第5話「蒼い蒸気の暴走」 ―坑道の底で目覚めるもの
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ウーーーーーーーーーー!!
サイレンが砕石場全体を震わせた。
変圧塔の上空で、蒼い蒸気が螺旋を描いている。
白煙ではない。
光を帯びた、粘るような蒸気。
「……あれは普通じゃない。」
ビアンカは反射的にライフルへ手を伸ばした。
「精製所から出ろ!」
ギヤ爺の怒声が飛ぶ。
「圧力波が来るぞ!」
次の瞬間。
ドォン!!
衝撃波が建物を揺らした。
窓ガラスが砕け散る。
その前に――
黒鉄の猫が滑り込んだ。
尻尾排気管が展開する。
メモリニウムが扇状に広がり、盾のように変形。
衝撃を受け止める。
蒼い蒸気が弾け、霧散する。
「……守った?」
黒鉄猫の喉が鳴る。
ゴロ……ゴロ……
だがそれは安堵の音ではない。
低く、硬い振動。
“警告”。
⸻
「制御室がやられた!」
ギヤ爺の義手が高速で回転する。
「上の連中が無理に起動させやがった……!」
「何を?」
「新型増幅炉だ。」
ミアの表情が凍る。
「蒸気核を強制過活性化……?」
「成功すりゃ蒸気石一個で都市が回る。」
「失敗したら?」
ギヤ爺は答えなかった。
代わりに、坑道の奥から音が響く。
キィィィィン……
蒸気でも金属でもない。
共鳴。
黒鉄の猫のライトが蒼へ変わる。
ミアのブレスレットが赤く点滅する。
「……これ、古代式。」
ビアンカの背筋が冷える。
「古代文明の技術?」
「蒸気核に似てる……でも違う。出力が異常。」
変圧塔から青い稲妻が走る。
地面がひび割れる。
「このままじゃ暴走する!」
「止められるの!?」
「理論上は!」
「理論上!?」
ミアはスチームパックを起動した。
キュィィィィン……
一瞬浮き上がり、すぐに停止する。
「坑道の中まで行くわ! 出力源を止める!」
「死ぬぞ、嬢ちゃん達。」
ギヤ爺の声が低く響く。
「死なない。」
ミアは即答した。
黒鉄の猫が前に出る。
尻尾がうねる。
“行く”と。
ビアンカは跨った。
「……行くわよ!」
蒸気が爆ぜる。
坑道へ突入。
⸻
内部は蒼い光で満ちていた。
歪む蒸気管。
振動する床。
奥に、巨大な円筒装置。
その中心で蒸気石が異様に輝いている。
「……あれが増幅炉。」
ミアの声が震える。
「蒸気核じゃない……リアクター構造。」
誰かが古代技術を模倣した。
無理やり。
「止め方は!?」
「圧力バルブを逆制御!」
「どこ!?」
「上!」
ミアはスチームパックを起動させ
上昇する。
その瞬間。
ドォォン!!
冷却配管が破裂した。
蒼い蒸気が噴き上がる。
破片が飛ぶ。
ガンッ!!
金属片がミアのスチームパックを直撃した。
ジェットが乱れる。
「ミア!」
推進が途絶える。
落下。
「キャーーーッ!」
地面に叩きつけられ、
意識が闇へ沈む。
⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻
暗闇。
ノイズ。
「––は—この––惑星––友人—–」
映像が断片的に流れる。
重力補正室。
白いカプセル。
知らない空。
「猫は連れて来られなかった。」
声だけが残る。
「冷凍睡眠に耐えられないからね。」
重い世界。
三倍の重力。
医学的処置。
初めて出会った
二足歩行の猫族。
翻訳機。
会話はできる。
だが――
名前が、翻訳できない。
犬族は鳴き声。
猫族は。
ゴロゴロ。
喉鳴らし。
「彼は猫族、
黒毛の少年だった。」
森。
巨大なイノシシ。
庇う影。
黒毛の少年。
勇敢な少年。
「君に名前をあげたい。」
沈黙。
笑顔。
「君の名は――」
ノイズが消える。
「コラージョ。」
勇気。
元気。
そして、勇敢。
私の故郷の言葉。
ゴロ……
それは、名前。
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「ミア!」
意識が戻る。
視界が揺れる。
ビアンカが自分を抱えている。
増幅炉はまだ唸っている。
蒼い蒸気が渦を巻く。
キィィィィィン……
共鳴が頂点へ達する。
その時。
黒鉄の猫が、吠えた。
ROOOOOOAR!!
蒼い蒸気が一斉に吸い寄せられる。
増幅炉とバイクが共振する。
制御。
蒼い光が収束する。
静寂。
増幅炉が沈黙する。
蒸気が消える。
「……止まった。」
ビアンカの声が震える。
坑道入口でギヤ爺が立ち尽くしている。
「嬢ちゃんら……何を持ち込んだ?」
黒鉄の猫のライトがゆっくりと通常色へ戻る。
ゴロ……
今度は、柔らかな音。
ミアは立ち上がる。
黒鉄の猫に触れる。
まだ微かに温かい。
「あなた……」
喉が震える。
「コラージョ、ね。」
勇気。
あの日の名。
ライトが、一度だけ強く瞬いた。
返事のように。
ゴロ。
増幅炉の中心。
砕けた蒸気石の奥で、古代紋様が淡く光る。
ミアのブレスレットが微かに反応する。
「観測完了。結果を保存します。」
小さな音声。
ギヤ爺が空を見上げる。
「上は黙っちゃいねえな……」
ビアンカは黒鉄の猫を見つめる。
「……あなた、一体何なの?」
蒸気の残り香の中。
黒鉄の猫は、ただ静かに喉を鳴らした。
続く。




