第10話:やっと王国に到着。
朝食の後、私達はまた馬車に揺られていた。
「すまんな。まさかビネガーという物が飲めないとは知らなかったのじゃ」
私は、エメルダからの、嘘だ。という視線を受けながらアキヒトを宥めた。
「仕方が無いよ。神様は人間の世界の事をあまり知らないんだから」
アキヒトはそう言って、まだ青い顔で無理をして笑顔を作って私に微笑む。
アキヒト……。この分ならもう2、3回は同じ手で騙せそうじゃ。他愛も無いやつよ。そう思って笑みを浮かべながらアキヒトの背中を撫でる。
アキヒトが落ち着いてくると、やっぱり昨夜の寝不足がたたりアキヒトとエメルダが眠りにつき、1人残された私も退屈に耐性があるはずだったが、馬車に揺られる気持ちよさに2人に続いてすぐに眠りについた。
そして宿につくと例によって食事をして風呂に入る。エメルダと2人で部屋のベッドの上でたむろしていると、エメルダが今夜の事について相談してきた。
「今夜の事ってなんじゃ?」
「もちろん、私と神様のどっちがアキヒトの部屋に行くかよ」
うーん。そうは言われても、私はアキヒトに抱かれるのを回避する為にハーレムを作るつもりなんじゃから、私が行くと言う訳が無い。
じゃが、そうは言っても、エメルダがアキヒトに抱かれる事にエメルダを攻める気は無くなったとはいえ、エメルダに抱かれて来いとは、アキヒトの彼女としては言いたくない。
「おぬしの好きにするが良い」
結局私には、そう言ってエメルダから背を向けるしかなかった。
エメルダはクスリと小さく笑うと、私の後ろから近寄り肩に手をかけてきた。そして私の耳に顔を近づけてくる。
「まぁ、明日は依頼主の王様に会うんだから、今日はアキヒトには我慢して貰いましょう。寝不足になって王様の前で欠伸でもしたら大変だから。アキヒトしつこいし」
「ああ。あいつはサルじゃからな」
「若いから仕方ないわよ。しかも私達みたいな美女と美少女が相手なんだから」
エメルダはそう言うとまたクスリと笑った。そしておもむろにベッドから降りた。
「アキヒトの部屋に行く訳じゃないから安心して」
エメルダはそう言って、部屋から出て行った。またエメルダがアキヒトの部屋に行ったと思って、私がアキヒトの部屋に突撃してしまわない様に言ったらしい。
そしてしばらくすると、お盆に水差しと琥珀色した液体が入ったビンを乗せて帰って来た。
「それはなんじゃ?」
「お酒よ。男が居ない時は飲まないと夜眠れないの」
ベッドに寝そべりながら問いかけた私に、エメルダはそう言いながらテーブルの上にそのお盆を置いた。そして椅子に座る。
「美味いのか?」
「美味しくないわよ」
「じゃあ、どうして飲む?」
「だから、飲まないと眠れないからよ」
「そうか。美味しくない物を飲まないと眠れないとは大変だな」
「まぁね」
エメルダはそう言って微笑んだ。その微笑にちょっと引っかかる。
「お前まさか私に飲ませまいとして、本当は美味しいのに美味しくないと言ってるんじゃなかろうな?」
「さぁどうでしょう。でも、飲んだ事が無いなら少なくとも今日は飲まない方が良いと思うわ。お酒を飲むと翌日に頭が痛くなる人もいるから。明日は王様に会うんだから、そんな事になったら大変よ」
コップにお酒と水を注ぎながらのエメルダの言葉に、また引っかかった。これは見過ごせん。と、上半身を起こし、エメルダに問いただした。
「お前、王などより神様の方が遥かに偉いのを忘れてないか?」
するとエメルダは、目を見開いて一瞬呆けた様な顔なり、私の顔を見つめた。そして不意に大声で笑い出した。
「あはは。すっかり忘れてたわ。だって神様、生意気で喋り方のちょっとおかしい女の子にしか見えないんだもの。可愛いし」
これは舐められているんじゃろうか? 褒められているんじゃろうか? 7:3ぐらいで舐められている気がする。いや8:2か。
とにかく、王様に会うから飲まない方が良いと言う言葉が気に食わなかったので、ベッドから這い出し、エメルダの手から酒の入ったコップを奪い取り一口飲んだ。
「にがっ。確かに美味しくないな」
「だから言ったでしょ」
エメルダはそう言って私からコップを奪い返し、一口啜る。その様子は美味しい物を飲んでいる顔に見えるのは気のせいか? もしかしたら味覚異常なのかも知れん。可愛そうに。
「しばらく飲んでいるから先に寝ておいて」
私が哀れみの目を向けていると、エメルダがそう言ったので先に眠る事にした。
朝になって目が覚めると、エメルダは私の横に寝ており、テーブルの上にあった酒の入ったビンは空となっていた。よくあんな美味しくない物を空になるまで飲めるものじゃ。
朝食の時間になったのでエメルダを起こして、食事が用意されている部屋へと向かう。椅子に座っていると、しばらくしてアキヒトもやって来た。だが椅子に座るといきなり欠伸をする。
「どうした寝不足か?」
私の何気ない問いかけに、アキヒトは慌てた様に、
「あ、いや、別に……」
と言葉を濁した。
まさかこいつ、私かエメルダのどちらかが部屋に来るかと思って、ずっと寝ずに待っていたんじゃなかろうな? 私がそう思ってエメルダに視線を向けると、エメルダも同じ事を考えたらしく目が合った。エメルダはにやっと笑い、私も釣られて笑った。
また馬車に乗り夕刻近くになる頃ダンジェがいうカスタニエ王国とやらの城が見えてきた。城は赤色のレンガを積み上げて建てられ、外観の壮麗さに凝っているとは言いがたいが、中々の規模で城下町も栄えていそうだった。
城下町の外門を潜った私達の馬車は城の裏手に回り止った。私達はそこで降りてこっそりと城内に入る。
「申し訳御座いません。何分公に出来ない事ですのでご了承下さい」
そう言うダンジェに案内されて廊下を歩く。他の従者などは城の外で待機だ。
「ここでしばらくお待ち下さい」
まったく他の人間と会わぬまま廊下を進んで通された一室に入ると、ダンジェはそう言って姿を消す。
部屋は私とアキヒト、そしてエメルダの3人の待合室にしてはやけに広く、20人くらいたむろ出来そうだった。
10人以上が囲えそうな大きなテーブルにそえられた椅子に座り、テーブルに右肘を付きアキヒトに向かって口を開いた。
「やはり、この事を知っているのは城でも極一部と言った感じの様じゃな」
「フェンリルとの約束を破ろうとしているから?」
アキヒトもそう言いながら私の左横の椅子に座る。
「そうじゃ、思ったとおりフェンリルを人知れず始末したいようじゃの。となるとそのフェンリルにやったという姫の事を取り返しても公には出来ぬはず。アキヒト。やはりその姫はお前が貰っておけ」
「え? なに? そういう話になっているの?」
今まで壁に寄りかかって立っていたエメルダは、驚きの声を上げるとテーブルのアキヒトの左前の当たりに座って足を組む。太ももまでスリットの入った露出の多いドレスの為足の付け根まで見えてしまいそうな格好だった。
「何を言っておるダンジェとその話をしている時、お前も居った……けど、トリップしてたんじゃったな」
後半呆れた様な口調になった私の言葉に、エメルダは肩を竦めた。
「まぁね」
「それじゃあ、やっぱりフェンリルに捕まっているお姫様は僕が貰わないと殺されちゃうの?」
心配そうに言うアキヒトの言葉に私は肩をすくめた。
「ああ、それか良くて一生監禁じゃな」
「そんな話になってるの? 酷い話ね。でも、お姫様をハーレムの一員にしようなんて凄いけど、大丈夫なの? そんな事をして?」
凄いと言いながらもエメルダの表情は若干硬い。うーん。この世界の感覚では王族は庶民とは同じ人間じゃないくらい別格扱いらしいな。
とはいえ神様である私にとっては王族だろうが庶民だろうが人間は人間だし、この世界の住人でないアキヒトにしても、王族って偉いんだろうな。程度じゃろう。
「なあに、アキヒトは世界最強の男じゃぞ? 王族だろうが所詮ハーレム要員よ。だいたいその王様から捨てられようというんじゃ問題あるまい」
じゃが私の言葉にエメルダは半信半疑の様だ。探る様な目を向けてきた。
「でも、王様にそのお姫様が捨てられるって言うのは本当なの?」
「間違いないとは思うが、これから王様本人に会うんじゃ、そこで確認するとしよう」
どうやら私の知能は普通の女の子の頭と言っても、一応はその限界までは使えている様じゃ。いうなれば天才ではないが、普通の女の子が努力して到達できる限界の知能と言ったところじゃろう。普通の頭で特に努力もしていないアキヒトとは比べ物にならん。
エメルダと比べてもこの手の洞察力なら私の方が上らしい。もっとも経験や人間関係の機微では遅れを取るようじゃ。まぁ神様である私には人間関係の機微など、今まで考える必要も無かったのでな。
しばらく待っていると、ダンジェが1人の男を連れてきた。そして一旦先に扉を潜ったダンジェはすぐさま入り口の横でうやうやしく頭を下げ、その男を室内に通した。
金髪は綺麗に整えられ蒼い瞳には優しげな笑みと落ち着きが浮かんでいる。体躯も優れ背が高く適度に鍛えられてもいる様じゃ。姿勢もいい。上等な絹の服を着、さらに暑苦しそうな外套を纏う。どうやらこの男がこの国の王じゃな。