『レッド・ラインの怪物』
『レッド・ラインの怪物』
『レッド・ラインの怪物』
「今すぐ引きずり出せ! 1秒遅れれば、我が社の今世紀最高傑作がただの鉄屑になる!」
CEOの絶叫が、プロトタイプ開発室のスピーカーを震わせた。
モニターの向こう、焼き付き塗装ブースの全自動ラインがエラーを吐いて完全停止している。
システム障害だ。
炉内の温度はすでに200度を超え、さらに上昇を続けている。
その中枢に取り残されているのは、シャーシと一体型になった次世代型の試作ボディ。
数百度の熱で焼き付けられる直前の、まだ誰の目にも触れていない社外秘の塊だ。
誰もが絶望し、頭を抱えたその時。
一人の男が、平然と
「立入禁止(KEEP OUT)」
のイエローテープを潜り抜けた。男の名は、現場の誰も知らない。
ただ、最上層部が極秘に囲っている「始末屋」、通称・力技職人。男は無造作に耐熱グロ
ーブを両手に嵌めると、容赦なく熱気が噴き出すラインへと足を踏み入れた。
開発者たちの悲鳴が上がる。
しかし、男の動きに躊躇はなかった。
200度の熱波をものともせず、男は試作ボディのフレームに直接、太い腕を掛けた。数人がかりでもビク
ともしない、超重量の金属かたまり。
男の背中の筋肉が、衣服越しに異常なほど膨れ上がる。
「――フンッ!」
短い呼気とともに、男は片手一本で、その巨躯を引きずり回した。
火花を散らしながら、シャーシが安全圏のラインへと強引に引き摺り出される。
超人的な、あまりにも圧倒的な肉体。
開発者たちは息を呑み、言葉を失った。
ガシャリ、と重い音が響く。
男は役目を終えた耐熱グローブを、まだ熱を帯びた床へ叩きつけるように投げ捨てた。
一瞥もくれず、ラインの出口へと歩く。
そこには、汗一つかいていない副社長が待っていた。
副社長は無言のまま、男の前にアルミ製の頑丈なトランクケースを差し出す。
カチャリ、と小気味いい音を立ててトランクが開いた。男は中身を一瞬だけ見つめ、満足そうに口元を歪
めると、ケースを掴んでそのまま雑踏へと消えていった。
残された開発室には、重苦しいどよめきだけが満ちていた。
「おい、見たか……?」
「ああ。あの中身……」
開発者たちは、誰もが目を見開いたまま固まっていた。
札束の山。
それも、一国の国家予算に匹敵するほどの、尋常ならざる色をした紙幣の束。
一人のエンジニアが、乾いた声でぽつりと呟いた。
「……俺たちが一生かかって、血の小便を流しながら働いても、逆立ちしたって稼げない金額だ」
本物の怪物は、組織のルールも、物理の法則も、金の常識すらも軽々とへし折っていく。
現場には、ただ熱いオイルの匂いと、男の圧倒的な残響だけが残されていた。
気楽に読んで。




