第1話:思わぬ要求
私は神である。
宇宙を創造し、星々を作り上げ、命を生み出した全知全能の神である。
じゃがその神にもどうしようもないものがある。
それは退屈というものじゃ。
あらかた宇宙を作り上げてしまいやる事の無くなった私は、暇で暇でしょうがないのである。
しかし最近その退屈を紛らわせる面白い事を思いついた。
ある世界の人間を別の世界に送り込み、そしてその様子をここから見て楽しむのじゃ。
な~に。私は気前が良い。私の遊びに付き合って貰うのだからちゃんとそれなりの恩恵を与えてから、異世界に送ってやる。
その者達は、ある者は勇者として賞賛され、ある者は一国の王となり栄華を極め、またある者は欲望の限りを尽くしてハーレムを作ったりもしている。
そしてさっき異世界に送り込んだ者が寿命で死んだのじゃ。私は慈悲深いので、ちゃんと寿命で死ぬまで見取ってやっているのじゃ。私には十分時間があるのでな。
そして今、新たなおもちゃを、いやいや、転生者を探しているところだったのだ。
昔は歩いているところをいきなり連れてきたりもしたが、それでは元の世界で神隠しだのと大騒ぎになり、連れてきた者も連れてこられたことに納得せず説得が面倒なので、最近では別の方法を取っている。
それはちょうど死ぬところを連れてくるのじゃ。そしたら元の世界では死んだ事になっているので騒ぎにならず、連れてきた者もお前は死んだのだからここに来たのだと言えば、あっさり納得する。さらに転生させてやると言えば、死ぬところだったのに転生できてラッキーといった具合にあっさりOKするのである。
そして今、地球という星の日本という国を万能の力で覗いた。高校というものから家へ帰るらしき少年、少女達が道を歩いているのが見える。するとそこにトラックが通りかかった。トラックは左右にふらふらと揺れ、運転手は寝ている様だった。そしてそのトラックは1人に少年に近づいていく。
お!? ちょうどトラックに轢かれそうになっている。よし、運転手そのまま轢くのじゃ。あ、こら! 運転手起きるな!! ハンドルを切るんじゃない! そして運転手は避けきれず、少年はトラックに弾き飛ばされた。よし! 上手く轢いたぞ。
ワザと見殺しにしたのかと思われるかもしれないが、実際私の能力を使えばすべての生物を死なないようにも出来る。それをこの者だけ助けるのも、それはそれでおかしな話というものじゃ。この者は事故死なんじゃからやむを得まい。
不運にも死んだ少年をさっそくここに転送させた。転送されてきた少年は暗闇の中で宙に浮き、その身体は微かに光を放っている。ちなみに服の汚れや傷はすでに治してある。
名前は、高井 明仁 身長は170センチくらいでまあ普通。顔も可も無く不可も無くと言った感じでまあ普通。頭の良さも普通というところか。うむ。まあ極普通の者が巨大な力を手に入れて、どう行動するのか見るのもまた一興じゃろう。
よし! さっさと起きよ! 私が神の能力で気付けさせると少年はまぶたを開け、あたりを見渡した。そして足場の無いところに自分が立っている事に気付き、足元を不安そうに何度も踏みしめ、さらに何度もあたりを見回している。
ちなみに高次元の存在である私に実体はないので奴からは見えない。音声ではなく、少年の頭に直接話しかけた。
「怯えるでない。ここは高次元空間である」
「高次元空間? 君は誰なの?」
「私は神である」
「神様? じゃあ君が僕をここに連れてきたの?」
神を君呼ばわりとは、これがゆとりというものか。しかしその程度で怒ったりはしない。なにせ神は心が広いのである。こんな事で一々腹を立てては居られない。おおらかな気持ちでないと何十億年もこんなところに1人で居られないのである。
「うむ。お前は不幸にもトラックに轢かれて死んでしまったのじゃ。それを私が不憫に思いここに連れてきてやったのじゃ」
「え? 僕死んじゃったの?」
トラックに轢かれたくらい自分でも分かっているだろう。ずいぶんのんびりした者を選んでしまったかな? まぁよい。変わっている奴ほど眺めていて退屈はしまい。問題ないだろう。
「そうじゃ。お前は死んだのじゃ。しかしその若さで死ぬのはあまりにも不憫である為、別の世界に転生させてやろうと思う。どうじゃ。死ぬところを助かって嬉しいであろう」
「じゃあ、お父さんとお母さんや学校の友達とは、もう会えないの?」
う~ん。うじうじした奴だな。死んだんだからそこはもう諦めればよいものを。
「それは、止む得まい。何せ死んだのだからな。ここは生き返れる事を素直に喜ぶべきであろう」
「え~。でも、別の世界ってどんなところ? そこに僕1人で行くの?」
「今からお前が行く世界は、お前の星での中世ヨーロッパという時代の世界と似ているな。石造りの城が建ち、王や貴族がいる。そしてなんと魔法もある。どうじゃ楽しそうであろう? しかもちゃんと1人でも生きていける様に、3つ願いをかなえてやろう」
「3つの願い?」
「そうじゃ。もっとも大抵の者は、チート能力、最高の装備、そしてその世界での大金を希望するがの。それと3つの願いとは別に、今から行く世界の言葉と文字を自在に使える様にはしてやろう。それで願いを1つ使うのは馬鹿馬鹿しいのでな」
「ありがとう。それでチート能力って?」
「なんじゃ知らんのか。その世界で他の者にはどうしようもない卑怯とも思える圧倒的な力のことじゃ。その能力を得れば、今から行く世界でお前に勝てる者なぞ誰一人存在しないのじゃ」
「具体的には?」
「まず一つ目は、絶対防御結界。これはお前が意識せずとも自動的にお前の身体を守りどんな攻撃にも破られることの無い外部ダメージをすべて無効化する結界じゃ。二つ目は、光神槍破。これは全力で放てばどんな相手も必ず殺す事が出来る決して外さぬ魔法の光の槍じゃ。数百発を同時に放つ事も出来、手加減して打てば相手を気絶させるだけに留める事も出来る。どうじゃこれならば負けようがなかろう」
「絶対防御結界を全力の光神槍破で打ったらどうなるの?」
ふ。矛盾と言いたいのであろう。そんな質問聞き飽きたわ。
「光神槍破で絶対防御結界を打つと、結界は破れはせぬが結構へこむので中の者は死ぬ。どうじゃ。両方の条件を満たしておろう」
「分かったけど、なんか屁理屈っぽいね」
中々無礼な奴だな。じゃが神である私は心が広いので、怒って取り乱したりはしないのである。
「でも、それって光神槍破と同じくらい威力がある攻撃をされたら死んじゃうって事?」
「いや、光神槍破の場合だけ絶対防御結界はへこむ。そして光神槍破を撃てるのはお前だけなので実質防御は完璧じゃ」
「完全に矛盾を指摘されない為だけの設定じゃないか。でも、確かにそれだったら無敵かも」
少年はやっと不安が取れたのか微かに笑みを浮かべた。やれやれ面倒な事よ。
まぁ本当に完全に敵なしにするなら、他にも相手の能力を無効にするとか、飛行能力をつけても良いんじゃが、何せ私が見物して楽しむ為に異世界に送るんじゃからな。あんまり優位過ぎても詰まらん。最強の攻撃と絶対防御があれば一応こやつ自身の安全は保障されるし、これで十分というものよ。
「うむ。だから安心して行くが良い。あっそれとあらゆる毒や病気に対する免疫もオプションで付けておく。いくら外部ダメージに対して完璧でも毒や病気で死んでは元も子も無いのでな」
「でも、それじゃチート能力があれば、最高の装備やお金は無くても何とかなるんじゃないの?」
「何を言うか、最高の装備はカッコいいし、お金は無いと大変ではないか」
「う~ん。そうなんだけど、別に他のお願いでも良いんだよね?」
うむ。別の願いか。みんな同じ様な願いばかりで飽き飽きしていたところじゃ。これは思ったより楽しめるかもしれん。
「うむ。当然他の願いも可能じゃ。神に二言は無い。かなえて進ぜよう」
すると少年はう~ん。と考えんでいる。まぁいま少しまってやろうではないか。何せ神は心が広いのである。
「そう言えば、僕ってその世界に行って何をすればよいの?」
「それはお前の自由じゃ、その力を使って戦い、英雄になるのも、国を建てそこに君臨するのもよい。欲望に身を任せハーレムを作ってもよいのじゃ」
「戦うのってあんまり好きじゃないし、王様になってもなんか大変そうだし、その中だったらハーレムかな~」
虫も殺さぬ様な顔をしているくせに、さらっとハーレム作りを宣言するとは中々侮れない奴。じゃが意外性があった方が面白い。
「勿論構わん。その力を使って何人でも女をものにするが良い」
「でも、僕女の子と付き合ったこと無いし、女の子を誘うとかって上手く出来るかな?」
「なに心配あるまい。今からお前が行く世界は、力さえあれば結構どうとでもなる世界じゃ。チート能力があれば問題あるまい」
「そう言えば君って男の人なの女の人なの?」
ふむ。変な質問をするものだが、まぁ答えてやろう。
「私には実体は無い。ゆえに男でも女でもない」
「そうなんだ……」
そう言うと少年は考え込み始めた。私が男だろうと女だろうと関係あるまいに、何を気にしとるんじゃろう?
「本当に何でも良いの?」
「神に二言は無いと言っておろう。遠慮せずに何でも言うが良い」
「じゃあ、一つ目はさっき君が言っていたチート能力でね」
うむうむ。
「で、後二つは、やっぱり1人で行くのはさびしいし、もし他の女の子に声を掛けるのが失敗してずっと1人ぼっちになるのも嫌だから――」
なに? では、お供でも欲しいのか? まぁ犬でもサルでもキジでも、用意してやろうではないか。
「君が僕の理想の彼女に変身してね」
え?
「僕と一緒にその世界に来て欲しいな」
はい?