~1~ 嵐のような日々
突然だが、もし君の勤め先に元カレが来ていたとしよう。君ならどうするだろうか?私はもちろん、追い返す。しかし、元カレが「お客様」という立場だったら、ましてそこがメイドカフェだったら話が違ってくる。
「もう、お互い別れた仲なのに、いまさら何よ!これはれっきとした営業妨害じゃない!」
今日も不満を漏らしながら家を出た。
私は渋谷にある、メディアを席巻する超人気店…キャラリンメイドカフェのトップキャスト、河宮 美鈴奈。メイドネーム、みぃれ。
20歳にして大学を飛び級で卒業した、天才美女(自称)である。
月給もそこそこ(そこそこのレベルではないのだが…)、生活も安定して不自由していない。もはや完璧な生活だった。しかし、そんな完璧な生活も一か月前からだんだんと地獄と化していた。
重い足を引きずりながら私はカフェへ向かう。もともとこの仕事は嫌いではまかった。
初めはアイドルを目指していたが、アイドル界の厳しさを前に断念してしまったのだ。そんな私にとってこの上ない仕事だと、自分でも思う。
メイドカフェのキャストはまさにカフェというライブ会場のアイドル。だから、今までたくさん働き、努力してトップキャストという地位まで上り詰めた時には長年憧れだったトップアイドルに慣れた気分になれた。
とてもとても楽しい職場だった。
カフェに着き、キャスト用入り口のドアを開けて中のメイク準備室へ入る。
入った瞬間、ジャスミンやスズラン、ラベンダーなどの香水の香りがぶわっと押し寄せてきた。
普通の人なら息ができず顔をゆがめてしまう香りでも美鈴奈にとってはなれたものだった。
みんな、客を集めるために必死なのだ。必死すぎて誰も美鈴奈が入ってきたことを知らない。
美鈴奈はゆっくりと化粧鏡の前に座り、メイク用品を取り出してメイクをする。
顔だちはもともと整っていたので薄メイクで十分だった。
そのおかげで、開店1時間前に来てメイクをしているキャストたちより遅く出社できるのだ。ただ、やはり最近はどうしても仕事に行く気分ではない。
時計を見ると10時40分を指していた。カフェは11時に開店するので、すぐにお客様を迎え入れる準備をしないと。
「あ!おはようございまーすっ!先輩、いつ来たんですか?来たなら一言掛けてくださいよぉ~」
元からがやがやうるさい部屋に大きな声が響いた。
2歳下の大学生、三笠 真帆、メイドネーム、マホちゃんだ。メイドの喋り方が気に入ったのか、日常でも使っている、少し変な子だった。
私の次を継ぐ、セカンドキャストでかなり可愛い。正直、あまり好きではないが、なぜよく絡んでくる。
「おはよう、マホちゃん、今日も元気だね。(約:今日も声がでかいね。)」
嫌味を言っても気づかない。いいストレス発散機だ。しかし、人を道具のように扱うなんてひどいと思う。
今更だが、自分の性格の悪さにびっくりする。マホちゃんはそのまま話し続けた。準備をしに行く気がないようだ。
「マホちゃん、ごめんね。私もみんなの準備を手伝わないと…」
少し申し訳なさそうなトーンで謝って、そのまま素早く準備を手伝いに行く。カフェで働いてから身に着いたスキルだ。
正直、カフェをクビになっても俳優で生きていけると思う。それくらい、演技力に自信があった。誰も自分が演技だということに気づいていない。店長も、ほかのキャスト達も…
ただ一人の例外がいた。その人まさに美鈴奈がこれから会うであろう人物だ。
「準備が整いましたから、開店しまーす。今日もがんばってくださいね。」
今度は店長の凛とした声が店内に響き渡った。そしてドアが開き、客がぞろぞろと入ってきてすぐに満席になった。私はすぐにメイドモードをONにした。
「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」
顔に笑顔を浮かべ、少し高い声でお客様に話しかける。これでほとんどのお客様はメロメロになる。
ふかふかとお辞儀をしている時に突然声をかけられた。
「ただいま~みぃれちゃん。」
男子にしては少し高い声。
プロ必殺、精一杯の作り笑いを浮かべ、頭を上げる。
「みぃれちゃんは今日もかわいいね。」
常連客の如月 北斗様だ。
大手企業の如月製薬の御曹司で、ビジュ、家柄、身長、学歴ともに非の打ちどころもない、完璧ハイスペックボーイだ。カフェでは好物件として非常に人気で、来店するたびにほかのメイドが群がるぐらいだ。
「如月さまぁ~ずっとご主人様のお帰りを待っていましたよぉ!」
「いえ、私のほうがずっと待っていましたのよ!」
ほらね、と思いながら美鈴奈は邪魔なメイドの群衆をかき分け、ほかの客を接待する。その時もかわいい作り笑いの笑顔を忘れない。
「おかえりなさいませ!、おかえりなさいま………せ…」
突然笑顔がほんの少しだけひきっつた。
美鈴奈の目の前を素通りする、北斗様に引けを取らない美貌の男。漆黒の黒髪に、ブラックホールのように吸い込まれそうな黒い瞳…身なりと仕草で明らかにお金持ちオーラが隠しきれていない。
その男はキャストの間では一番うわさされる最好物件のパーフェクトボーイ、鳳城 蓮。そして私の元カレでもあるのだ。
「みぃれ、コーヒー一杯ちょうだい。」
私の前を素通りしたにもかかわらず、席に着くとすぐに私を指名する。意味不明だ。
「はぁい!ご主人様のためにアツアツのコーヒーを持ってきますね!(訳:熱いコーヒーでも飲んでやけどしろ!)」
愛情ならぬ、悪意たっぷりのコーヒーだ。
「熱いうちに召し上がりくださいませ。」
蓮を私の悪意に気づいているらしく、私が持ってきたコーヒーをあえて端に寄せた。元カレだったので私の嫌みの言い方を完璧に理解しているのだ。面倒である。
しかも、蓮はクールとユーモアで言うと中間ぐらい…いや気分で変わるらしく、本当につかめない人だ。
今日はクール系かな?と思い始めた時には
「コーヒーが熱すぎてやけどしちゃうから、みぃれが《《ここで》》冷ましてよ。」
やられた。クールではなくてユーモアよりの意地悪系だ。
しかも、《《ここで》》である。すぐに逃げようとしていた私に気づき、食い止めたのであろう。認めたくはないが、私より一枚…いや、二、三枚上手だ。
「ご主人様、申し訳ありませんが…ほかのお客様もお待ちしておりまして……」
思い通りにさせぬとあがいてみる。
「ほかのキャストがいるじゃん。」
……が、すぐに一蹴された。面倒な客である。
なきなき、私は蓮が座っている席の向かい側に座って持ってきた団扇を仰いだ。
こうやって向かい側に座ると、まだ付き合っていたころのデートの記憶がよみがえる。その時も今と変わらず意地悪で、たまに(本当に稀に)優しかった。
いやいや!忘れよう!この厄介な記憶、記憶のかなたに飛んでいけっ!
「どうしたの?みぃれ。手が止まっているよ?」
蓮はずっと見ていたらしく、何かを考えているなと思って声をかけただろう。絶対に向かい側に座らせたのもデートの記憶を思い出させるためだと私は納得(?)する。
「手がつかれちゃいまして…ほかのキャストをお呼びして交代しましょうか?」
あがいてあがきまくる。七転八起だ。
「じゃあ、口で冷ませばいいじゃん?手は使わなでしょ?」
はぁ?いや、こいつカフェ来る途中に頭ぶつけたのか?身長が高いからどこかの看板にぶつけたのだろう。そういうことにしておこう。
いや、それより鬼畜すぎるだろ!私はお前の奴隷じゃないつーの!
これが一か月前から毎日続いているのだ。いくらこの仕事が好きでも行きたくなくなるだろう。
しぶしぶといながらも蓮の言うとおりにする私をほめてほしい。そして蓮は明らかに笑っている。正確に言うと、口の過度の角度が通常の2度くらい上がっている。面白がっているのだ。普通の人ならポーカーフェイスだと思うが私は違う。あの顔を見慣れすぎてもうわかってしまうのだ。
まさに今、ほかのキャスト達の視線がこちらに刺さっている。お客様のために準備したコーヒーをフーフーするキャスト。それを正面からポーカーフェイスで眺めるイケメン。とてもおかしい光景だ。だれも蓮が笑っていることに気づかない。
「コーヒーが冷めましたので、お召し上がりくださいませ。」
温度が下がったのを確認して、コーヒーを突き付けるようにして差し出す。これでやっと逃げれるのか…と思いきや、蓮は逃がしてくれない。
「おまじないをかけてくれないの?」
まさに嵐の日々だ……
私の平穏な日常はこれから先、戻ることがあるのだろうか…
その答えは私も知らないし、貴方も知らないし、神様も知らないだろう。
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第二話はこのあと30分後、3月12日の10時30分に投稿予定です。




