第6話「エージェント・サム」-共和国の使者
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ネオ・ジェノバ港。
朝霧の中、巨大な鋼鉄の軍艦が静かに停泊していた。
ローマン共和国海軍
艦名――《アルビオン》。
その甲板に立つ男は、黒のホンブルグ帽を軽く押さえ、港町を見下ろしていた。
エドワーディアン様式の三つ揃いのスーツ。
懐に携えるのは中折れ式のリボルバー。
ローマン共和国
国家保安情報局。
サム・ウエストレイク。
「……監視対象者の帰還を確認しました。」
海軍士官の犬族の男性が報告する。
サムは小さく頷いた。
「例の事故は?」
「資源管理局は
“蒼い蒸気暴走”として公式発表。
増幅炉の設計ミスという扱いです。」
「設計ミス、か……便利な言葉だ。」
帽子の影の下、灰色の瞳が細くなる。
「だが、蒸気核ではあの現象は起こらない。」
副官は小声で続ける。
「現場の諜報員からの報告で、設置されていたのは、我が国でも開発中の蒸気リアクター構造の増幅炉と思われます。
それらの報告に基づき、
我が国の科学者の見解によるとあの蒼い蒸気は.......
イオン風の暴走ではないかとのことです。」
蒸気石の蒸気に負電圧をかければ即座に
イオン化する。
科学者達はそれを“イオン風”と呼び始めた。
浮力を生むが、
制御が難しい危険な現象
この現象のおかげで、
この世界の航空技術が格段に進歩した。
今までレシプロエンジンのみの推力で、
この世界の高重力に逆らうのには限界があった。
サムは静かに言った。
「……蒸気リアクターで発生するくらいの電力、更にその施設には外部電力も取り込んでいた.....
そんな高電圧で、イオン風を発生させて、制御できない状態になれば....。」
視線は、港の側にあるミアの工房へ。
「その現象をあの程度の被害で収めた
彼女達とは.....」
サムはこのまま監視を続けるつもりだった。
だが報告を聞いて考えを変えた。
「....正攻法で行ってみるか。」
ここはネオ・ジェノバ。
港の側にあるミアの工房。
その前に大型のスチームバイクが
止まる。
レンガ造りの工房の扉を叩く
大柄の老人。
ドンドン!
「誰かしら?」
工房の中で黒鉄の猫...コラージョを
整備していたビアンカは工具を置き、除き窓を見る。
そこにはギヤ爺が立っていた。
「どうしたの! いきなり。」
ビアンカが扉を開けると
ギヤ爺が無言で中に入り、荷物を置いたかとおもうとソファに座り込む。
「管理局に依頼完了の報告に行ったのか?」
ビアンカは腕を組む。
「まだよ。今回はミアに報告書を書いてもらって
明日行くつもり。」
ビアンカがそう答えると
「あれ?なんでジジイがいるの?
ついに採掘場クビになったの?」
ミアが隣の部屋から報告書を持って出て来た。
「ホントにお前さんは口が悪いな.....
まあいい、今回の顛末を嬢ちゃん達に知らせようと思ってな.....」
「新聞で読んだわ。資源管理局で開発した増幅炉の設計ミスって。」
ビアンカはテーブルの上にあった新聞をギヤ爺の前に置いた。
「表向きはな....
だが、嬢ちゃん達も気づいたろ?
あの増幅炉を開発したのが
資源管理局ではないことを。」
「あの増幅炉は蒸気核仕様じゃなかったわ。
まだ実用化されていない蒸気リアクター構造だったもの。」
ミアがそう言いながら、報告書をテーブルに置いて椅子に座る。
「あの装置には社名は記載されていないが、アーリア・インダストリー社の意匠があった。
国の承認が得られない限り、
外国の装置は使えないからな....」
ギヤ爺は、ロングコートのポケットからスキットルを取り出し、おもむろに口にする。
「ちょっとジジイ!昼間っから何飲んでんのよ!」
ミアが頬を膨らます。
「アーリア・インダストリーって旧大陸の大企業ね。
確かデアベルトミッテ共和国....」
そう言ってビアンカも椅子に座る。
「デアベルトミッテ!」
「ミア!何か心あたりがあるの?」
ビアンカは突然何かを思い出した様なミアに尋ねる。
「ソーセージが美味しいのよ!」
ビアンカはため息をつく。
「....食べものから離れて。」
「ともかく、あの装置は不完全なものだった。それは管理局の上の連中も分かっているはずだ....」
そう言ってギヤ爺はスキットルを飲み干す。
「そうね。
あの装置は蒸気核ごと強制活性化する事を目的としていない...
まるで最初から暴走が目的みたい」
ミアが左手のブレスレットを触る。
ブレスレットに反応はない......
ミアはわずかに眉を寄せた。
いつもなら、何かしら応答があるはずなのに。
「なんだってそんな事を....
自分の保身しか考えていない
上の連中....
特に局次長のジュリアードはテメエの出世しか考えていない様なヤツだ。」
「今は分からないわ。
でも、誰かの思惑どおりに事が進んでいるはずよ。
ジジイ!今回の事故の責任は
誰になるの?」
「それだがな、まだ正式には決まっちゃいないが、おそらく局次長と開発部長のディクソンに何らかの処罰があるだろうが、それだけでは済まねえだろうな。
国民が不安がっているからな。
以前も蒸気リアクターがらみの事故を何度か起こしてる。」
ギヤ爺が自分の左手の義手を見ながら続ける。
「資源管理局を管轄している国も
非難されるだろうな。」
ミアは話に出てきた開発部長のディクソンの
名前を聞いて動揺する。
「ミア。報告書にはあの事故の件は書いたの?」
「.......。」
返事がない。
「ミア?」
「えっ!ああ、まさか!でもどうせまた私達にちょっかいだしてくるでしょうね。」
「....嬢ちゃん達がある意味その『誰か』の邪魔をしたからな....」
ギヤ爺はコラージョに視線を移す。
コラージョは尻尾をゆっくりと振っている。
「ミア?『どうせまた』って?」
ビアンカは不思議そうに尋ねる。
「採掘場に行く前に私達を襲って来た
『ヒャッハー団』
頭は悪そうだったけど、
専門的な訓練を受けた戦術だった。」
ビアンカは確かに...と思った。
戦術だけではない。
あの追撃用のブースターを装備したスチームバイク。
ただの野盗とは思えない......
「ジジイはこれからどうするの?」
「採掘場はしばらく閉鎖。
職員は他の採掘場へ移動。
俺はなんか嫌な予感がしてなあ。
休職する事にした。
嬢ちゃん達の話を聞くと
その予感があたりそうだな。」
「良かったら、私の仕事を手伝う?」
「チビ猫の仕事って、ガラクタ作りか?」
「ガラクタじゃないわよ! 発明品よ!」
ミアが頬を膨らまして言い返す。
そのとき。
コンコン。
工房の扉が叩かれた。
ビアンカが扉の向こうを覗く。
立っていたのは、
スーツを着た整然とした男。
「どちら?」
ビアンカは少し警戒しながら尋ねる。
男は帽子を取る。
「失礼。国家保安情報局の
サム・ウエストレイクです。
本日は蒼い蒸気の件で、
お話を伺いに来ました。」
そう言いながら
ニッコリと微笑む男。
続く




