79. 都市
オイレンブルク侯爵領を訪れて一週間が経ち、アンネリーゼ達は今ある場所に向かっている。
そこは侯爵家から北東に三日程の距離にある村…以前アンネリーゼの助言により魔物の襲撃を免れた開拓村だ。
本来、今回の侯爵領訪問の日程に開拓村へ赴く予定は無かったのだが、村を救った恩人であるアンネリーゼが侯爵領を訪れる事を知った開拓村の村長や村民達から是非見に来て貰いたいと要望があり、急遽予定に組み込んだのだ。
ただ、この件に関して唯一人難色を示した者がいた…オイレンブルク侯爵領領主のコンラートだ。
開拓村を任せたとは言え、平民である者達が事前の相談も無く帝国の第一皇女であるアンネリーゼを迎えたいという事に納得がいかなかったのだ…それが例え救われた村がどの様に発展したかをその目で見てもらいたいという純粋な思いであったとしてもだ。
だがそんなコンラートを嗜めたのはアンネリーゼだった。
アンネリーゼ曰く、いつもの事だが訪問まで時間が無かったのは自分の落ち度であり村民達が要望を出す時間が無かったのも自分に責任である事、本来の目的であったリーゼロッテの愛馬選びも早々に終わったため時間がある事、そして、見て貰いたいと思える程に発展したのは開拓村の者達の弛まぬ努力と民から慕われるコンラートの領地運営と人柄の賜物である事を告げ、是非見てみたいと要望を快諾したのだ。
馬車に揺られるアンネリーゼが窓の外を見ると、鉱石を積んだ荷馬車とすれ違う台数が増えて来た…開拓村まで後少しの距離なのだろう。
車内に目を戻したアンネリーゼは、向かいの席で互いに支え合う様に肩を預けて寝ているリーゼロッテとレベッカを見て苦笑する。
「こんなに揺れる中で寝られるなんて凄いわね」
「先程まではしゃいでいらっしゃいましたからな」
アンネリーゼの隣に座っているコンラートは寝ている二人が冷えない様に掛けていたブランケットを掛け直し、優しい表情を浮かべる。
「貴方のところは子息が二人いるわよね、もしかして娘も欲しかった?」
「そうですな…息子が二人生まれて後継には困りませんでしたし欲を申せば欲しかったとは思いますが、今は孫に期待しております」
「祖父バカになったりしてね。かく言う私は姉バカだけれど」
「祖父バカでございますか…それは否定しきれませんな」
二人はリーゼロッテ達を起こさぬように小さく笑うと、馬車を引く馬の蹄の音に耳を傾ける。
「落ち着くわね…二人が眠ってしまうのも頷けるわ」
「ええ、時間を忘れてしまうのが玉に瑕ではありますが」
「祖父バカとか姉バカ以前に馬バカよね私達…」
「不治の病のようなものですな」
「言えてるわ…まあ治すつもりはないけれど」
「わたくしもでございます」
「あら、速度を落としたわね…そろそろ着くかしら?」
「はい、見えてまいりました」
コンラートに促され窓を開け顔を出して外を見たアンネリーゼは数回瞬きを繰り返し目を擦ると、車内に顔を戻して深呼吸をした。
「ふぅ…コンラート、確か開拓「村」と言っていたわよね?」
「はい」
「村の定義について一度話し合わないといけないと思うのだけれど…あれって都市の間違いではないわよね?」
「都市として認めていただくため陛下へ上奏しているのですが、発展速度がわたくしの想定を超えていたため裁可が間に合わず、一応まだ名目上では村なのです…。
これはもちろん村民の努力もあるのですが、鉱山開発のため人手を募った結果、その噂を聞きつけ働きたいと言う者達が集まり、そこに商機を見出した商人達が店を出し、そして男が増えれば春を鬻ぐ女も需要がございますので都市部から娼館が進出して来たりと最早わたくしの手に余る発展を遂げております…」
「ご子息のどちらかを呼び戻してはどう?流石にあの規模は貴方一人で対応するには手に余るでしょう…このままだと貴方自身が身体を壊しかねないし、何よりそれだけ人が増えたのなら必ず面倒事が起きるわよ?
ご子息は二人とも優秀と聞いているから次の外務卿もどちらかが就く事になっているのでしょうけど、跡目が既に決まっているのならもう一人のご子息にここを分割相続させたらどうかしら?どうせ外務卿として働きながら馬産も鉱山開発もとなると一人では管理しきれないのだし…貴方ですら無理なのに、跡目を継ぐご子息に全て任せては可哀想だわ」
アンネリーゼが真面目な表情で伝えると、コンラートは深く頷きため息を吐いた。
「殿下の仰る通りです…わたくしもそう思い息子達に声を掛けてはいるのですが、どちらもまだ任官して日が浅くやっと慣れて来たところでもあるため、経験を積ませてやりたいという親心もあるのです…」
「分かったわ…私からもお父様に優秀な者を補佐に就けるようにお願いするから無理はしないでちょうだいね。
どうせ私の方はすぐにどうこうなるものではないのだから貴方の判断で後回しにしても構わないわ…それよりも貴方に倒れられる方が私にとっては痛手だもの」
「ご配慮いただき感謝いたします…なるべく穴を開けないようにいたします」
アンネリーゼは真面目なコンラートらしい返事に苦笑し、目の前まで迫った防壁を見上げた。
「それにしても、よく数年でここまでの防壁を築けたわね、侯爵領の領都の防壁とどちらが高いかしら…やっぱりこれは魔物対策なのかしら?」
「ええ、近隣の魔物は全て排除いたしましたが、ここは北の辺境に近くまたいつ現れるか分かりませんので優先して造らせました…とは言えあまりに人が増えたため当初の計画より増築する羽目になりましたが」
「今は絞っているのでしょう?なら問題ないわよ…最悪それでも増えて防壁の外に住み着く人が出て来た時は、近くに新たな村を作って農業や侯爵領が慣れている畜産に力を入れてもらうのも良いわね。
鉱山のような地下資源に頼り切ってばかりだといずれベルタンの様に行き詰まるわ…そうならないためにも早い段階で生物資源にも力を入れ、特産になる物を開発しておくべきだわ」
「はい、そちらも他の者達と相談し、今後の対応については現在協議中でございます」
「ふふっ、流石にコンラートは仕事が早いわね。
正直私が貴方達の領地運営に口出しをするのはいけない事と理解してはいるのだけれど、困った時は言ってちょうだいね…相談くらいならいくらでも聞くわ」
「殿下は斬新な発想をお持ちですから、お言葉に甘え頼りにさせていただきます」
「ふふっ、是非そうしてちょうだい。
さて、そろそろ二人を起こしましょう…村を見た時の反応が楽しみね」
アンネリーゼは夢の中にいるリーゼロッテとレベッカの肩を揺らして声を掛ける。
「ほら、もう村に着くから起きなさい」
「う〜ん…まだ眠いですわ…」
「んにゅ…」
相変わらずの寝覚めの悪さに呆れ、アンネリーゼは怪しい笑みを浮かべて二人の耳元でボソリと呟く。
「…貴女達の寝顔が衆目に晒されているわよ」
「!?」
レベッカが目をカッと見開き、隣で寝ているリーゼロッテの肩を揺らす。
「リーゼロッテ殿下!起きてくださいまし!」
「おはようレヴィ、一応は王女としての自覚は残っていたのね?」
「あ、貴女騙しましたわね!?」
「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい…もう村に入るわよ?」
アンネリーゼが窓の外を指差し、レベッカは外を見て目を丸くすると、ゆっくりと振り返った。
「あの…開拓「村」とお聞きしていたと思うのですが…」
「ええ、ちゃんと「村」だそうよ…今のところは。
良かったわね、私が起こさなかったら本当に寝顔を見られていたわよ」
「それは感謝していますわ…ほら、リーゼロッテ殿下も起きてくださいな」
「んんっ…おはようございます…」
「おはようリーゼ、外を見てごらんなさい」
「はぁい…」
言われるがまま外を見たリーゼロッテは手を振る人々を見て一瞬固まったが、目を輝かせて振り返った。
「お姉様、人がいっぱいですわ!」
「ええ、私達を歓迎してくれてるの。貴女も皆に手を振って応えてあげなさい」
アンネリーゼは歓迎する民達に手を振り微笑む。
リーゼロッテとレベッカも笑顔で民の声に応える。
「今この地にこの笑顔があるのは全て殿下のお言葉あってのことでございます」
「そうね…そうなら嬉しいわ」
コンラートの言葉に頷いたアンネリーゼはもう一度民に目を向け、自身の提案で守ることが出来た笑顔に嬉しさが込み上げた。




