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72. 座右の銘

 隠れんぼの翌日、アンネリーゼはヒルデガルドの元に再度訪れることにした。昨日の説教の続きではなく、リーゼロッテとの約束を果たすためだ。

 部屋に通されヒルデガルドと対峙したアンネリーゼは昨日の説教を思い出し唾を飲み込む。


 「貴女が訪ねて来るなんてどうかしたのかしら…まさか、昨日の続きをご所望?」


 「嫌ですわお母様…娘が母親の部屋を訪れるなんて別に不思議なことではありませんわ」


 「そうね、でも怒られた翌日に何事も無かったように訪ねて来るのは気になるわ…特に貴女の場合はね。

 まあ、どうせ貴女の事だからまた何かお願いがあるとかでしょうけど…」


 流石は母親と言うべきか、娘の行動を完全に読んでいる。

 アンネリーゼは見事に言い当てられてしまい、肩を竦め項垂れた。


 「仰る通りですわ…お願いがあってまいりました」


 「いつもなら真っ先にお父様の方に行くのにどういう風の吹き回しかしら…まあ良いでしょう、一応聞いてあげるわ」


 ヒルデガルドに席に着くよう促されたアンネリーゼは大人しく従うと、侍女が淹れた紅茶を口に含んで緊張で渇いた喉を潤し、深呼吸をしてから本題に入る。


 「お願いなのですが、リーゼロッテとレベッカ王女殿下を連れてオイレンブルク侯爵領に行く許可をいただきたいのです…」


 「今の状況を理解してのお願いかしら?」


 「もちろん今すぐではありませんわ…ベルタンの使節団が帰国した後、レベッカ王女殿下の滞在期間中の話です」


 顎に指を当てしばらく思案したヒルデガルドはため息を吐き首を振った。


 「悪いけれど私は反対よ…ただでさえ貴女が狙われた後だと言うのに何かあってはいけないわ。

 それに、オイレンブルク侯爵領に行くとなればコンラートの屋敷に滞在する事になるわ…貴女もコンラートがこの国にとってどのような立場にあるか理解しているわよね?」


 「重々理解しておりますわ…他国の人間、しかも王族を滞在させるにはリスクが大きい事は理解しております。

 ですが、私はレベッカ王女殿下個人は帝国に仇なすような事はなさらないと信じておりますし、その様なことは絶対になさらないと私が保証いたしますわ」


 アンネリーゼの迷いの無い目を見たヒルデガルドは困った様に天井を見上げる。

 娘の事を信じたいという母としての立場と皇后としての立場の間で気持ちが揺らいでいるようだ。

 その様子を見たアンネリーゼは言葉を続けて後押しする。


 「レベッカ王女殿下は亡くなった侍女の件で心を傷めておりますし、静かなオイレンブルク侯爵領でゆっくりしていただきたいのです。

 それにリーゼロッテも馬に興味があるようですし、来年贈られる馬を自分で選ばせてあげられたらと思いまして…」


 「…護衛とかはどう考えているの?」


 「護衛は私とリーゼロッテの護衛騎士2名とレベッカ王女殿下の護衛騎士のジェラール殿、あと追加で5名程選ばせていただければと考えております。

 馬車には防護の魔法を施し、車内は私とミレニアで2人を守りますわ」


 アンネリーゼが答えると、ミレニアの名を聞いたヒルデガルドが片眉を上げた。


 「ミレニア…貴女と共に暗殺者を撃退したという侍女ね。

 ねえ、貴女はどこから彼女を連れて来たの?貴女が彼女と同時期に専属侍女にしたヴィルマの実家であるシャルフェ子爵家からの推薦という事は分かっているけれど、私にはあの家にその様な伝手があるとはどうしても思えないのよ…貴女、私やお父様に何か隠しているのではなくて?」


 「隠し事の一つや二つ誰にでもありますわ…ただ、国に仇なすような秘密など一切ありません。

 ミレニアに関してはテオバルトを通して武芸の心得のある女性を探して貰っただけですわ…ガーランドでは立ち入れない場所もございますから。

 シャルフェ子爵の紹介である理由ですが、私がテオバルトばかりを贔屓していては角が立ちますし、ヴィルマを指名した際に子爵に仲介をお願いしたのです。

 一応私も事前に彼女に会って人柄を確認したうえで雇う事を決めましたが、ご心配でしたら彼女の素性をテオバルトにご確認いただいても構いませんわ」


 アンネリーゼが澱みなく答えると、ヒルデガルドは苦笑して首を振った。


 「いえ、雇う際に彼女の素性は調べがついているからそれには及ばないわ…ただシャルフェ子爵からの推薦というのが気になっただけなの。

 取り敢えずレベッカ王女殿下の件は分かったわ…貴女の人を見る目を信じましょう。

 リーゼロッテについても、貴女が馬達の世話をする姿を見ていると、あの子に命の大切さを学ばせる良い機会になるかもしれないし許可します」


 「本当ですか!?」


 「私からも話すけれど、護衛の数やコンラートへの確認もありますから明日にでもお父様にちゃんと相談なさいね」


 「もちろんですわ!お母様、ありがとうございます!」


 アンネリーゼの笑顔を見てヒルデガルドが苦笑する。


 「ふふっ、この部屋に来た時はあんなに暗い顔をしていたのに現金な子ね…」


 「うっ…そ、それは申し訳ございません…」


 「良いのよ…いつもお父様ばかりにお願いしていた貴女がこうして私にもお願いをしてくれたのは素直に嬉しいもの」


 「では、これからはお母様にもたくさんお願いいたしますわ」


 「くれぐれもほどほどによ?」


 「分かっておりますわ!」


 2人は笑い合うと、その後は母と娘として久しぶりに楽しい時間を過ごし、アンネリーゼは部屋を後にした。

 

 「お母様とあの様な時間を過ごしたのは久しぶりね…今度からお母様のお時間のある時はお茶にお誘いしようかしら。

 取り敢えず、部屋に戻る前にレベッカ殿下とリーにお母様からは許可を貰えたことを伝えないとね」


 アンネリーゼは報告のためレベッカの部屋に向かう。

 だが、いざ部屋に着くと中には誰もいなかった。


 「何処に行ったのかしら…」


 レベッカが部屋にいなかったため、アンネリーゼはリーゼロッテの元に向かう。

 部屋に着きノックをするとリーゼロッテの侍女が扉を開け、中に案内された。


 「あっ、お姉様!」


 「ごきげんようアンネリーゼ様」


 アンネリーゼが部屋に入るとリーゼロッテとレベッカがそれに気付き、笑顔で迎えた。

 先にこちらに来れば良かったと思いつつ、アンネリーゼはニコリと微笑む。


 「ごきげんよう、お母様からオイレンブルク侯爵領に行く件の許可をいただいてきたわよ」


 「本当!?」


 「まあ…よく許可していただけましたわね」


 「そこはほら、私の巧みな話術の賜物かしら?」


 「…そういう事にしておきましょう」


 「なかなか言うわね貴女…別に良いけど。

 取り敢えずお母様の許可はいただいたけれど、あとは明日お父様に相談してその結果次第ね…まあ、お父様はお母様に比べればまだ私の我儘に付き合ってくださるから心配ないわ」


 「皇帝陛下の方が我儘を聞いてくださるの?」


 「ええ、お母様はほら…私に皇女らしく振る舞って欲しいと思っているから色々と厳しいのよ。

 まあ、お母様の願う理想の皇女様にはリーゼになって貰うしかないわね…私なんて剣と馬ばかりだし完璧な淑女なんて今更無理だもの」


 そう言ったアンネリーゼは、旅行に行けるとはしゃぐリーゼロッテの髪を撫で苦笑する。

 だが、どことなく物悲しそうな雰囲気に、アンネリーゼの死に戻りを知らないレベッカはかける言葉が見つからない。

 前世のアンネリーゼはヴァルドシュタイン帝国の第一皇女として、ヒルデガルドの娘としてその期待に応えて来た。

 死に戻りを経験し、復讐という目的の為とは言え母の期待に応えられないという想いが溢れているのだ。

 

 レベッカはしばらく目の前で戯れる姉妹の姿を眺めていたが、小さく頷きアンネリーゼに頭を下げた。

 

 「ベルタンの王族である私を同行させる事を皇后陛下にご納得していただくのには苦労なされたでしょう…アンネリーゼ殿下の期待は命に換えても裏切りませんわ」


 「そうね、期待しているわ…とは言っても、先日テオバルトのところに行った後から心配なんて殆どしていないけれど」


 「そうなのですか?」


 「まあね…疑い続けていても馬鹿らしいし、それよりお互い協力した方が遥かに前向きでしょう?今のうちに恩を売りまくってあげるから覚悟してなさい」


 「返し切れるかしら…ほどほどにお願いしますわね」


 「ほどほどにね…先程お母様にも同じことを言われたけれど、私は加減の仕方を知らないのよね…。

 ただこれだけは覚えておいてね、私の座右の銘は「恩は倍返し、恨みは千倍返し」よ」


 「ぶ、物騒な座右の銘ですわね…確かにアンネリーゼ殿下には完璧な淑女は向かないようです」


 「形だけなら出来るから良いのよ別に…公務ではちゃんとやれているし」


 「ふふっ、すぐに素が出ていましたけどね」


 「あれはガーランドが悪いわ!」


 またもや巻き込まれたガーランドは何も言わず、諦めて肩を落としたのだった。



 


 


 

 

 

 

 


 

 

 


 


 


 

 

 

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アンネリーゼ 『半沢直樹? 温い半端者ですわね。』 まぁ、彼女視点ならそうなるのか ・・・
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