第4話「ギヤ爺」 ―変圧塔の唸り
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砕石場の門が軋んだ。
「……やっと着いたわね。」
ビアンカは肩を回した。
バイカーバンデットとの戦闘から半日。
回収した蒸気石サンプルを精製するため、
二人は北方採掘場へきた。
だが、門をくぐった瞬間。
黒鉄の猫のライトが、わずかに揺れた。
ゴロ……
低い振動。
「どうしたの?」
ミアがカウルを撫でる。
尻尾排気管が、ぴくりと反応した。
まるで――
空気の変化を探るように。
「止まりな! よそ者。」
背後から低い声。
振り返ると、白髭の大柄な老人が立っていた。
皮のロングコート。
左腕は蒸気駆動の義手。
無数の小さな歯車が露出している。
彼がギヤ爺と呼ばれる所以。
左腕を動かすたび、
キシキシと金属が噛み合う。
「なんだ、ハンターの嬢ちゃんか。」
「ギヤ爺!脅かさないでよ。」
ビアンカは息をつく。
「ジジイ久しぶり!」
「チビ猫も一緒か。
相変わらず口が悪いな。」
「あんたには言われたくないわ。」
ミアが頬を膨らませる。
「義手の調子は?」
ギヤ爺は一瞬、無言で義手を握る。
カチ、カチ、と歯車が正確に噛み合う。
「フン……まあまあだな。」
ミアがむっとする。
ビアンカが小声で囁く。
「それ、最高評価よ。」
だが。
ギヤ爺の視線は、すぐにバイクへ向いた。
「……なんだ、これは。」
しゃがみ込み、エンジン部を覗く。
その目が、わずかに細まる。
「こんな構造、見たことがねえ。
どこのメーカーだ?」
「メーカー? ないわ。」
ミアが胸を張る。
「この子は、わたしが組んだの。」
ギヤ爺の眉が、ぴくりと動く。
「……名無しの鉄屑か。」
「鉄屑じゃないもん!」
その瞬間。
黒鉄の猫の双眸が、赤く細く光った。
ギヤ爺は一瞬だけ黙る。
「……面白えカラクリだな。」
だがその声には、
警戒が混じっていた。
⸻
「今日は何の用だ。」
「新しい採掘ポイントを見つけたの。
サンプルの精製を。」
その言葉に、ギヤ爺の表情が曇る。
「……そうか。」
視線が、坑道奥へ向いた。
「また“上”が騒ぐな。」
上――資源管理局。
この若い国を動かす巨大機関。
蒸気石の埋蔵量は国の命綱。
それゆえに――
利権も、秘密も多い。
「精製所はこっちだ。」
歩き出すギヤ爺。
その背中は、どこか重い。
⸻
精製所に入ると、
機械音が反響する。
ビアンカはサンプル石を小型精製機へ投入した。
「十分で終わるわ。」
振り返ると。
ミアが窓の外を見ていた。
「……あんな建物あった?」
ビアンカも視線を向ける。
坑道入口の向かい。
以前はなかった建物。
屋根の上に、巨大な変圧塔。
無数の配線。
鉄箱の列。
「蒸気タービン?」
「違う。」
ミアの声が低くなる。
「変圧器……でも規模が大きすぎる。」
黒鉄の猫のライトが、ゆっくり青く変わる。
ゴロ……ゴロ……
今度は、喜びの喉鳴らしではない。
低周波の共振。
「……電圧が異常。」
ミアが袖を捲る。
ブレスレットを軽く叩く。
空中をなぞる指先。
だが今度は、
わずかに焦りが見える。
「ミア、それ何をしてるの?」
「……おまじない。」
言葉は軽い。
だが顔色は違う。
「この電力消費……蒸気核じゃ足りない。」
ビアンカの胸がざわつく。
蒸気核で足りない?
なら――
「まさか……リアクター?」
その瞬間。
黒鉄の猫のライトが一瞬、強く閃いた。
ブレスレットが、青から赤へ。
ミアの瞳が見開かれる。
「まずい……この出力は暴走する!」
次の瞬間。
ウーーーーーーーーーー!!
場内にサイレンが鳴り響いた。
地面が震える。
遠くの建物から、蒸気が噴き上がる。
だがそれは白煙ではない。
淡い青。
異質な光を帯びた蒸気。
「……あれは普通の蒸気じゃない。」
ビアンカが呟く。
ギヤ爺が制御室から飛び出してくる。
「クソ……やりやがったな、上の連中……!」
「何を?」
「聞くな!」
義手の歯車が高速回転する。
キィィィン……
坑道奥から、低い唸り。
蒸気でも、機械音でもない。
もっと深い。
黒鉄の猫が、尻尾を大きくうねらせた。
まるで――
“呼ばれている”かのように。
ミアが小さく呟く。
「……観測対象、起動。」
ビアンカは聞き取れない。
だが直感する。
これは事故ではない。
誰かが、何かを“動かした”。
そしてその何かは、
蒸気の時代を――
壊しかねない。
サイレンは鳴り止まない。
黒鉄の猫の瞳が、
静かに輝いた。
続く。




