を開けた。
部屋に入るとベッドの縁に座っていたアキヒトは、すっと立ち上がった。
「エメルダ……」
私より僅かばかり背の高い少年は、そう言って私を抱き寄せた。いつも私にリードを任せる彼の積極的な行動を少し意外に思った。
「どうしたの今日は? いつもより積極的ね」
「うん」
行動ほど積極的には動かない彼の口は、それだけ言うと、これ以上私に問いただされても返答に困ると思ったのか、唇で私の口を塞いだ。
私はそれに応える様に、少年の背に手を回し、さらにその手を這わせた。アキヒトは神様によって別の世界の日本というところから来たらしい。その所為か顔の作りや肌の色もこっちの世界の男とは少し違う。肌もずっと滑らかで毛深くなくて、嫌いじゃない。少年の身体の隅々まで手と……舌を這わせた。
相手の身体に舌を這わせる……。私はアキヒトと会うまで、そんな事をした事は無かった。多分私だけじゃなくて、この世界の人間は誰も。でも、アキヒトの居た世界では普通の事らしい。
アキヒトと神様の行為を見た時、平静を装っていたけど、本当は目を疑い、驚いていた。順番を決めた時、神様は私の方が凄いはずって言ってたけど、とんでもない。
でも、いつも受身なアキヒトが積極的に私の身体を責めてくる。そして私もそれに応じる様に……。でも、やってみると私の性にはあっているみたい。今までに無い相手の反応。そして……相手の味が分かるから。あの人はどんな味がするのだろう……。そう思うと胸が高鳴る
行為の後、仰向けに寝る彼の胸に手を這わせながら、はじめに感じた疑問を改めて聞いてみた。
「今日は積極的だったけど、どうしたの?」
「僕……。今更だけど、ちゃんとハーレムを作ろうかと思って」
確かに今更ね。でも今までは「僕の彼女は神様なのに、他の女の人として良いのかな?」って、ずっと受身だったのに、どういう心境の変化かしら。
「なにかあったの?」
相変わらず少年の身体に指を這わせながら問いかけると、アキヒトは身体は仰向けのまま首を曲げ視線を向けてきた。
「この前、神様の事を見れなくなった時に神様が言ったんだ。僕の望みでこんな姿になったのに、それを姿も見たくないなんて酷いって」
そう……。あの子、そんな事を言ったのね。でも、それだと、それこそ神様を大事にしたいからって、他の女の人と関係を持つのを躊躇しそうなものだと思うんだけど。
「それで、どうしてハーレムをちゃんとしようと思ったの?」
「僕は神様には責任があるよ。でもそれを……責任をって考えたら神様だけじゃないって思ったんだ。ハーレムを作るからって、エメルダに来て貰ったし、フランティーヌだって……。フランティーヌは、もうどこにも行けないんだよね? だったら僕はちゃんとしないと。今更神様だけって……。そんな事言えないよ」
「そうね……」
私はそう言いながら、少年の胸の辺りを指で円を書く様に滑らせた。アキヒトはくすぐったそうに少し身じろぎする。
「それに……神様の事は好きだけど、みんなの事だって好きだよ」
みんな好き。都合の良い言葉かも知れないけど、でも好きにも色々ある。一番好き、二番目に好き。友人として好き。家族の様に好き。
私はあの人を追わなければならない。でも、そういう意味で言えば、私もこの少年の事は好き。だから……。
「私もアキヒトの事は好きよ」
私はよく嘘をつく。でも、この言葉は嘘じゃない。