第2話「名もなき鉄猫」 ―不機嫌なエンジン
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焚き火の火が、ぱちりと弾けた。
ミアとビアンカの2人は、スムーズに鉱脈調査を終え、蒸気石のサンプルを幾つか回収した。
ミアは地図も見ずに、的確に鉱脈の位置を把握し、採掘ポイントを数カ所発見する事が出来た。
サンプルの蒸気石は精製が必要なので、付近にある採掘場へ向かう事にした。
「この近くの採掘場だとギヤ爺のところね。」
ビアンカが地図を確認した。
「あーあのジジイね。」
2人とも面識のあるギヤ爺のところに行く前に日が暮れた為、野営する事となった。
ビアンカは焚き火の前で乾パンを食べながら、目の前の黒鉄の猫を見ていた。
フロントカウルの双眸は閉じている。
だがライトの奥が、かすかに明滅しているのが分かる。
「……やっぱり、見られてる気がするのよね。」
「気のせいよ。」
ミアは缶詰を抱えたまま答えた。
「この子、自己肯定感が高いだけ。」
「機械に自己肯定感なんてあるわけないでしょ。」
言い返しながらも、ビアンカは思う。
撫でると喉を鳴らす。
拗ねると蒸気を吐く。
褒めると加速する。
それは偶然なのか。
それとも――
「ねえ、ビアンカ。」
唐突にミアが顔を上げた。
「この子の名前、つけましょ。」
「……は?」
「いつまでも“バイク”じゃ可哀想でしょ。」
焚き火の向こうで、尻尾排気管がぴくりと動いた。
気のせいかもしれない。
「そうね……」
ビアンカはノートを取り出した。
ペンを走らせる。
書かれたのは...
蒸気駆動式汎用二輪機一号。
「長いわよ。」
ノートを覗き込んだミアが
即座に突っ込む。
「じゃあ、ボイラー・タンク・Mk-II。」
「兵器みたい!!」
ビアンカは不満げに唇を尖らせる。
「歴史に残る名前よ?」
「残らなくていいわよ。」
その瞬間。
ボフッ!!
黒煙。
ビアンカはむせた。
「嫌がってるわよ!?」
「機械が?」
パァン!!
今度はマフラーが小さく爆ぜた。
ミアが立ち上がる。
「よし、私が考える!」
嫌な予感がした。
「『肉まん丸』!」
シューーー……
バイク全体から蒸気が漏れる。
「機嫌悪くなってる!」
「じゃあ『マグロステーキ号』!」
バンッ!!
「今の完全に抗議よね!?」
「えー……」
ミアは本気で悩み始める。
「『カステラ一号』?」
プスッ。
小さな蒸気。
「……美味しさ基準やめなさい。」
ビアンカがため息をつく。
「じゃあ……」
ミアが最後に放った。
「『エビ天ブラスター』!」
ガコンッ!!
突然、バイクが前進した。
二人から距離を取り、そっぽを向いて停止する。
尻尾がゆらりと揺れた。
まるで――怒っている。
「……拗ねたわね。」
ビアンカは確信した。
ミアは腕を組む。
「美味しそうなのに。」
「それ基準で決めないの!」
焚き火が小さく揺れる。
東の夜空に瞬く星々。
その方角に、
古代文明が存在したという。
二千年前、化学技術の暴走で滅んだ文明。
ミアはその遺跡で何を見たのか。
彼女は語らない。
だが、時々。
ブレスレットが青く光る。
その光は、バイクのライトと同期しているように見える。
「……ねえ、ミア。」
「なに?」
「この子、本当にただの機械なの?」
ミアは少しだけ黙った。
そして、笑った。
「どうかしら。」
その曖昧な答えが、妙に引っかかった。
そのまま夜は更けていく....
次の朝....
2人が出発の準備をしていた
そのとき。
ミアの耳がぴくりと動いた。
「……来る。」
「何が?」
「エンジン音。五、六台。」
ビアンカは双眼鏡を取り出す。
遠く、丘の向こうに土煙。
先頭の男はモヒカン頭。
「……厄介ね。バイカーバンデット。」
ミアが双眼鏡を覗き込む。
「間違いないわ。“ヒャッハー団”。」
「知ってるの?」
「初めて見た。」
「じゃあなんで分かるのよ。」
「モヒカンだから。」
真顔だった。
「……根拠になってないわ。」
だが、彼らは真っ直ぐこちらへ向かっている。
距離、およそ三百メートル。
逃げれば振り切れる。
このバイクなら。
だが――
「ビアンカ、ライフル出して。」
「無茶よ。この距離じゃ。」
「大丈夫。」
ミアはスチームパックを下ろした。
黒いホースを取り付ける。
「これを銃床の下に差して。」
「そんな穴……」
あった。
見覚えのないコネクター穴。
「……いつの間に改造したの。」
ミアは、にやりと笑う。
その笑みは、
遠くのモヒカンよりも悪そうだった。
「あ、あとこの銃弾を使って。」
ビアンカに手渡されたのは、
圧縮蒸気ガスが収まる薬室のない
弾頭のみで出来ている銃弾。
「これ蒸気圧縮弾を使わないの?」
「それよりも強力よ。
よし!試作型スチームリアクター接続。
高圧出力モード。」
ホースを接続した瞬間、
ライフル内部が低く唸った。
空気が震える。
黒鉄の猫のライトが、
ゆっくりと細くなる。
まるで、照準を合わせるように。
遠くで。
「ヒャッハー!!」
本当に叫んだ。
ミアが小さく呟く。
「ほらね。」
ビアンカは深く息を吸った。
レバーアクション式ライフル独特の動作で、
薬室に銃弾を装填。
引き金に指をかける。
蒸気が、世界を動かす。
だが――
今、世界を撃ち抜くのは。
蒸気だけではない。
別の力。
「……いくわよ。」
黒鉄の猫が、
静かに喉を鳴らした。
続く。




