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第14話:さすがにこれは自業自得ではないと思う

 フェンリルが気を失うと、今まで岩陰に隠れていたダンジェと王女が姿を現した。そして今のうちにと、フェンリルに止めを刺そうとするダンジェを押し止める。


 しばらくすると一命を取り留めたフェンリルが目を覚まし、息も絶え絶えに口を開いた。


「こ……こんな貧弱な子供が……まさかあの様な強力な魔法を放つとは……」


「言っておくが、お前も聞いていた通り、あれでも10分の1の威力じゃ。アキヒトには夢にも勝てぬと認識しろ」


「ぐぅ……」

 私の言葉にフェンリルはくぐもった声を漏らすと押し黙った。認めたくは無いが認めざる得ないといったところじゃろうな。


「そこで提案がある。我らは王女を連れて行くが、お前は王女と今でも一緒に暮らしているなり、王女が病で死んでしまったなりと口裏を合わせて欲しいのじゃ」


「……なに? 口裏を合わせろだと?」


「そうじゃ。お前は命が助かり、ついでに言えばこの様な少年に手も足も出ず負けた事も秘密に出来る。言っておくがこれはお前の為を思っての提案じゃ。お前を殺す事など簡単じゃが、その少年がどうしてもお前を殺すのはしのびないと言うのでな。そうじゃなアキヒト?」


「あ、うっうん。フェンリルは王様と約束してその通りしているだけだし……」


 控えめなアキヒトの言葉に、フェンリルは目を瞑りしばらく考え込んだ。そして再度目を開きアキヒトを見つめて口を開いた。


「分かった……。王女は死んだ事にしよう。王女が生きている事にすれば、万一事情を知らぬものが王女を救出しにくるかも知れんからな。そうすれば王女がここに居ない事が露見する事もありえる。しかし我が、この様な子供に情けをかけられるとは……」


 フェンリルの口ぶりでは、こやつも事情を察したようじゃな。頭の良い狼じゃ。じゃがこの結末にダンジェが意義を唱えてきた。


「アキヒト殿。それに神様……殿。それでは国王陛下との約束と違います。陛下はフェンリルを倒し王女を救出して欲しいと御依頼したはずです」


「それは分かっておるが、本当の目的は、フェンリルとの約束を違える事を周囲に隠し通す事じゃろう。それはかなえられるのじゃ文句は無かろう」


「ですが……」


「ですがも何も無かろう。王女は死んだ事にして王国に戻らなければ、もはやばれる心配は無い。たとえ他国で王女を見知った者が王女を見かけようと、それは他人の空似じゃ」


「それはそうですが……」


 私の言葉にダンジェはそう言うと押し黙った。じゃが、そこに今まで無言で控えていたフランティーヌ王女の震える声が聞こえた。


「そなた達……。さっきから何を申しておるのです? ……わらわを死んだ事にするとか……王国に戻らないとか……。いったい何を……」


 その声にみなの視線が王女に集まる。王女の視線は地面を向いていたが、その目の焦点は定まっていない様に、瞳に光を感じさせなかった。


「姫様。それは……陛下もよくよく考えた上での事なのです」


「ですから! 何をよくよく考えたのか。それを申してみよと言ってるのです!」


 王女は顔を上げ鋭い視線をダンジェに向けた。返答に困ったダンジェは私にすがる様な視線を向けてきた。自分の口からは言い難いので、私に説明をして欲しいらしいな。


「甘えるな。お前の国のお前が使える王が決めた事じゃろう。そしてお前はその任に預かったはずじゃ。お前が説明するのじゃ」


 私が冷ややかな視線を向けて突き放すと、ダンジェはがっくりとうな垂れた。じゃがしばらくすると諦めた様に、そのまま顔を上げずにぼそぼそと、その「よくよく考えた事」を語り始めた。


「先の戦いで我が軍はフェンリルの活躍により勝利致しました。そして戦場にフェンリルがいた事。近隣諸国で知らぬ者はおりません。当然、フェンリルとの契約についてもです。それを違えてしまっては、我が国の信用は失墜します。また……現在我が国はフェンリルと友好関係にあると、諸国から一目置かれてもおります」


 ほう……。他国は、フェンリルをカスタニエ王国の戦力と見ているという事か。そこまでは私も気付かなかったな。


「ですがそれだけにフェンリルとの契約を破ったとなれば、国の信用が失墜する事もあいまって四方から攻め込まれかねません。それに一旦は追い払った前回我が国に攻め寄せたジェグロフ王国もフェンリルが参戦しないならと、再度攻めてくる可能性もあります」


 まぁそういう事もあるかも知れんな。そしてダンジェの説明に王女が悲鳴の様な声を上げる。


「だ……だからわらわに国に帰ってくるなと……。そんな馬鹿な話がありますか! わらわが何をしたと言うのです! 勝手に魔物にやると約束され。こんな所に連れてこられ。そして今度は帰ってくるななど……」


「姫様……。申し訳御座いません……。ですがそうしなければ王国が滅ぶのです……」


 ダンジェはそう言うと、さらにうな垂れそして押し黙った。じゃが王女はそのダンジェに再度問いかける。


「それで……王国に帰れぬわらわはどうすれば良いのです……。どこかでのたれ死ねば良いのですか……」


「そっそれは……。陛下は、姫様の事はアキヒト殿に託されると……」


 託すか……。ものは言いようじゃの。今度は我々に姫を差し出したんじゃろうが。もっとも我々が王女を引き受けねば、王に殺されかねないのじゃがな。


 そして王女もダンジェの欺瞞には騙されなかった。岩肌に持たれかかり、そして力なく崩れ落ち地面に座り込んだ。


「わらわは……また、貢物にされてしまったのですね……。物の様に……。2度も……」


 虚空を見つめ涙すら流さず呆然とする王女にみなの視線が集まる。じゃが、みな掛ける言葉もなく、押し黙っている。


 不意にフェンリルが立ち上がった。

「我にもう用は無かろう……。いなせてもらうぞ」


 フェンリルはそう言うと、アキヒトの光神槍破による傷の痛みにくぐもった声を漏らしながら立ち上がった。そして背を向け、ねぐらである洞窟へと姿を消した。


 そう言えばあやつ、どうして王女なんて欲しがったんじゃ? 今の様子じゃと王女の美貌に心を奪われてとかでもなさそうじゃ。もしかして単なる愛玩動物の積もりかなんかじゃったのかもしれんな。そして自分のした事の結果に居たたまれなくなって逃げたか。


 まぁ魔物の考える事じゃ、本当のところは分からん。単にわずらわしくなっただけなのかもしれん。


 さてと、フェンリルが去ったとなると、後はこっちの問題じゃな。この放心した王女を貰って行かなくてはならん。


 私は地面に座る王女の前に屈みこんだ。


「さぁいつまでこんな所に座っておるのじゃ? さっさと立たんか」


 パンッ! 顔の左側でいきなり乾いた音が鳴った。あれ? と思っている間に、頭がくらっとし、その場に尻餅を付いた。


 目の前を見ると、王女が鋭い目で私を睨んでいる。そしてその右手は身体の左側に真っ直ぐ伸びていた。


 なんじゃ? と思っている間に左頬がひりひりし、次第に熱くなっていく。


 なに? なに? と周囲を見渡すと、アキヒトと目が合い、その瞬間、アキヒトは慌てて近寄ってきて後ろから私の肩を抱いた。エメルダはなぜか王女の後ろに立って、王女の両腕を捕まえている。


「大丈夫、神様!?」


「え? 大丈夫ってなにがじゃ?」


「なにがって……今、打たれたじゃないか」


 打たれた? 今私は打たれたのか? 人間に? 人間が神である私の顔を打ったというのか?


 打たれた衝撃からか、あまりにも予想外の事だったからか、アキヒトの言葉にやっと状況を理解した。


「きさま! 誰に手を上げたと思っておる! 私は神様じゃぞ!」


 じゃが王女は反省するどころか、エメルダに押さえられながらも私に怒鳴り返してくる。


「何が神様ですか! 馬鹿馬鹿しい。それとも、そなたが私の次の「飼い主」で、自分を神と思えとでも言うのですか!? わらわに命令する事など許しません!」


「誰も命令などしてはおらん! こんな所にいつまでも座っていてもしょうが無かろうと言うておるのじゃ!」


 私と王女は、共に相手に跳びかからんばかりの形相でにらみ合ったが、私はアキヒトに、王女はエメルダに抑えられている。そしてこの状況にダンジェといえば、ずっと押し黙り俯いている。もはや王女に対してどういう態度を取ってよいのか分からないらしい。


「殿下。これは命令じゃないわ。お願いよ。私達もずっとここに居る訳には行かないの。取りあえず向こうに馬車があるからそこまで歩いてちょうだい」


 エメルダはそう言うと、王女に言葉がしみこむのをしばらく待った後、王女の両手を掴んでいた手を放した。王女は私から目を逸らしのろのろと立ち上がる。そして俯くダンジェの傍を無言で通り過ぎた。


「アキヒト。もう良い。手を放せ」

 私の肩を押さえていたアキヒトにそう言って放させると、私も立ち上がる。


 左頬からジンジンと痛みを感じる。まったく無礼な奴じゃ。あの様子ではアキヒトのハーレム要員とするのは止めておいた方がよさそうじゃな。あんな奴と一緒に居るなど、私が耐えられんわ。


 先頭をエメルダ、その後ろに王女、私、アキヒトと進み。最後にダンジェがトボトボと着いてくる。みな無言で歩き続け、そしてまもなく繋いであった馬車に到着した。


 馬車の元にみなが集まると、今まで押し黙っていたダンジェが目線を地面に向けたまま口を開いた。


「アキヒト殿達は、このまま王国に戻らず旅をするという事でしたので、報酬と当面の食料はすべて馬車に積んでおります。旅にはこの馬車をお使い下さい。私は王国まで歩いて帰ります」


 そしてそれだけ言うと、居たたまれないのかそのまま背を向けて、歩き去る。王女はそのダンジェの背に、一瞬すがる様な目を向けた。もしかしたら今までの事はすべて嘘で、本当は王国に戻れるのではないか。僅かながらそう希望を持っていたらしい。


 しかしそれも夢と消えると、王女はさっさと馬車に乗り込んだ。そしてあらぬ方向を向きながら、私達に言った。


「さあ、わらわをどことなりと連れてお行きなさい」


 ふ~~。やれやれじゃ。って言うか。左頬がまだ痛い。いつか仕返ししてやる。そう思いながら、私も馬車に乗り込んだ。


 馬車は、エメルダを御者にゆっくりと走りだした。


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