69. 思慕
一夜明け、アンネリーゼはレベッカと共にリーゼロッテの元に遊びに行くという約束を果たすため、早めの朝食を摂り準備を済ませて部屋を出る。
リーゼロッテは良くも悪くもマイペースでいつ朝食を食べ終わるかが読めないため、レベッカの部屋で待つ事にしたのだ。
部屋の前に着きノックをすると、カミラと共にレベッカの身の回りの世話を行っている古参の侍女が扉を開け、アンネリーゼの顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
「アンネリーゼ殿下、おはようございます」
「ええ、おはよう…レベッカ殿下は今大丈夫かしら?」
「はい、先程朝食を済ませられました」
「なら良かったわ…リーゼロッテが食べ終わるまで待たせて貰いたいのだけれど大丈夫かしら…レベッカ殿下に聞いて貰える?」
侍女はアンネリーゼの言葉に頷くと、一度レベッカの許可を得る為室内に戻り、すぐに迎え入れた。
「アンネリーゼ殿下、おはようございます」
「おはようございます。朝食はどうでしたか?」
「美味しくいただきましたわ…こちらのお料理が美味しくて太ってしまわないか心配になる程です」
「またまたご冗談を…」
レベッカの相変わらず細い腰回りを見てアンネリーゼは苦笑する。
アンネリーゼも十分に細いが、腹筋が割れてはいないものの、女性らしい柔らかいくびれと言うよりは引き締まった腰回りをしているため、女性らしさという点ではレベッカには敵わない。それがアンネリーゼがドレスなどに興味がない理由でもある。
正直、ヒルデガルドの目が無ければギルベルトやクラウス達の様な男性用の衣服を着用したいと思っている程なのだが、その様な事を口にすればお叱りを受けるのは目に見えているため心の内に留めているのだ。
レベッカはそんなアンネリーゼの心の内を知ってか知らずが、自身のお腹を摩りながらため息をつく。
「アンネリーゼ殿下が羨ましいですわ…私も鍛えた方がよろしいかしら」
「それでしたら私の早朝ランニングに参加なさいますか?日の出前ですから朝は早いですが空気は美味しいですし、朝食もより美味しく感じますわよ」
「いくら走っても食べたら意味が無いのでは…」
「その分しっかりと身体を動かして筋肉を付けるのです…騎士達だってたくさん食べてお酒も飲む割には引き締まった身体をしていますでしょう?」
「それはそうなのですが、私は朝がとにかく苦手でして…」
「そうなのですか?その割にはちゃんと起きてこうして朝食も済ませていらっしゃるようですが…そんなに酷いの?」
アンネリーゼがそう言ってカミラ達を見ると、2人はどう説明したものかと苦笑している。
レベッカは観念したかのように俯き、耳まで真っ赤に染めた。
「今朝も呼ばれて起きて頭を上げたまでは良いのですが、ベッドの上で座ったまま二度寝をしてしまい、そのまま髪を漉いて貰う有様でして…」
「よくそんな体たらくで私を案外抜けてるとか言ってくれたわね…」
「面目次第もございません…」
呆れていたアンネリーゼだったが、恥ずかしそうに身体を縮めているレベッカの年相応の仕草に妙な安心感を覚えて苦笑する。
「ふふっ、レベッカ殿下の弱みを握りましたわね」
「お恥ずかしい限りですわ…」
「可愛げがあって良いと思いますわよ?私なんて起こされる前に自分で起きる習慣が身に付いてしまって、優しく起こして貰うなんてことはここ数年ご無沙汰ですわ…もし寝坊なんてしたら体調を心配されてしまうかもしれませんわね」
「鶏より時間に正確なんじゃないですかね…」
ボソリと呟いたカミラの声が聞こえたのか、アンネリーゼは笑顔のまま首だけを背後に向ける。
「カミラ…私を鶏と比べるなんて貴女とガーランドくらいのものよ?」
「俺もですか!?流石に比べませんよ!!」
とばっちりを受け、それまで黙って控えていたガーランドが涙目になる。
アンネリーゼはガーランドの期待通りの反応に満足気に笑うと、レベッカを向き直った。
「もし気が向いたら仰ってください、毎朝私が迎えに参りますわ」
「ええ、その時はお願いいたしますわ…なかなか起きずご迷惑をお掛けすると思いますが」
「迷惑を掛ける前提はやめていただけません?」
「はい…あ、そうでしたわ」
レベッカは申し訳なさそうに俯いたが、何かを思い出して顔を上げた。
「どうかなさいまして?」
「リーゼロッテ殿下はどのような事を好まれるのでしょうか?何も用意出来ていないもので…」
「そうですわね…室内なら普段はぬいぐるみやお人形で遊んだり、本を読んであげたりしていますわ。外であれば庭園で隠れんぼとかですわね」
「隠れんぼはアンネリーゼ様が強過ぎて泣かせちゃいましたけどね…」
「例え遊びと言えども勝負事で手を抜くのはポリシーに反するわ…遊びと言えど本気でやるのが私よ」
「どんなにカッコよく言っても大人気ない事に変わりないのでは?」
「貴女、なんだか随分と突っ掛かってくるわね…私、貴女に何かしたかしら?」
「事実を申し上げているだけです」
「そ、そう?不満があるなら言いなさいね?」
カミラの言葉の節々から棘を感じ、アンネリーゼはなぜか分からないままフォローする。
近頃カミラはお怒りだ…アンネリーゼ自身が暗殺者に狙われる可能性がある事をカミラに教えず側を離れさせた事、そして予想通り暗殺者が来たにも関わらずすぐに知らせなかった事が原因だ。
アンネリーゼはカミラとヴィルマを危険な目に合わせたくはないと良かれと思ってレベッカに付けたのだが、それが完全に裏目に出たようだ。
なぜカミラの機嫌が悪いのか分からないアンネリーゼは背後から刺すような視線を感じながら咳払いをし、居住いを正す。
「レ、レベッカ殿下はリーゼロッテと何かしたい事などはございませんか?」
「リーゼロッテ殿下が楽しめる事でしたら何でも構いませんわ…ですが、強いと言われるアンネリーゼ殿下の隠れんぼも見てみたいとは思いますわね」
「あの子は妙なところで頑固ですからやると言うかは分かりませんが、一応誘ってみますわ…まあ、本やぬいぐるみで機嫌を取ればいけそうな気がしないでもないですわ…たぶんですが」
「そこまで言うほどですか…」
「ええ、普段は可愛くて可愛くて可愛くてとても良い子なのですけれど、一度「や!」と言ったらテコでも動きませんわ…本当、一体誰のせいであんな風になったのか不思議でなりませんわ…」
「本当に思い当たりませんか?皇后陛下からどんなに叱られようと甘やかしているのはどなたでしょう…毎回毎回とばっちりを受けるこちらの身にもなっていただきたいです」
「それはまあ悪いと思ってるわよ…」
カミラの小言に返す言葉もなく、アンネリーゼは身を竦める。
それを見ていたレベッカはくすくすと笑い、窓の外に目を向けた。
「私も弟妹を可愛いと思いますし、アンネリーゼ殿下のお気持ちは分かりますわ…」
祖国に残る弟妹を思っているレベッカの表情は何故か憂いを帯びている。
「何か気掛かりな事でもあるのですか?」
「弟妹はまだ幼く純粋で、ベルタンの実情を何一つ知りません…ですが、これから先両親や他の兄弟達、周りを取り囲む人間次第ではどんな色にも染まるでしょう…私はそれが心配でならないのです。
今の私に出来るのは2人の拠り所になってあげる事だけです…でも、それだっていつまで続けられるか分かりません。
出来る事なら早く…あの子達が純粋でいられるうちに国を何とかしたい…そう思うのです」
「そうですわね…でも、きっと良くなりますわ」
アンネリーゼは事情を知らない侍女に悟られぬようにウインクをする。
レベッカはそれを見て微笑み、小さく頷いた。
「ええ、私も最近やっと希望が見えてきた気がしますし、そうなる事を楽しみにしていますわ」
「ふふっ、それは良かったですわ」
アンネリーゼが笑顔で答え、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、リーゼロッテの侍女が部屋を訪れ準備が整ったと聞いた2人は部屋を出る。
リーゼロッテの部屋に向かう途中、2人はどうやって隠れんぼに誘うか互いに策を出し合い、同行しているカミラやガーランド達はただだだ呆れながら2人の会話を聞いていた。




