9. 兄妹
アンネリーゼは真剣な表情で目の前の男を見ている。
男はそれを気にする素振りもなく、淡々と自身に与えられた仕事をこなす…仕事人の顔だ。
「ふむ…アンネリーゼ様、だいぶ回復されましたね」
「と、いうことは…」
「ええ、もう外に出ていただいても大丈夫でしょう」
男の言葉を聞き、アンネリーゼは眉間に深く刻まれていた皺が解け、花が咲くようにパッと笑顔になった。
「苦節一週間…本当に…本当に長かったですわ…」
例え一週間と言えど、何かしらしていての一週間と何もしていない一週間では体感時間が全く違う。
暇を持て余していたアンネリーゼにとっては苦痛以外の何物でもない一週間だった。
アンネリーゼは小さく拳を握り、強く閉じた瞼には薄っすらと涙が滲んでいる。
「苦節と言うには短いとは思いますが…泣く程ですか?」
「当然ですわ!リハビリ以外ほぼベッドの上の生活がどれ程苦しかったか…聞くも涙語るも涙ですわ!」
「…そこまで元気なのでしたらもう安心でしょう。
それにしても、殿下は変わられましたね…以前はやや引っ込み思案なところがありましたが、今はお優しいところは変わっておりませんが御立派になられたと言うかヤンチャになられたと言うか…」
「私、決めましたの…魔力を失ったのならば体力を付ければ良いじゃないと」
「どういう理屈ですかそれは…まあ、前向きなのは良い事ですが、ご無理だけはなさらぬようお願いいたします。
では、両陛下へのご報告がありますので、私はこれで失礼いたします」
「え、ええ…ありがとうございました…」
深々と一礼し医師が退室する。
それを見送ったアンネリーゼは、悲しげな表情でカミラをを振り向いた。
「あの方、何故か私への当たりがそっけなくはないかしら?」
「いや、当然だと思うんですが…他の人達も心配してましたよ?アンネリーゼ様は本当は魔力を失ったことを気にしてるけど、周りが心配しないように敢えて明るく振る舞ってるんじゃないかーとか…」
「もう!気にしなくて良いと言ってますのに!」
「それだけアンネリーゼ様をお慕いしているんですよ」
それはありがたいのだけど…と呟き、アンネリーゼは口を尖らせる。
不服そうなアンネリーゼにカミラが苦笑していると、ノックも無しに弾かれるように扉が開かれ、アレクサンダーを幼くしたような、元気という言葉が具現化したような赤毛の少年が飛び込んで来た。
「アンネリーゼ!出歩けるようになったとは本当か!?」
「こら、レディの部屋に許可なく入ってはいけないよ…」
アレクサンダー似の少年の背後には、ヒルデガルドとアンネリーゼに似た金髪の少年が困ったように笑いながら立っていた。
「ギルベルト兄様!?クラウス兄様!?」
いきなりの訪問にアンネリーゼが驚いていると、赤毛の少年が駆け寄り、アンネリーゼを強く抱きしめた。
「アンネリーゼ、すまなかった!俺が付いていながらあんなことにっ…!!」
「ク、クラウス兄様…苦しいわ…ギルベルト兄様…た、助けてくださいまし…」
「こら、クラウス!アンネリーゼを放しなさい!」
目をギュッと瞑りアンネリーゼに抱きつき、今の状況にまったく気付いていなかったクラウスは、ギルベルトに注意され慌てて離れる。
解放されたアンネリーゼの白い頬はピンク色に紅潮し、肩で息をしていた。相当苦しかったのだろう。
「はぁ…はぁ…また寝込むかと思いましたわ…」
「すまない、大丈夫かアンネリーゼ!」
クラウスは声がデカい。
ひと言ひと言が酸欠状態のアンネリーゼの頭に響く。
「こら、少しは静かにしなさい…」
ギルベルトにまたもや注意され、クラウスは口をモゴモゴと動かしつつも大人しくなった。
深呼吸をして落ち着いたアンネリーゼは咳払いをし、二人を見て微笑み頭を下げた。
「んんっ!…お久しぶりですギルベルト兄様、クラウス兄様。長くご挨拶も出来ず申し訳ありませんでした」
「いや、構わないよ…僕も体調を崩していたし、父上と母上からも君の体調が落ち着くまでは控えるようにと言われていたんだけど、先程やっと許可が降りてね…。
僕達の方こそお見舞いが遅くなってしまって申し訳ないと思っていたんだ…ね、クラウス」
「はい…俺と一緒にいた時にアンネリーゼがあんな事になってしまって…なのに、父上と母上からは行くなと言われていたんだ…。アンネリーゼ、本当にもう大丈夫なのか?」
ベッドに座っていたアンネリーゼは立ち上がると、ゆっくりと自らの足で歩きクラウスに近付くと、今度は自ら優しく抱きしめた。
ギルベルトは目を細め、そんな弟妹の姿を優しく見守っている。
「ご覧の通り、私は自分で歩けるくらいに元気になりましたわ…ですから、もうご自分を責めないでくださいませ」
「でも、俺のせいでお前の魔力は…」
「兄様のせいではありませんわ…誰のせいでも…いえ、強いて言うなら無理をしてしまった私のせいですわ。
ですから、兄様が気にする事など一つも無いのです…どうかもう泣かないでください。ね?」
クラウスは、自分が守るべきと思っていた妹が魔力暴走を起こしてからの三ヶ月以上もの間、会うことが禁じられ、謝ることも出来ず、ただひたすらに自分の責任だと己を責め続けていたのだろう。
そんな不器用ながらも優しい兄の心に、アンネリーゼは胸が暖かくなるのを感じる。
「父上達が仰っていたけど、アンネリーゼは本当に見違えるくらい成長したね。何だか僕よりも歳上の様に感じるよ」
ギルベルトの何気ないひと言に、クラウスを抱きしめていたアンネリーゼの肩がビクリと動く。
「何処の国でしたか、男子三日会わざれば刮目して見よという言葉があるらしいですわよ!」
「…?アンネリーゼは女だろう?」
「…クラウス兄様、女性だって三日もあれば成長しますのよ?」
「そ、そうか…」
アンネリーゼの瞳にただならぬ圧を感じ、クラウスは若干引き気味に頷く。
ギルベルトはそんな二人を見て笑い、何かを思い付いたように手を叩く。
「アンネリーゼ、やっと外出許可が出たんだろう?」
「え、ええ…先程やっと…」
「では、僕達二人にエスコートをさせていただけませんかレディ?」
ギルベルトはアンネリーゼに手を差し伸べ微笑み、クラウスも慌ててギルベルトと反対の手を差し伸べた。
それを見たアンネリーゼは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、はにかみながら笑う。
「ふふっ、素敵なお誘いですわね」
そう言うと、アンネリーゼは二人の手の平に自分の手を重ねた。




