第11話:王様との対決とサルとの戦い。そして……。
王の出現にエメルダが座っていた椅子から立ち上がるとアキヒトも続けて立ち上がった。私は当然座ったままじゃ。どうして神様が王程度の者を立ってで迎えねばならん。王はアキヒトに視線を向け、泰然と名乗る。
「私はカスタニエ王国国王、デルブランドです」
「あ、アキヒトと言います」
「おお、あなたがアキヒト殿。あなたはあの五色のドラゴンを倒す勇者だとか。凶悪なフェンリルから我が娘フランティーヌを救い出し、そして娶っては下さるまいか。娘も稀代の勇者であらせられるアキヒト殿と共に歩むを喜びましょう」
デルブランド王は、一国の王にもかかわらず丁寧な言葉でアキヒトに話しかけ、持ち上げ、娘をどこの馬の骨とも分からぬ奴に押し付けるのを、それが娘のためと巧みに話を持っていく。中々の曲者だな。私が前もってアキヒトに注意しておかなければアキヒトもコロリと騙され……。
「分かりました! 僕やります!」
おい、アキヒト……。素直に騙されすぎだろう。後ろからアキヒトの足を蹴るとアキヒトは振り返って、あ! という顔をした。まったく! 一瞬私の言った事を忘れてしまっていたらしい。
しかしそれはそうと、開口一番「やる」と返事をしてしまったのは失敗じゃな。娘だけを押し付けられても金にならん。娘以外に金も出させる予定だったのに。止むを得ん。ちょっと駆け引きっぽくなるが、無理やり引き出さすか。
「王よ。ちょっと良いか?」
国王に対しての私の言葉遣いにダンジェの手が腰の剣に伸びたが、デルブランド王はそれを手で制した。そして気にしたふうも無くにこやかに私に答える。どうやら立場をよく分かっているようじゃ。
「これはお美しい。我が娘も国一番の美貌と謳われておりますが、その娘すらあなたの前ではかすみましょう。ぜひお名前をお聞かせ願えませんか」
「神様じゃ」
「は?」
「だから名前は、神様じゃ」
「それはそれは……。それでどの様なお話ですかな?」
ふむ。どうやら私の名前についてはスルーする事にしたようじゃな。賢明な奴よ。私も名前の事で一々引っかかられても面倒じゃからな。
「姫を貰うのは良いとして、実は路銀が尽きてな。しばらくこの国に滞在したい。城下に我々が住む為の適当な家を見繕っておいて貰えんか?」
フェンリルから姫を取り返す事が秘密ならば、とてもではないが我々が城下に住むなど了承できないはず。とっとと出て行って欲しいならと路銀を用意するはず。たっぷりとな。
しかし私の思惑ははずれ、
「それはそれは、分かりました。屋敷を用意させましょう。勿論お金の心配は不要です」
と王はにこやかに返答した。
ほう。そう来るか。という事は……。
「アキヒト喜べ。しばらくこの城下に家まで用意してくれて、姫と一緒に住んで良いそうじゃ。ここまで便宜してくれるのじゃ、王を安心させる為にお前の力の片鱗を披露してやろうではないか」
私がアキヒトに視線を向けてそう言うと、アキヒトはキョトンとした表情となり、首を傾げた。
「力の片鱗ってたとえば?」
「そうじゃな。お前の不死身ぶりを見せてやるというのはどうじゃ? もしお前を、後ろから剣でさしたり、寝首をかいて殺そうとしても無駄であるという事を見せてやろうではないか」
そして王に視線を戻す。
「おぬしも見てみたいであろう。何せフェンリルを退治しに行った挙句討伐に失敗しては大変だからの」
「え、ええ。是非」
というものの、王の顔色が少し変わった。城下に住む事を簡単に許可すると思ったら、やはりアキヒトがフェンリルを倒した後は、隙を見て後ろから刺すなり、寝込みを襲うなりしてアキヒトも始末するつもりじゃったか。
今度は騎士ダンジェへと視線を向ける。
「では、おぬしアキヒトを斬って見よ。背中から突き刺しても、首筋を狙っても良いぞ。もしアキヒトを殺せれば、あの女をやろう」
とエメルダを指差した。
「ちょっと、勝手に人をモノ扱いしないでよ」
私の言葉に抗議の声を上げたエメルダに、私は首を傾げた。
「なんじゃおぬし? 強い男が好きなのであろう? アキヒトを倒せる男は自動的に世界最強の男じゃぞ?」
「それでも、自分で選ぶわよ」
とエメルダは腕を組んで私を睨んでいる。うーん。どうやら怒らせたか。しかし強い男が好きならば問題なさそうなのに、分からんものだな。
「そうか。まぁどちらにしろありえん事だから気にするな」
そして改めてダンジェに顔を向けると、さすがにダンジェも戸惑い、王にどういたしますか? と目で問いかけている。王はその視線に小さく頷いた。
「アキヒト」
と呼ぶ私の声にアキヒトがこちらに目を向ける。その瞬間ダンジェは腰の剣を抜き放ち、アキヒトの喉元を狙った。だが絶対防御結界に守られている為、ガッキン! と金属音が鳴りその首筋で剣は止まる。ダンジェの動きにまったく反応出来なかったアキヒトは、その音によってやっと自分の首元に剣がある事に気付く始末だった。エメルダと言えば、口元に手をやり目を見開いて驚いておる。
ほう。かなりの衝撃が手にかかっているはずじゃが、それでも剣を取り落とさぬとは。このダンジェという男中々のものじゃ。と関心していたが、当のダンジェといえば唖然とアキヒトの喉元で止まっている剣先を見つめていた。
「どうした? 隙を突いて切りかかっても無駄と言ったのは、避ける事とでも思っていたのか? じゃがそうではないぞ。ご覧の通りアキヒトには避ける必要が無いのじゃ。勿論寝込みを襲っても同じじゃぞ?」
私の言葉にダンジェは隠し切れぬ動揺の視線を王へと向けた。アキヒトを亡き者に出来ないのなら、姫を連れ城下に住まれてしまう。それではフェンリルとの約束を違えたのが周囲にばれる。そしてそれは国としての信用を失う事になるのだ。
「まぁ我々も本当なら先を急ぎたいところなので、フェンリルを倒し姫を救出すれば、そのままこの国には戻らずに旅を続けたいところなのじゃが、肝心の路銀が無くてな。しばらく厄介になるがよろしく頼む」
そう言いながら、分かってるじゃろ? と王に視線を向けた。王は笑みを湛えた目でそれに答えて白々しくも口を開く。
「おお、そういう事でしたら旅費ぐらいご都合いたしましょう。我が娘を救出して下さるのならそれくらいお安い御用です」
ふむ。これでとりあえず旅費は十分確保できるな。じゃが、もう少し無心しようか。
「それはありがたい。まぁ、姫もたまには里帰りしたかろう。その時はよろしく頼む」
口止め料の上乗せを要求する私の言葉に、王は一瞬目を細めたがすぐに笑みを浮かばせた目に戻る。
「いや、あれはずっと城内で暮らしていた為か、実は昔から遠くに旅をするのを夢見ておりました。旅費は十分用意いたしますので、是非娘の夢をかなえてやって下さい」
まっここまでか。これでかなりの額を引き出せるだろう。もし少なかったらもう一度脅す事になるが、この王ならばそれくらい心得ていよう。無駄な手間をかけるくらいならと、初めから気前よく払うじゃろう。
私と王とのお互い言葉の裏を分かった上での表面上は穏やかな会話を、アキヒトは、ふんふん、と聞いている。多分こいつは何も分かってなくて、表向きの会話を素直に信じているに違いない。
しかしこの男も王としては有能なのじゃろうな。今回のフェンリルに娘を差し出した事も、内外には、国の為に私情を捨て、泣く泣く大事な娘を魔物に捧げた国民思いな賢明な国王。とでも宣伝してそうじゃ。
その後私達はまたも人目を避けて移動し、今晩泊まる部屋へと通された。部屋と言っても廊下から中に入ると、その室内はさらに数部屋に分かれていて寝室も複数ある。調度品や寝具も最高級の物を置いているようじゃ。どうやら他国の貴族や王族を招いた時に使用する部屋らしい。
「へー。凄い部屋だね」
アキヒトは部屋中を見渡し、さらにそこかしこの扉を開きながら言った。
「まぁ事情を知るお前を殺すのは無理と分かったようじゃし、精々機嫌を取るつもりなのじゃろう。王自身は命令するだけで、自分は指一つ動かすわけでもないしな」
「え? 僕を殺す? どうしてそんな話になってるの?」
「お前、本当に気付いてなかったんじゃな……」
アキヒトに呆れた視線を向けていると、そこに不機嫌そうなエメルダの声が掛かった。
「ちょっといい? 神様」
「ん? 構わんがどうした?」
私がそう言ってエメルダへと向き直ると、エメルダは腕を組み声の通り不機嫌そうな表情をしていた。
「さっきのだけど、勝手に人を誰かにやるとか言わないでくれる?」
「あ。あれか。しかしお前は強い男が好きなんじゃろう? だから構わんと思ったのじゃ」
「それでも相手は自分で選ぶわよ。今度から気を付けてね」
そして私から背を向けて廊下に通じる扉へと向かう。ん? 一緒の部屋に居たくないほど怒っているのか?
「エメルダ待て。そんなに怒る事は無かろう。今度から気をつける」
だが意外にも私の声に振り返ったエメルダは笑顔だった。
「いいえ。もう怒っていないわよ。それよりお城なんだったら良いお酒がありそうでしょ? それをちょっと貰ってくるだけ。しばらく戻らないと思うけど。後はよろしくね」
そして私とアキヒトにヒラヒラと手を振って扉の外へと姿を消した。
うむ。もう怒っていないと言うなら安心した。エメルダは怒らせたら怖い気がするからな。神様を怖がらせるとは対した奴じゃ。
だがそう思って油断していると背後に人の気配がする。その気配に振り向く前に、後ろから私の腹部と胸のところに腕が回された。サル! っていうかアキヒト! そうだ部屋で2人きりになるとこいつが襲ってくるんだった。サルだから。
「2人っきりだね。神様」
そう言って、後ろから首を突き出し私の顔を覗き込もうとするアキヒトの視線を避け、顔を背けながら、微かに震える声で答える。
「エ……エメルダが帰ってくるんじゃないか?」
「大丈夫だよ。しばらく戻らないって言ってたし」
「……ん」
アキヒトはそう言いながら、私の首筋に顔を近づける。くそっ。設定が邪魔をして私が抵抗出来ないのをいい事に……。いやもしかしたら、いつも抵抗しないから、アキヒトは私が嫌がっていないと思っているのかも。
それどころか、下手をすれば私が喜んでいると思っている可能性すらある。前回は私の方からアキヒトの部屋に突撃した事になってるし。
でも設定の所為で、お前に要求されたら抵抗出来ないんだと伝えたら、それならと、もっととんでもない事を要求される事も考えられる。抵抗できない事は黙って置いた方が良いか……。
しかしエメルダめ。やっぱりまだ怒ってて、ワザと私とアキヒトを2人っきりにしたな。
だがどうする? 抵抗するか? いや設定が働くから多分無駄じゃ。止むを得ん。ここで無駄に抵抗して長引いてその間にエメルダが帰って来てしまっては恥ずかしい。素直に抱かれるしかないか……。
じゃがこの部屋は明るすぎて「恥じらい」設定が働いて、かなり恥ずかしい。
「分かったからベッドに行こう。それに明かりは消すのじゃ」
私がそう言うと、アキヒトは「うん。分かった」とロウソクやランプといった部屋の明かりを数個残して消した。だがその残っている数個はベッドに近い位置にある為結局は明るい。
「まだ明るいんじゃないか?」
と、抗議したが、アキヒトは
「十分暗いよ」
と聞く耳を持たない。これ以上は言っても時間の無駄か。
結局ベッドの回りは明るく、その明かりの所為で目が暗闇に慣れなれず、逆にベッド以外のところが暗くてまったく見えない。明かりを消したのがまったく意味の無い状況だった。
こうして結局結構明るいところでされてしまった私は、例によって色々な設定の為にアキヒトの無茶な要求にも応えてしまい、声を上げながら結構すごい事をしてしまった。だが、それでもエメルダが帰ってくる前に終わったと安心した。
アキヒトは昨日の寝不足がたたったのかすぐに寝息を立て寝入った。私は、さてと、と散らばった衣服をかき集める。
しかしこの身体どこかおかしくないか? 神の力があった時に興味本位で人間の行為を覗いた事もあったが、自分ほど派手じゃなかったというか……もっと大人しかったというか……。アキヒトの望んだ設定に、身体が敏感な、などという項目は無かったはずなのじゃが。そう考えていると、暗闇からカチンというガラス同士がぶつかる様な音が聞こえた。
音の鳴る方を目を凝らしてみたが、やっぱり暗闇に目がなれずまったく見えない。だがまたカチリと音が鳴る。
「誰か居るのか?」
すると問いかけに答えて「え? 居るけど?」と紛れも無いエメルダの声が聞こえてきた。どうやらベッドの周りの暗闇と私自身の声の所為で、エメルダが部屋に帰ってきていたのに気付かなかった様じゃ。
「い……いつからじゃ?」
「ん~~~。いつからだろう? とりあえずこれで3杯目だけど」
暗闇の中からまたカチリと音が鳴った。
うわぁ~~~~~ん!!