第8話「資源管理局本部」-思惑と旅の準備
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ローマン共和国首都
カステルッチ
初代大統領
フランキー・カステルッチオの名前が冠されたこの首都に、資源管理局本部がある。
重厚な石造りの建物の最上階。
局次長室。
「……国家保安情報局が動いた?」
豪奢な机の向こうで、ジュリアードは静かに言った。
四十代半ば。
整った髭。仕立ての良いスーツ。
目だけが、冷たい。
秘書が報告する。
「はい。情報局のエージェントらしい男がネオ・ジェノバに入ったとの情報です。」
「早いな。」
ジュリアードは窓の外を見た。
新興国家の首都。
まだ発展途中の街並み。
「内務調査で色々と嗅ぎ回っていた、あの男だろう。
.....若い国ほど、理想論が好きな人間が多くて敵わん。」
低く呟く。
「だが理想で国家は守れん。」
別室。
開発部長ディクソンは一枚の
事故調査報告書を握り締めていた。
“蒼い蒸気暴走”
その文字を見つめる手が震える。
「……これで良かったのか?」
机の上には蒸気リアクター増幅炉
の設計図。
そして――
蒸気石鉱脈調査報告書。
報告者の名前。
“ミア・デラ・フォルトゥナ”
ディクソンは目を閉じた。
数年前。
ネオ・ジェノバにある
開発部研究所。
初期型リアクターの試験。
警告値を超えていた。
だが、上からの圧力。
“早く成果を出せ”
爆発。
炎。
崩れる天井。
彼は生き残った。
だが、責任は――
別の男に押しつけられた。
「……私は、選んだだけだ。」
震える声。
「国のために。」
そのとき扉が開いた。
「ディクソン、
計画を早めるぞ。」
ジュリアードだった。
「アーリア・インダストリー社は、
次の段階に入るそうだ。」
ジュリアードは静かに言う。
ディクソンは顔を上げる。
「もう一度、暴走を?」
「違う。」
ジュリアードは椅子に腰掛ける。
「今度は“未遂”だ。」
「……?」
「恐怖は十分に植え付けた。
次は、救済を提示する。」
机の上に書類が置かれる。
“資源管理局 民営化法案”
「既にアーリア・インダストリー社の息のかかったロビイスト達が、議員や議会に呼びかけている。
国営のままでは危険だ。
そう世論に思わせる。」
「…...解りました。」
ディクソンはもう後戻りはできないと悟り、続けて冷静に報告する。
「先日のあの暴走ですが、予想外の共振が起きたそうです。」
「共振?」
ジュリアードの目が鋭くなる。
「以前からアーリア・インダストリー社が、裏組織を通じて調べさせていた黒いバイクの件か。」
沈黙。
ディクソンは頷く。
「あのバイクは異常です。
増幅炉と同調したんです。」
「同調?」
「ただ共振するだけでは、暴走に拍車をかけるだけですが....
更に制御波をぶつけているんです。
共振して同調した後に、
あのバイクは
暴走を“食った”んです。」
ジュリアードは信じられない顔で
「そんな事が可能なのか、
あのバイクは....」
「蒸気タービンで発電した電力の周波数調整技術に置き換えたとして、当局いや世界レベルの技術でも比べ物になりません」
ジュリアードは驚きの表情から静かに笑みを浮かべる。
「なるほど。」
「あれは間違いなく
小型リアクターです。
今後の計画に影響を与えるかも知れません。
排除しますか?」
ディクソンが低く問う。
「いや。」
ジュリアードは首を振る。
「使える。」
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ここは
ネオ・ジェノバにある
ミアとビアンカ行きつけの
カフェ「Antoni Genova」
皆に”トニーの店“と呼ばれるこの店は、大通りから一本裏道に入ったところにある。
焼き菓子やパニーニ、デリも種類が多く、味にも定評のある店。
国家保安情報局からの使者、
エージェント・サムの訪問から数日後、そのカフェに2人はいた。
「さあ、今日はマリトッツォの食べ納めよ!
いちごとメロンとオレンジのリピエーニを3つね!」
「ミア、マリトッツォはカステルッチにもあるから....」
ビアンカが呆れ気味に言う。
エージェント・サムの要請で
情報局の臨時職員となった2人。
明日、情報局の本部がある、
カステルッチに行く事となった。
表向きは、臨時職員としての登録手続きや、新人職員のガイダンスを受ける為。
実際には情報局が、小型リアクターを含めたミアの持っている技術の情報を聞き出したいが為に呼び出した。
ミア達はそれを承知の上で、その呼び出しを受けた。
エージェント・サムが、あらかじめ教えてくれたのだ。
店内にはバイオリン三重奏の優雅な曲が流れる。
「ここもレコード管音機を
置いたのね。」
そう言ってエスプレッソを
口にするビアンカ。
目の前のテーブルの皿には
カンノーリ。
音楽を奏でるのは、
ラジオと並んでここ最近人気が
出てきた音楽を再生する装置。
それまで音楽と言えば
生演奏が当たり前。
主に富裕層が最高級のレストランで食事をしながらや、劇場、コンサートホールで聴くもの。
庶民が聴けるとしたら街中のパブや広場で見かける大道芸人の演奏くらい。
それが好きな時間に、好きな音楽を聴けるようになった。
レコード管音機は、カンノーリのような筒形のレコード管を再生する装置。
木製キャビネットの上にある円筒形の軸にレコード管がセットされ回転する。
レコード管の音源を針で読み取り、回転軸の上に取り付けられたラッパ型の拡音器から音が流れる。
この店に置かれているのは、ゼンマイ式でなく最新型の電気式のようだ。
ネオ・ジェノバでは、郊外に発電所がある。
それまで電気を使うには、各住居や店舗施設に蒸気核を利用した小型発電機が設置され利用されていた。
蒸気核を利用した製品よりも、小型軽量の電気製品は主流になりつつある。
照明器具や電気製品が普及するにつれ、各家庭の蒸気石の使用は増加。
蒸気石も頻繁に補充しなければならない。
そういった需要もあり、大型の蒸気核タービンが何基も設置された発電所が、資源管理局の管轄で建設された。
だが、増える電気の需要に今の発電システムは追いつけないという話も耳にする。
「優雅な曲だけど、ちょっと退屈ね。」
マリトッツォを平らげ、カプチーノを口にしながらミアは言った。
「ミア、あなた音楽に造詣があったっけ?」
ミアらしくない一言にビアンカが反応する。
「失礼ね。こう見えて私、音楽にはちょっとうるさいわよ。
そうね、最近のお気に入りはスイングジャズね。」
「すいんぐ...じゃず...?」
聞いたこともない単語に
ビアンカは困惑する。
「ミアが音楽を聴いているのを見たことないんだけど?
そもそも工房にはラジオやレコード管音機もないし....?」
ビアンカはミアが作業中や休憩中ソファに横になってリズムに乗って鼻歌を歌っているのを見たことはあるが、
音楽を聴いているのを見たことがない。
「ま、まあいいじゃない。
あ、今度聴かせてあげるわよ!
今丁度、その発明品を作ってるから。」
少し慌てたようにミアが言う。
ビアンカはまた誤魔化されたと思いつつ、話題を変える。
「ところでコラージョはどうするの?」
「もちろん連れて行くわよ。
あの子一人にできないし、
あの子じゃなきゃ証明できないこともあるしね。」
「でも、移動はスチームライナーよ。
客席には乗せられないでしょ?」
ビアンカは疑問に思う。
スチームライナーは、ローマン大陸横断鉄道最新の高速列車。
ネオ・ジェノバから首都カステルッチ
を2日で結ぶ。
最新の高速列車だけに料金も高額だ。
ミアが言う。
「大丈夫。
スチームライナーの利用者って
富裕層が多いでしょ?
お金持ちって旅行する時も
めちゃくちゃ荷物を
持って行くじゃない?
だからスチームライナーには
旅客だけでなく一両だけ専用の
貨物貨車が連結されてるの。
そこにコラージョを乗せて行くの。」
「コラージョを貨物に乗せて行くの?
それで.....いいの?
貨物料金もめちゃくちゃ高いんじゃ.....。」
ビアンカは心配になる.
「コラージョはね、
狭くて暗いところが好きなの。
だから問題ないわ。
料金も全部
サムおじさん持ちだしね。」
ビアンカは思った。
確かにこういった費用は、
経費となるはず。
コラージョは...
まるでコラージョを
猫族ケット・シーの
子供の様に語るミア。
そんなミアに違和感が
無くなってきている
自分に気付く。
「さあ!
工房に帰って出発の準備!」
張り切るミアに複雑な思いを
抱きつつ、
ビアンカはミアと店を出る。
今度の旅も、
ただの本部への顔出しでは
終わらない。
続く




