第15話:ハーレム大臣の暗躍
カスタニエ王国王女フランティーヌを加えた私達は、数日馬車を走らせ旅を続けていた。途中立ち寄れそうな町や村もあったが、エメルダがフランティーヌが落ち着くまで、馬車で移動を続けた方が良いと提案したのじゃ。
「もし人通りが多い場所で、取り乱してカスタニエ王国の王女だなんて名乗られても面倒だし」
「しかし、今更じゃが、あんな奴ハーレムの一員に入れられんじゃろう。とても我々とずっと一緒に旅を続けられるとは思えんぞ」
王女だったフランティーヌは、当初食事を器によそう事すら自分ではしようとしなかった。そして私と衝突していた。
「王女たるわらわに、自分で食事を用意しろというのですか!」
「神様が自分でよそっとるんじゃ。王女だからって関係あるか!」
万事この調子で、私とフランティーヌとの関係は日に日に悪化していたのじゃ。
「それはしばらくは我慢するしかないわね。とにかく連れてきてしまった以上、放り出す訳にはいかないわ。今まで王女として暮らしてきて、その王女としての身分を失っては一人じゃ生きていけない。どこかの町に置いてけぼりにしたら、すぐに騙されるか、さらわれるかして売り飛ばされるでしょうね」
「それはそうかもしれんが……」
「まぁ。とにかく私に任せてちょうだい。他の男に騙される前に、私が騙して見せるから。世間知らずの小娘を騙すくらい簡単なものよ」
エメルダはそう言ってにやっと笑った。怖い奴じゃな。
「しかしお前、以前は王族に対して結構恐れ入ってなかったか? もう王女じゃなくなったから平気なのか?」
「あんなドタバタを見せられたら、王族に対しての敬意なんてどっかに行っちゃったわよ」
「まぁそれもそうじゃろうな」
こうして、フランティーヌをハーレムの一員に加える事には決定したが、いっこうにその話は進まないまま旅を続けている状態じゃった。
そしてそのハーレムというか、アキヒトの相手をするのにエメルダは、勝手にローテーションを組みやがったのじゃ。
アキヒトは、私が夜1人で居ると私に迫ってくる。私のところに来る前にエメルダがアキヒトのところに行き、彼女の方から誘うとエメルダを抱く。そして私がエメルダと一緒に居ると大人しくしている。まさにサルにも劣るワンパターンな行動を取る。
エメルダはそのサルの習性を利用して、姿を消したり現したりして計画的に、エメルダ、私、休み、という順番を作り上げていた。
そして今夜は私の番だった。いや、私の番と認めている訳ではないが、エメルダが姿を隠してしまい、だからと言ってフランティーヌと一緒に居るのも躊躇われる。エメルダを探しに森をさまよえば余計1人きりになってしまう。
もはや避け切れないと、ほとんど諦めの境地でアキヒトを迎えてしまっていたのじゃ。じゃがそれはそうとして、アキヒトに抗議の声をあげた。
「さすがに毎回新しい事に挑戦しなくても良いのではないか?」
「でも、色々した方がきっと楽しいよ」
くそ。毎日ネットやなんかで新鮮な情報やゲームや音楽を得る事になれている所為か、無駄に好奇心旺盛になりおって。昼間は大人しいくせに、この黒の○太が。
「しかしだな……。さすがにこれは駄目な方向に向かってないか?」
「大丈夫だよ。ネットで見たらみんなやっているみたいだったし」
「そっそうか?」
あ、いかん。設定が発動し押し切られそうじゃ。やはり抵抗は無理か。
「うん。大丈夫だよ。痛いふうにはしないから。でも、痛かったらすぐに言ってね」
「う~ん。……絶対じゃぞ」
結局「最終的には何でも受け入れる」設定が発動し、抵抗を諦めた。いや……「M気質」設定の方か……。と脳裏で微かに思いながら、両手を揃えおずおずとアキヒトの前に差し出した。
朝になり、寝ているアキヒトの横から這い出し小川で顔を洗った私は、設定の呪縛からも開放され、昨夜の自分の所業に自己嫌悪に陥っていた。
駄目じゃ! さすがに昨夜のはしゃれにならん! 神様なのに順調に堕ちていっている気がする。このまま堕ち続けると、下手をすると神としての力を取り戻した後にも影響しそうじゃ。神様というより魔神とか邪神とかになりかねん。そうなると、私が創造した全宇宙にも無関係ではあるまい。
今までは、神様として人間に良い様にされてはと考えておったが、全宇宙の為にもどうにかしなくては。そもそも私がアキヒトの元から去れば解決するのじゃが、それは「アキヒトの彼女」設定がある為不可能じゃ。
やはり、もっとハーレム要員を増やして私の身を守るしかあるまい。よし、全宇宙の平和の為、ハーレム作りに勤しもう。
そうなると取り敢えずはフランティーヌじゃな。エメルダは騙すとか言ってたがいっこうにその気配が無い。ちょっと聞いてみよう。
私がエメルダを探すと、昨夜は私とアキヒトを2人きりにするため身を隠していたくせに、ちゃっかりと馬車の傍にいた。そして朝食の用意をしている。もっともエメルダは料理が下手らしく、ダンジェが馬車に用意していた調理不要で暖めるだけの簡易料理に火を入れるだけなのじゃが。
「エメルダ。フランティーヌの事はどうなっておるのじゃ? 騙すとか言っておったが」
エメルダは火にかけたなべをかき回しながら、こっちを見ずに答える。神様相手に失礼な奴じゃ。
「あんまり大きな声で騙すとか言わないで。本人に聞かれたら大変よ」
「あ。そうかすまん」
そう言いながらさらにエメルダに近づき、並んでなべの前に座った。するとエメルダが小声で話しかけてきた。
「でも、そろそろ頃合かもね」
「頃合?」
「ええ。フランティーヌも結構落ち着いてきたし、私達とアキヒトの関係ももう理解しているでしょう」
「私達とアキヒトの関係って?」
「もちろん、毎晩変わりばんこにアキヒトに抱かれている関係」
うっ。実際そうなのじゃが、面と向かって言われると「恥じらい」設定が働いて恥ずかしいな。思わず私の顔が赤くなる。
「じゃあ、朝食の時に仕掛けるから、神様は黙ってみておいて。口を出しちゃ駄目よ」
「仕掛ける?」
「ええ」
エメルダはそう言うと不敵に笑った。悪い顔じゃな。悪人の顔じゃ。
そして朝食となり、みなでなべを囲う様に座って自分で器によそって食べている。フランティーヌも不貞腐れながらも自分でよそって、そして無言で咀嚼していた。そこにエメルダが口を開いた。
「いつまでもお客様扱いする訳には行かないから、明日からは、フランティーヌが朝食の用意をしてちょうだい」
その声にフランティーヌが目を見開いて驚き顔を上げた。エメルダのいう事ももっともじゃが、フランティーヌにしてみれば思いもよらぬ言葉か。ちなみに私も食事の用意はしてないが、それはまぁ私は神様だし。
「わらわを誰だと思っておるのです。カスタニエ王国第一王女なのですよ!」
しかしその言葉をエメルダはせせら笑った。
「その人って死んだらしいじゃない。そんな人もうこの世に居ないのよ。あなたは王女じゃなくてただのフランティーヌなの。いい加減現実を見たら?」
「な……。ぶっ無礼でしょう! わらわに向かって……」
「そのわらわ様が何様なのって言っているのよ。あなたに何が出来るって言うの? 料理? 洗濯? それとも馬車を走らせられる?」
「わらわにそんな事出来るはずが……」
「王侯貴族でもなくて、いい年の娘がそんな事も出来ないって、世間では役立たずって言うのよ? 分かってるの?」
「でっですが、わらわは今までそんな事、した事が……」
「今までは今まで! 役立たずなら役立たずらしく、偉そうにしないでちょうだい!」
エメルダの容赦の無い言葉に、遂にフランティーヌは口を開く事すら出来ず、顔色も真っ青となり目に涙を浮かべ始めた。しかしエメルダの追求は終わらない様で、さらに追い込もうと口を開きかける。しかしその時――。
「酷いじゃないかエメルダ! フランティーヌだって好きでお姫様で無くなった訳じゃないじゃないか! フランティーヌは全然悪くないんだ! それをそんなふうに言うなんて!」
アキヒトはそう言うとフランティーヌを庇う様に、エメルダとの間に立ち塞がった。そして今だ座ったままのエメルダを普段の優しい目からは想像出来ない鋭い視線で射抜いた。
「ふんっ。馬鹿馬鹿しい」
エメルダはそう言って立ち上がると、アキヒトから背を向け歩き出し、私に
「神様。行きましょう」
と声を掛けた。
私も立ち上がって慌ててエメルダを追いかける。そして追いついてから振り返ってみると、顔を覆って泣くフランティーヌの肩を抱いてなだめるアキヒトの姿が目に映った。
「まぁこれで多少はフランティーヌもアキヒトに好意を持つでしょう。ずっと町にも村にも寄らずに私達しか居ない世界での、唯一の味方なんだから」
2人から十分離れてから、エメルダはそう話しかけてきた。怖い女じゃ。
「しかし、作為的過ぎないか? さすがに私もちょっと引くぞ」
「まぁね。でも、騙すと言ったけど、私はあくまで状況を作っただけ。アキヒトと打ち合わせた訳じゃないわ。あそこでアキヒトが自分の意思でフランティーヌを庇わなかったら、どうしようもなかった。でもアキヒトは庇った。それでフランティーヌがアキヒトを好きになるのなら、それは嘘じゃないわ」
「そういうもんかの。そういえば、私達とアキヒトの関係を理解させるって言うのはなんじゃったんじゃ?」
するとエメルダは肩をすくめて苦笑した。
「好きになった男が女をとっかえひっかえしていると知ったらどう思う?」
「う~~ん。幻滅するかの」
「じゃあ、女をとっかえひっかえしている男を好きになったら?」
「分かった上でって事か?」
「そう。知ってたら平気って訳じゃないけど、後から知るより全然マシ。順番は大事よ。神様」
「なるほどの」
私が、ふむふむ、と頷いていると、エメルダが思いだした様に私の肩を叩いた。
「そう言えば、アキヒトには忘れないでフォローしておいてよ」
「フォローって?」
と意味が分からず首を傾げた。
「私がフランティーヌに酷い事を言ったのは、フランティーヌの気持ちをアキヒトに向ける為だったって、後でアキヒトに言っておいてって、言っているの」
「そんな事、自分で言えば良いじゃろう」
だが私の言葉にエメルダは大きく溜息を付いた。
「自分で言っちゃ、ただの言い訳と思われるでしょ。神様から言って貰う必要があるのよ」
「なるほどの~」
しかしこの女。人生経験豊富なのか、こういう事に関しては巧みのようじゃの。私には人間関係の機微など分からんし、頼もしい限りじゃ。
「よし。お前をハーレム大臣に任じよう。ハーレムの管理は任せた」
「全然嬉しくない役職ね」
せっかく任命してやってのに、エメルダは不満そうじゃ。私に向かって呆れたような目を向けてきよる。
「しかしお前、ああいう事が得意そうではないか。フランティーヌなど赤子の手を捻るようじゃ」
「あの子にはこうした方が良いの。父親に捨てられてここに居るんだって思うより、アキヒトの事が好きだからここに居るって思う方が、あの子にとってずっと幸せだわ」
そう言ったエメルダは、哀れむ様な、そして悲しむ様な目をしていた。