78. 選択②
リーゼロッテは自身の選んだ子馬に近寄り、アンネリーゼの教えを守り手の匂いを嗅がせて首を撫でる。
その子馬は献上用としてコンラートが選んでいただけによく躾けられており、まだ慣れていないリーゼロッテ相手でも大人しく撫でられている。
リーゼロッテが選んだのは芦毛の子馬で、アンネリーゼは少し意外に思った。
「貴女はその子が良いのね?」
「はい!」
「理由を聞いても良いかしら」
「お姉様のお話を聞いてこの子が良いなって思いました…色が変わっていくのを見てみたいなって…」
「なら大事にしてあげてね、分からない事があれば私が教えてあげるから。
ふふっ、来年この子が来る時にはどのくらい変化しているのかしらね」
「楽しみ!」
「そうね、この子が来たら一緒に遠乗りに行きましょうね…まあ、その前にたくさん練習しないといけないけれど」
リーゼロッテはアンネリーゼの言葉に鼻息荒く頷き、やる気に満ちた目で芦毛の子馬の首に抱き付いた。
「これではどっちが懐いてるのか分からないわね…」
「ふふっ、良いではないですか…それだけ嬉しいのでしょう」
レベッカは呆れるアンネリーゼに苦笑し、リーゼロッテと芦毛の子馬を優しく見つめる。
「確かに私もあの子達に会えた時は嬉しかったし、リーゼロッテ事は言えないわね」
「そう言えば一つお聞きしたいのですが、選ばれなかったこちらの白馬はどうなるのですか?」
レベッカに尋ねられ、アンネリーゼは白毛の子馬の首を撫でる。
「コンラート、この子は繁殖に回すの?」
「しばらくはこちらで調教を行い、下賜などが無ければ繁殖に回す予定でございます」
「そう…」
アンネリーゼは子馬の首を撫でながら俯いて思案し、コンラートを見た。
「コンラート、この子をレヴィに贈っては駄目かしら…」
「何を言ってますの!?」
「そ、それは流石に陛下の許可が無ければ難しいかと…」
アンネリーゼの突拍子も無い提案にレベッカは驚き、コンラートも冷や汗を流した。
だが、アンネリーゼは至って真面目な表情で2人を手招きすると、リーゼロッテに聞こえないように声を顰めてその意図を説明する。
「難しい事は私も理解しているのよ…でも、帝室の人間と帝室に認められた者しか乗ることが出来ない馬をレヴィに贈れば、私達の仲が親密であると周知出来るのではなくて?
私達は今お互いを愛称で呼び合っているけれど、それだけではまだ弱いと思うの…この国にとって宝とも言えるこの子を贈れば、帝国はレヴィに、果てはベルタンに対しても友好的であるとアピール出来ると思うのだけれどどうかしら?」
「それは確かにそうかもしれませんが…」
2人が困惑しているのを見て、アンネリーゼは更に話を続ける。
「それともう一つ理由があるわ…帝国内の裏切り者達の黒幕を混乱させてやろうと思っているの」
「あら、それは…面白そうですわね」
「詳しくお聞かせください」
アンネリーゼは二人の反応にニヤリと笑い、石を二つ拾い上げて手の平に並べた。
「この二つの石を水の入ったカップだとして、右のカップに泥水を一滴混ぜたら二人はどちらを飲むかしら?」
「左に決まっていますわ」
「左でございます」
「そうね、緊急時でなければ私でも左を飲むわ…じゃあこうしたらどう?」
アンネリーゼは二つの石を上に放り投げると、落ちて来た石を両手で一つずつキャッチし、中を見せないまま二人の前に差し出した。
「さあ、これならどちらを選ぶ?」
「それは…分かりませんわ」
「申し訳ございません、私も選べません…」
二人の答えを聞いたアンネリーゼは苦笑すると、手に持っていた石を地面に落とし手に着いた土を払った。
「でしょうね…私は黒幕にこれと同じことをしたいの。
ここしばらく私は派手に動いていたし、そいつは十中八九私が気付いていると考えてるはずよ…そこで私がレヴィを愛称で呼び、しかも帝室専用に近い馬を贈ったとしたらどう思うかしら?私が気付いているのか、気付いていないのか、気付いていながらレヴィと親密になっているのか…疑心暗鬼にさせたらそれだけそいつを油断させられるわ。
それにレヴィは表向きは休養の為、ベルタンには私との仲を深める為に帝国に残ったという事になっているわ…他国にこの品種の馬を贈るなんて前代未聞、この子以上に友好の証となるものは無いと思うの…あ、もちろんただ油断をさせる手段としてこの子を贈る訳じゃないわよ?純粋に私がレヴィに贈りたいというのも本心よ」
アンネリーゼの話を聞き、俯き唸っていたコンラートが顔を上げた。
「仰りたい事は理解いたしました…確かにこの子程適したものは無いでしょう。ただ、陛下をどの様に説得なさるおつもりですか?」
「どうせ先に言っても反対されるだけなんだから事後報告に決まっているでしょ?」
「……はぁ!?」
まともな答えが返ってくると思っていたレベッカは、アンネリーゼの答えに素っ頓狂な声を上げた。
コンラートは眩暈がしたのか手の平で顔を覆い空を見上げている。
「この子がレヴィを気に入って離れようとしなかったとでも言って連れて帰れば良いわ。既成事実さえ作ってしまえばこっちのものよ…どうせ怒られるのは私なんだし」
「怒られる前提ですか…」
「隠れんぼの時みたいに言い訳出来ないものでなければいくらでも誤魔化せるわ…しばらくの間は懐がだいぶ寂しくなるだろうけど、貴方にとっても悪い話じゃないでしょ?」
「まあ、それはそうですが…エマの件で私もそれなりの処罰は受けるでしょうし、何かしら目に見える成果があった方が良いのは確かです。ですが、貴女に犠牲になっていただいてまで得たいとは思いませんわ」
「何を言っているの?貴女はこの国に来て私に接触した時点で大きなリスクを負っているし、ある程度結果で答えてくれたわ…なら私も何かしら返さなければフェアじゃないわ。
片方だけが貰ってばかりの関係なんて健全ではないし、それに慣れて常態化してしまえば長続きしないでしょ?だから気にせずお互い様と思えば良いわよ」
「…分かりましたわ」
レベッカはまだ完全には納得していなかったが渋々と頷き、アンネリーゼは白毛馬の子馬を撫でながらコンラートを見た。
「コンラート、この子の調教はどのくらい進んでいるの?」
「性格は穏やかで従順、非常に物覚えが良く噛み癖やさく癖も無いため騎乗訓致に関してはほぼ終えております…敢えて不安な点を申し上げるならば、もう少し人を乗せて走る事に慣れさせたいと言ったところでしょうか」
「そう…なら残りは私が引き継ぐから、念の為帝都に戻るまでに気になる点をまとめておいてちょうだい。
さてレヴィ、帰ったら特訓だから覚悟しておいてね?」
「へっ?貴女が乗るのではないのですか?」
「貴女は何を言っているの…貴女の馬になるのに私に慣れさせてどうするのよ。
ただ、最初から一人で乗るのは危ないから私が手本を見せるし、ベルタンからの迎えが来て貴女が帰国するまでの間は付きっきりで指導するわ」
「く、くれぐれもお手柔らかにお願いしますわね…」
レベッカの表情が一瞬引き攣ったのを見逃さず、アンネリーゼは苦笑する。
「安心して、剣の訓練みたいに厳しくはしないわよ…もちろん落馬は命に関わる事もあるし危険な行為を見逃すつもりはないけれど、馬は意思のある生き物だし乗り手の感情を背中で感じられる程に敏感だから、貴女自身が楽しまなければ馬も不安になってしまうわ…これから長い間一緒に過ごすのだもの、どうせならお互い楽しめるようにしたいでしょ?」
「はい、よろしくお願いします…努力いたしますわ」
アンネリーゼはレベッカの前向きな返事に満足気に頷くと、まだ芦毛の子馬と戯れているリーゼロッテの元に歩いて行く。
レベッカとコンラートは一抹の不安を抱えながらも、アンネリーゼがヒルデガルドから叱られるのを想像してため息を吐いた。




