73. 友人
ヒルデガルドに旅行の許可を得てから2ヶ月が経ち、アンネリーゼはレベッカとリーゼロッテを連れてオイレンブルク侯爵領へとやって来た。
この2ヶ月の間、アンネリーゼはヒルデガルドの助けを得ながら渋るアレクサンダーに我儘を押し通し、ベルタンの使節団が帰国するのを待ってからコンラートへ今回の訪問の件を伝えたりなど何かと忙しく過ごしていた。
レベッカはレベッカで帰国する使節団に手紙を持たせ、アンネリーゼとの親交を深めベルタンへの警戒を薄めさせるという名目で帝国に残る事を伝えた。
帝国内の反乱分子に関しては暗殺者騒ぎの後徹底的に捜査がなされ、いくつかの貴族家から内通の痕跡が発見されて今も取り調べが続いているが、それ以外は目立った収穫はない状況だ。
ただ、アンネリーゼもそれを黙って静観していた訳ではなく、テオバルトに指示を出し、取り調べなどが終わり敵が気を抜く隙を見計らいリストに記載されていた貴族家の調査をするようにしている。
そして今回、コンラートからもベルタンに潜入していた部下が得た情報で急ぎ伝えたい事があるとテオバルトを通じて連絡がきている…何かしらの進展があると感じたアンネリーゼは旅行以上にこの日を心待ちにしていた。
「やっと着いたわね!戻って来たわよオイレンブルク侯爵領!!」
「来たわよー!」
コンラートの屋敷に到着し、アンネリーゼとリーゼロッテが馬車から飛び降り歓喜の声を上げる。
レベッカはジェラールの手を取りゆっくりと下車すると、そんな2人を見てため息を吐いた。
「お2人は本当にお元気ですわね…」
「当然よ!この日をどれだけ待ち侘びたと思っているの!?馬よ!今年生まれたばかりの子達が私達を待っているのよ!」
「圧が…圧が強すぎますわ…」
詰め寄るアンネリーゼから距離を取り、レベッカが疲れ果てた表情で項垂れる。
すると、扉の前でそれを邪魔しないように見守っていたコンラートがくつくつと笑い頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました。こうして幾度も足を運んでいただけるとは馬産をしていた甲斐があるというものです」
「久しぶりね、今年の子達はどう?」
「どの子も良く育っております…もちろんリーゼロッテ殿下へ贈らせていただく馬達も健康そのものでございます」
「良かった…会えるのが楽しみだわ。
ああそうだったわ、こちらベルタンのレベッカ王女殿下よ」
「私はついでですか!?」
レベッカは食ってかかりそうになるのを必死に抑え込み、コンラートに向き直ると和かに微笑んだ。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません…ベルタンの第二王女レベッカと申します。オイレンブルク卿にお会いできて光栄ですわ」
「こちらこそご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません…オイレンブルク侯爵家当主コンラートと申します。
随分とアンネリーゼ殿下と打ち解けていらっしゃる…苦労なされるでしょう?」
「ええとても」
「ちょっと!?」
アンネリーゼの反応を見てレベッカは顔を背け、コンラートはくつくつと笑ってリーゼロッテに頭を下げた。
「リーゼロッテ殿下、お久しぶりでございます。
アンネリーゼ殿下に続きリーゼロッテ殿下にまで我が領の馬を選んでいただける事、幸甚の至りにございます。
殿下の為良い馬を選りすぐっておりますので、是非ゆっくりとご覧ください」
「あ、あの…よ、よろしくお願いします…」
リーゼロッテはアンネリーゼの後ろに隠れ、もじもじとしながら頭を下げた。
普段人見知りをしない芋の姿にアンネリーゼが首を傾げると、リーゼロッテの侍女が耳打ちをして来た。
「最近何かとアンネリーゼ殿下と比べられる事があり、あまりお会いしない方を前にすると緊張してしまうようなのです…」
侍女の言葉を聞き、アンネリーゼはリーゼロッテの前にしゃがんで頭を撫でる。
「他人の言う事なんて気にする事は無いわ…貴女は貴女らしく育ってくれれば良いのよ。
それに、私みたいなのがもう一人増えてしまったら皆んなが困ってしまうわ…ねえコンラート?」
「困る困らないについては返答は控えさせていただきます…ですが、アンネリーゼ殿下の仰る通り人は人、自分は自分でございます。
それにしてもアンネリーゼ殿下と比べるなど酷な事をする者がいたものですな…」
「そうね、帰ったら誰が言ったか調べて注意するわ…他者と比べて劣っていると言われて傷付かないはずがないのに…ましてやそれが姉とだなんて無神経にも程があるわ」
「そうですな…アンネリーゼ殿下は常識からはかけ離れておりますから」
「何よ、私を腐すのが最近の流行りなの?出るとこ出るわよ?」
「そ、そのような意味で申した訳ではございません!」
アンネリーゼに睨まれ、コンラートが慌てて首を振る。
いくら高位貴族とは言え、自国の皇女に睨まれては生きた心地がしないだろう。
冷や汗を流すコンラートを見て苦笑したアンネリーゼは、もう一度リーゼロッテの頭を撫でて立ち上がる。
「冗談に決まってるじゃない…貴方には色々とお世話になってるんだし多少の事で怒ったりはしないわ」
「さ、左様でございますか…流石に肝が冷えました」
コンラートが安堵して肩を落とすと、レベッカが遠慮がちに手を挙げる。
「あの、アンネリーゼ殿下がリーゼロッテ殿下と同じくらいの歳の頃はどの様な感じだったのでしょう?」
「私?私はそうね…それはそれは可憐でお淑やかな花の様な少女…なんて事はなくて、今も昔も変わらないわよ」
「今も昔もお美しいとは思いますが、昔から非常に大人びていらっしゃいました」
「あらお上手…お世辞と分かっていても褒められるのは気分が良いわ」
「要するに昔からこうだったと…周りの方々はさぞ苦労されたのでしょうね」
「可愛いでしょ?」
アンネリーゼがウインクをすると、カミラを始め昔からアンネリーゼを知る者は皆顔を背けた。
「と、取り敢えず長旅でお疲れでしょうしどうぞ中へ!」
アンネリーゼが周りに睨みを効かせようとしたのに気付き、コンラートが慌てて屋敷に案内する。
「チッ…」
「リーゼロッテ殿下が見てますわよ…」
舌打ちをしたアンネリーゼを嗜め、レベッカはため息を吐いて屋敷に入る。
それぞれ使用人達に部屋に案内され荷物を片付けると、リーゼロッテは流石に慣れない長旅で疲れていたのかベッドに飛び込んだ途端寝息を立て始めた。
リーゼロッテの侍女から寝てしまったと報告を受けたアンネリーゼは今回同行しているターニャとガーランドを連れてレベッカの部屋に行き、カミラとジェラールを含めた6人でコンラートの執務室を訪ねる。
「コンラート、少し良いかしら?」
「これは殿下、どうぞお入り下さい」
「着いて早々ごめんなさいね、リーゼロッテが寝てしまったから今のうちに色々と話しておきたくて」
「わたくしもご報告したい事がございましたので丁度良うございました…どうぞこちらへ」
アンネリーゼとレベッカはコンラートの対面のソファに座り、カミラ達もそれぞれ用意された椅子に腰掛ける。
コンラートは自身の侍女にお茶を用意させ、退室させると深々と頭を下げた。
「まずはレベッカ王女殿下…この度は貴重な情報をいただき誠にありがとうございました」
「オイレンブルク卿、頭を上げてくださいな…あのリストが役に立ったのなら私も嬉しく思いますわ」
「ベルタン内でも協力を得られ今はそれらの情報を整理中ではございますが、これで色々と先手が打てるようになりました」
「そうですか…皆私の頼みを聞いてくれたのですね」
レベッカは安堵の息を吐き、涙ぐみながらも柔らかく微笑んだ。
ベルタン国内のハト派は数が少ないとは言え、他国の密偵に協力する事を疑問視する声もあった。
それを説得し、協力を得られたのは間違いなくレベッカの功績だろう。
アンネリーゼはハンカチでレベッカの頬を伝う涙を拭き、肩を抱いた。
「私からもお礼を言わせて…ありがとうレベッカ」
「今何と…」
「レベッカと言ったわ…別に良いでしょ?同い年で同じ目標を持つ友人なのだから。
貴女も私の事をアンネリーゼでもアンネでも好きに呼んでくれて良いわよ?」
「ふふっ、ではアンネと呼ばせていただきますわ…私の事はレヴィとお呼びください」
「レヴィね、分かったわ」
「はい、近しい者達からはそう呼ばれておりますので是非」
レベッカの頬を再び涙が伝う…アンネリーゼに認められ喜びが溢れたのだ。
アンネリーゼはレベッカが落ち着くまで肩を抱き続け、コンラートを見た。
「コンラート、あの子はいるかしら?」
「はい、今はまだ外に出るのは危ないと思い、離れで過ごしていただいております」
「そう、なら皆んなを案内してあげて」
「かしこまりました」
コンラートが人を呼び、アンネリーゼはレベッカを支えて立ち上がる。
だがいざ部屋を出ようとすると、アンネリーゼはコンラートに呼び止められた。
「殿下、2人だけでお話がございます…」
「分かったわ」
アンネリーゼはコンラートの真剣な表情を見て頷き、カミラにレベッカを頼み部屋に戻る。
コンラートは扉が閉まるのを見届けると執務室の壁に手を添える。
「あら、隠し部屋?」
「はい、こちらをお見せするのは殿下が初めてでございます…どうぞこちらへ」
コンラートは部屋の奥にある幾重にも厳重に鍵が付けられた棚から封筒を取り出し、それをアンネリーゼに手渡した。
「これは?」
「私の配下がベルタンから持ち帰ったものです…」
封筒を開け中の書類の束を取り出し文面に目を通したアンネリーゼは驚愕し、そして歓喜の笑みを浮かべた。




