第9話「大陸横断鉄道」-静かな予兆
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ネオ・ジェノバ中央駅。
巨大なアーチ型の鉄骨屋根の下。
蒸気の白煙がゆっくりと漂っていた。
駅のホームの先に停まっているのは、磨き上げられた赤い鋼鉄の車体。
ローマン大陸横断鉄道の誇る最新鋭高速列車。
スチームライナー。
流線型の先頭車両は、蒸気機関車というより巨大な弾丸のようだった。
車体側面には金色の文字。
ROMAN TRANSCONTINENTAL RAILROAD
ホームには、旅行客の姿が並んでいる。
シルクハットの紳士。
毛皮のコートを羽織った婦人。
富裕層の旅客がほとんどだ。
その中に、少しだけ場違いな二人がいた。
「……すごい人ね。」
ビアンカが呟く。
「お金持ちばっかり。」
ミアは目を輝かせていた。
二人の服装もいつもと違う。
二人ともツイードのスーツ姿にハンチング帽を被っている。
「ねえビアンカ!見て!」
指差した先には、
巨大な蒸気機関車
深紅のボディに真鍮の配管。
燃料を燃やして走らせる訳ではないので、車体上部には煙突や突起物はない。
巨大な動輪が並び、蒸気が白く吹き出している。
「かっこいい……」
ミアの目は完全に技術者のそれだった。
「蒸気圧制御バルブが三系統……補助タービン付き……
これ、絶対出力高いわ。
あれっ?これって......」
「ミア、落ち着いて。」
ビアンカが肩を叩く。
「もう列車オタクになってる。」
「列車じゃないわよ。」
ミアは胸を張る。
「これは文明よ。」
⸻
その頃。
駅の貨物ヤード。
巨大な木箱がクレーンで持ち上げられていた。
箱の側面には札が貼られている。
特別貨物
精密機械
その箱の中。
薄暗い空間で、二つの光がゆっくりと点灯した。
コラージョ。
黒鉄の猫バイクは静かに内部センサーを起動する。
ゴロ……
小さく鳴いた。
⸻
再びホーム。
「荷物は貨物車両に積んだ。」
背後から声がした。
サムだった。
いつものスーツ姿。
ホンブルグ帽。
「コラージョは問題ない。」
ミアは少しだけ安心した顔をする。
「ありがとうサムおじさん。」
「その呼び方はやめろ。」
サムは眉をひそめる。
ビアンカが小さく笑う。
「もう諦めたら?」
⸻
その時。
ホームの向こう側。
黒いコートの男が二人を見ていた。
一人は公衆電話で通話している。
帽子の影で表情は見えない。
男は懐中時計を開く。
受話器口に小さく呟いた。
「定刻通り……確認。」
そして駅の外へ消える。
⸻
列車の汽笛が鳴る。
ボオォォォォォ――
大きな動輪脇から余剰蒸気が
吹き出る。
乗客達が一斉に動き始める。
「行こうか。」
サムが言う。
三人は列車に乗り込んだ。
⸻
一等客室。
赤いベルベットの寝台付き座席。
磨き上げられた木製パネル。
窓の外では蒸気がゆっくり流れている。
「すごい……」
ミアが辺りを見回す。
「ホテルみたい。」
ビアンカは腕を組む。
「サム、本当に経費なの?」
「情報局の予算だ。」
「税金よね。」
「……」
サムは帽子を深く被り直し黙った。
⸻
列車がゆっくり動き出す。
巨大な動輪が回る。
蒸気が噴き上がる。
ガシャン
ガシャン
ネオ・ジェノバの街がゆっくり遠ざかる。
ミアは窓の外を見ていた。
工房の煙突。
港のクレーン。
遠ざかっていく。
「……ちょっと寂しい。」
小さく呟く。
ビアンカが言う。
「すぐ戻るわよ。」
ミアは頷いた。
⸻
その時。
ブレスレットが淡く光った。
小さな電子音。
『観測完了。結果を保存します。』
ブレスレットからの骨伝導でミア
にしか聞こえない。
ミアが眉をひそめる。
「……何?」
サムが気付く。
「どうした?」
「今の観測……」
ミアは窓の外を見た。
遠くの空。
雲の向こう。
何かが動いた気がした。
⸻
同時刻。
西方大陸。
デアベルトミッテ共和国。
アーリア・インダストリー本社。
巨大な会議室。
男が報告する。
「監視対象が移動を開始しました。」
影の男が言った。
「……カステルッチか。」
机の上には写真。
ミア。
ビアンカ。
そして
コラージョ。
「例の小型リアクター。」
男の声は低い。
「確保する。」
⸻
スチームライナーは加速する。
余剰蒸気が空へ吹き上がる。
ローマン大陸を横断する二日間の旅。
だが――
その列車には
すでに別の思惑を持った
乗客も乗っていた。
⸻
続く。




