68. 同情
ヴィクトルの元を訪れて2日後の昼、アンネリーゼはアレクサンダーの呼び出しを受けレベッカと共に広間に向かう。
呼び出しの理由はまだ知らされていないが、レベッカはエマが行方不明になってから傷心を装っているため、アンネリーゼは気遣いながら歩き、それに気付いた衛兵が居た堪れない表情で一礼し扉を開ける。
広間にはアレクサンダーとヒルデガルド、宰相のヘルムート、そしてベルタンの大使が悲痛な面持ちで待っていた。
「遅くなってしまい申し訳ございません…レベッカ殿下、こちらへ…」
「はい…」
アンネリーゼに手を引かれるレベッカの姿に皆が言葉に詰まる。
「本日はどの様なご用件でしょう?」
「うむ、それなのだがな…」
アレクサンダーはアンネリーゼの問い掛けに答えようとしたが、不安気に俯くレベッカの姿に言葉を詰まらせると、その様子にアンネリーゼはエマの件であると確信した。
「そのご様子ですと、エマさんの件で何か進展がありましたか?」
「やはり其方は察しが良いな…その通りだ」
「エマは…エマは今どこに!?」
レベッカが瞳に涙を浮かべて顔を上げ問うと、見るに堪えかねたアレクサンダーは目を伏せる。
しばしの沈黙の後、アレクサンダーは観念した様に重々しく口を開いた。
「実は、今朝遺体で発見された…自死だったようだ」
「そんな…」
レベッカが泣き崩れ、それを支えながらアンネリーゼはアレクサンダーを見る。
「…何処で発見されたのですか?」
「市民街にある空き家に隠れていたらしく、今朝方その空き家の管理者が遺体を発見したそうだ」
「何故その遺体がエマさんだと分かったのでしょう?」
「服装だ…持って来ていた荷はそのままであったし、着の身着のまま逃げ、騒ぎになるのを恐れ盗みなども働かなかったのだろう」
「遺体の確認は何方がなさったのですか?」
「大使殿と他の侍女達に頼んだ…」
アレクサンダーはアンネリーゼから目を逸らし、涙を流しながら話を聞いていたレベッカを見る…悲しむ事が分かっていたため気を遣ったのだろう。
「見つかったのは彼女の遺体だけだったのでしょうか?理由も無く逃げたり自死を選ぶことなど無いと思いますが…」
「遺書が見つかった…ヘルムート」
「レベッカ王女殿下、こちらを…」
ヘルムートは頷き、懐から封筒を取り出してレベッカに手渡す…封を開けた形跡があるため、念の為中身を確認したようだ。
遺書を受け取り中を確認したレベッカの手が震え出す。
「どうかなさいましたか?」
「陛下、この度は私の侍女が…」
「それ以上言わずとも良い…申し訳なく思うが、筆跡の鑑定もせねばならなかったため内容を先に検めさせて貰い把握しておる。
確かに其方の侍女が犯した罪は許されるものではない…だが、その遺書に記された内容が本当であるならば、其方も其方の侍女も被害者だ」
「あの、私にも分かるようにご説明をいただきたいのですが…」
「花緑青の生地を紛れ込ませたのはエマだったのです…彼女は私についてベルタンの有力貴族から脅迫されていたらしく、私を守るために今回の事件を引き起こしたと…」
アンネリーゼは涙を浮かべるレベッカから遺書を受け取ると、それが偽造して持たせた物である事を確認する。
遺書に記されている名は確かにベルタン内でも力が有る貴族だが、今回の件には一切関わっていない…レベッカ曰く、真偽はどうあれ一時的にでもタカ派の勢力を削るため最初から利用するつもりだったらしい。それらを含め、全ての責任をエマが負い自死するというのが当初の計画だったのだ。
すり替えられていない事に安堵し、アンネリーゼはアレクサンダーを見る。
「今回の件、陛下はどの様になさるおつもりでしょうか?」
「それについては先程大使殿と話し、使節団には近日中に帰国してもらう事になった…遺書に記された貴族を調べて貰わねばならんし、こちらも其方の件で何かと立て込んでいるからな」
「そうですか…仕方がないとは言え、帰るとなると今の状態のレベッカ殿下では心配ですわ」
「それについてなのだけれど、私からちょっと良いかしら?」
アンネリーゼが心配そうにレベッカを見ると、これまで黙っていたヒルデガルドが優しく微笑んだ。
「レベッカ王女殿下を狙っている貴族の件が片付くまで、こちらでお預かりするのはどうかしら?貴女の言う通り今の精神状態では長旅に耐えられるとも思えないし、何よりこちらの方が安全ではないかしら?」
「お母様がそのような提案をなさるなんて…」
「…貴女は私を何だと思っているのかしら?」
アンネリーゼはまさかの提案に驚いたが、ヒルデガルドに睨まれ慌てて目を逸らす…ただ、元々レベッカには人質になるよう提案していたため、逆に都合が良いと気持ちを切り替えた。
「レベッカ殿下、あの様に仰っておられますがどうでしょう…」
「其方が良いのであれば我々は歓迎する…アンネリーゼとも親しくしてくれているようだし、しばらくは気の許せる者が近くにいた方が其方も安心であろう」
アレクサンダーにも勧められ、レベッカは小さく頷き頭を下げた。
「お心遣い感謝いたします…ご迷惑でなければよろしくお願いいたします」
「うむ…大使殿には悪いが、親書を用意するゆえ貴国へはその様に伝えてくれ」
「承知いたしました」
「ではここまでにしよう…」
大使が頭を下げアレクサンダーが話を切り上げようとしたところでアンネリーゼが手を挙げる。
「最後に一つお伺いしたい事がございます」
「何だ?」
「エマさんの遺体の処遇です。理由があるとは言え彼女は罪を冒しました…このままベルタンに返しては辱めを受ける可能性がありますし、こちらで埋葬するなり出来ないでしょうか?その方がレベッカ殿下も安心すると思うのですが…」
アンネリーゼの提案を聞き、アレクサンダーはしばらく俯いてからレベッカを見る。
「アンネリーゼはこう言っているが、レベッカ王女はどうだ?」
「生まれた地で眠らせてあげたいというのが本心ではあります…ですが、連れ帰れば安らかに眠らせてあげる事は出来ませんし、こちらでお願い出来ればと思います…」
「承知した…罪を冒した手前表立って弔う事は難しいが最大限配慮しよう」
「お心遣い感謝いたします…」
「うむ、ではここまでにしよう…アンネリーゼよ、レベッカ王女を頼む」
「心得ておりますわ」
アンネリーゼとレベッカはアレクサンダー達が退室するのを見送り、広間を出てレベッカの部屋に向かう。
2人は部屋に戻ると部屋で待機していたカミラに紅茶を淹れるように頼み、椅子に座ってもたれかかった。
もう1人の古参の侍女はこの時間はヴィルマの事務作業の手伝いを頼んでいるため席を外している。
「疲れたわね…しばらくはあんな演技したくないわ」
「流石に私も泣き疲れましたわ」
「本当、よくあんなに涙が出せるわよね…感心するわ」
「アンネリーゼ殿下が剣を武器にする代わりに、私は涙を武器にしているのですわ」
「そうやって皆んなを騙してるわけね…とんだ悪女だわ」
アンネリーゼが呆れて笑うと、レベッカもくすくすと笑う…憎まれ口を叩きつつもお互い楽しんでいるようだ。
カミラが淹れた紅茶を一口飲み、2人は一息付く。
「それにしても、まさかお母様からあんな言葉が出てくるなんて相当気に入られたわね?」
「嬉しい限りですわ…皇后陛下のような母君がいらっしゃるアンネリーゼ殿下が羨ましいです」
「自慢の母ではあるわね…色々と口煩いのが玉に瑕だけれど」
「それだけ殿下を思っておられる証拠ですわ…私の母は子を道具としか見ておりませんもの」
「そうなの?」
「ええ…私には上に兄が2人と姉が1人、下には歳の離れた双子の弟妹がおりますが、上の3人に比べて私は特に取り柄も無く興味すら無いのでしょう…会話など年に片手で数えられる程しかございませんわ。
まあ、そのおかげでこうして好きに動けるのですが…」
「いや、それって逆に大丈夫なの?今回の件で何か立場が悪くなって処刑されたりとか無いの?」
アンネリーゼが慌てて聞き返すと、レベッカはにこりと笑って首を振る。
「その心配はありません…私個人には興味が無くとも、第二王女という肩書きには価値がありますから、母の怒りは私では無くそれを汚した者に向かいますわ…ですから、エマの身代わりとなったあの女性の遺体をこちらで引き取っていただけて安心いたしました」
悲しげな表情を浮かべるでもなく、普段通りに話すレベッカをアンネリーゼは居た堪れなく思った。
ベルタンを滅ぼさないかと提案された際、彼女に一切の迷いがなかった意味を理解してしまったのだ。
家族に恵まれた自分とは違い、レベッカは家族の愛を知らない…自分とは違ったその歪み方に同情してしまった。
それを察したのか、レベッカがくすくすと笑い紅茶を一口飲む。
「アンネリーゼ殿下はお優しい方ですわね…私の生まれや育ちを気にする必要はございませんわ。
それに、これでも案外楽しんでいますのよ?特に弟妹が出来てからは彼等の純粋さに助けられております…だからこそあの子達の為にも、そして苦しむ民の為にも国を生まれ変わらせたいとならないと思ったのです」
「下の兄弟って可愛いものだものね…機会があれば会ってみたいわ」
「ふふっ、ではいずれご紹介いたしますわ…まあ、それより先にまずは私にリーゼロッテ殿下をご紹介いただきたいところですが…」
レベッカがティーカップに口を付けながらチラリと目を向けると、アンネリーゼは冷や汗を流す…これまでリーゼロッテの安全を考慮し、敢えてレベッカから遠ざけていたからだ。
「あ、明日にでもご紹介いたしますわ…ごめんなさい」
「いえ、警戒するのは仕方のない事ですわ」
「じゃあ明日はリーゼの部屋に行きましょう…私の部屋は難しい本ばかりでつまらないと言って来たがらないから…」
そう言って情けなく俯くアンネリーゼを見て、レベッカは声を上げて笑った。




