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66. 忠告

 ガーランドへの説明を終え、アンネリーゼは仕事をしていた古参の侍女2人を呼びレベッカの元へ向かう。

 今はレベッカの身の回りの世話をカミラとヴィルマに任せているが、迎賓館が使えずレベッカの侍女達が取り調べを受けている間はミレーナ以外の専属侍女4人を組分けして交代で仕えさせようと思っているため、その相談に向かうのだ。


 レベッカの滞在している部屋に着き、扉をノックするとカミラが出迎える。

 部屋に通されると、レベッカはヴィルマと一緒に本を読んでいた。


 「あら、レベッカ殿下も本の虫になりましたの?」


 「ふふっ、ヴィルマさんのおすすめの本を教えていただいたら面白かったものですから…お2人のおかげで楽しく過ごせていますわ」


 「それは良かったです」


 「今日はこちらに滞在中の侍女の組分けについてのお話でしたかしら?」


 「ええ、あとはご報告もありましたので…」


 「報告ですか?」


 アンネリーゼはお茶を用意するよう指示を出すと、レベッカの対面に座った。


 「報告と言っても面白いものではありませんが、夜中に私のところに暗殺者が来ましたわ」


 あまりにもあっさりとした報告だったため、事情を知るガーランドとミレーナ以外は一瞬何を言われたか理解が追いついていなかったが、にこにこと笑顔を浮かべ沈黙しているアンネリーゼを見て徐々に顔が青くなる。


 『何故黙ってたのですか!?』


 ミレーナ以外の侍女に詰め寄られ、予想通りの反応を貰えたアンネリーゼはご満悦の表情を浮かべる。

 それを見て呆れたレベッカは、悪趣味だと思いながらも敢えて責めることはせずに咳払いをしてアンネリーゼをジト目で睨んだ。

 

 「こ…こうして来られていらっしゃるという事は、捕らえましたの?」


 「取り逃しましたわ」


 「はぁ!?何故それで笑っていられるのですか!!」


 椅子から立ち上がりレベッカが詰め寄ると、アンネリーゼはウインクをする。

 レベッカはそれで悟ったのか、しばらく恨めしげに見つめた後座り直した。


 「はぁ…取り逃してしまったことは再度狙われる可能性を考えると気掛かりですが、ご無事なようで安心いたしましたわ…」


 「あら、舐めてもらっては困りますわ!私はこれでも剣聖レオンハルト様と疾風のテレーゼ様の弟子ですのよ?その辺の賊ごときに遅れは取りませんわ!」


 「ええ、十分承知していますし改めて実感したところですわ…ただ、皆さんの苦労を思うと涙が出てしまいそうで…」


 「…下手な芝居はやめてくださる?」


 顔を伏せ、わざとらしくハンカチで目元を拭うレベッカを睨み、アンネリーゼはため息を吐く。


 「私だって皆に黙っていたのは申し訳ないとは思ってるわよ…でも、その時は騒ぎになっては色々と面倒だったから今になっただけ…ねぇ、ミレニア?」


 「…はい、殿下の仰る通りです」


 あの惨状を見られては困ると思いながらミレーナが頷き皆が渋々納得すると、アンネリーゼは改めて話を始める。


 「恐らく、今回の暗殺者はエマさんの件で私が帝国貴族のタウンハウスを捜査するよう提言し、陛下が承認なされたのが原因であると思われますわ…叩かれたら埃の出る連中がいたのでしょう」


 「陛下は使節団に対しては何と?」


 「特には何も…使節団には暗殺者を探して雇うような時間は物理的にございませんでしたし、この国にそのようなコネも無いでしょう?そもそも滞在中に暗殺者を雇うなんて旨みが一切ありませんもの」


 「それはそうですが…」


 「気にしなくて良いですわ…こちら側の膿を出すチャンスですもの。

 あとそれに関してもう一つご報告がありまして、レベッカ殿下にこちらから騎士を数名護衛につける事になりました」


 「私にですか?」


 「良からぬ企てをする者がいないとも限りませんし、私からお父様に頼みましたの…流石にベルタンの騎士を皇宮内に滞在させるわけにはいかないらしく我が国の騎士にはなりますが、職務に忠実な者を選び護衛に就かせますからご安心ください」


 「いえ、格別なご配慮に感謝いたしますわ…ジェラールも良いわよね?」


 レベッカが申し訳なさそうに頭を下げてジェラールを見る。


 「はい、私は問題ございません」


 ジェラールが頷くと、それを見たアンネリーゼが笑いながらガーランドを見た。


 「貴方なら大丈夫よ。うちのガーランドとも仲良くしてくれてるみたいだし」


 「何か俺悪く言われてません?」


 「ガーランドさんは軽いですから」


 「軽いわね…まあ、それはそれで気を遣わなくて良いから楽だけど」


 「わ、私はガーランドさんがいてくれて助かってますよ?重い物を持ってくれたり優しくしてくれますから…」


 カミラとミレーナの辛辣な言葉に肩を落としたが、ヴィルマのフォローで目に涙を浮かべて手を取った。

 ガーランドに手を握られ、異性に免疫の無いヴィルマが頬を染める。


 「ヴィルマ嬢だけだよ俺に優しいのは…婚約者いる?俺なんてどう?」


 「レベッカ殿下の前で見苦しいからおやめなさいな…というかヴィルマを娶りたいなら私に勝ち越してからになさい」


 「えっ…そんなん一生無理じゃないですか?」


 「本気で娶りたいと思っているなら私に勝ち越すまでどんなに辛くても努力出来るでしょう?それにヴィルマの気持ちのがどうなのかというのもあるし…まあ、そもそも年齢的にどうなのかという問題もあるわね」


 「それはそう…」


 「そんな事だから皆から軽いと言われるのよ?まあ、私はそんな気安い貴方だからこそ護衛騎士に指名したのだけれど…だからせいぜい励みなさい。貴方を選んだ私に後悔させないようにしてね」


 「うす、頑張ります」


 アンネリーゼが優しく微笑むと、ガーランドが頬を叩いて頷く。

 それに満足したアンネリーゼだったが、荒い息が聞こえてきたため嫌な予感がしそちらを振り向くと、予想通りレベッカが頬を染めてこちらを見ていた。


 「はぁ…歳の差という壁を乗り越える愛も、信頼と忠誠の主従の愛もどちらも尊いですわ…」


 「…守備範囲が広くありません?」


 「何事も好き嫌いはよくありませんわよ?」


 「それは悪食と言うのでは?」


 「私は尊く美しい愛を好んでいるだけですわ…それこそアンネリーゼ殿下が馬を眺める優しさに満ちた眼差し、自身を慕う民に向ける慈愛の眼差し…その全てが尊く美しいものでしたわ」


 うっとりとしているレベッカを見てアンネリーゼは身震いし、背後に控えているカミラ達を見る。

 恐らく、ここまでアンネリーゼを混乱させるのはレベッカくらいのものだろう。


 「あ、駄目ですわこれ…何を言ってもポジティブに捉えますわこの方…私、この方を理解できるかしら?」


 「お立場的にもアンネリーゼ様しかいないのですからせいぜい励まれてください」


 「まさか自分の言葉がこんなに早く返ってくるなんて…」


 ガーランドに励めと言った手前引けなくなり、アンネリーゼは項垂れる。

 

 「お望みならご教示いたしますわよ?」


 「洗脳でない事を祈りますわ…話が進みませんし、取り敢えず侍女達の組分けを決めましょう」


 「はい、よろしくお願いいたします」


 レベッカが頷き、アンネリーゼはカミラ達を振り返り一人ひとり顔を見て唸る。


 「顔が良いわ…」


 「早く決めてください…」


 「冗談じゃないの…ていうか既に決めてるのよね」


 「……」


 カミラが苛立ちを見せたため、アンネリーゼは慌てて笑顔で取り繕いレベッカに向き直った。


 「今回の暗殺者の件では私の護衛は夜以外増やさない事になりましたのでミレニアは私のところに固定し、既にレベッカ殿下の身の回りのお世話を経験して色々と把握しているカミラとヴィルマを分け、残り2人と組ませますわ。

 彼女達の休みに関しては、私を担当する期間に交代で取らせようと思っております」


 「ふむ、アンネリーゼ殿下は護衛は増やされないのですね…」


 「必要がありませんもの」


 「分かりましたわ…お任せいたします」


 アンネリーゼの剣の腕を考えれば我ながら愚問であったと思いレベッカは苦笑して頷いた。

 

 「では明日からでよろしいでしょうか?」


 「そうですわね」


 「でしたら私はこれで失礼いたしますわね」


 「はい、ご配慮ありがとうございました…カミラさん、ヴィルマさん、お見送りをお願いいたします。

 あ…ミレニアさん、少しお時間よろしいでしょうか?」


 アンネリーゼが立ち上がると、カミラとヴィルマに見送りを頼んだレベッカがミレーナを呼び止めた。


 「はい、構いませんが…」


 「外で待っているわね」


 アンネリーゼは困惑しているミレーナに苦笑して頷き退室する。

 レベッカはミレーナに椅子に座るようにすすめ、真剣な表情を浮かべ切り出す。


 「単刀直入にお尋ねいたします…アンネリーゼ殿下に差し向けられた暗殺者ですが、ただ取り逃したという訳ではありませんわよね?」


 「お答えは差し控えさせていただきます…ただ、二度とあのような事をしようとは考えないでしょう」


 「そうですか…なら良かったですわ」


 「お話はそれだけでしょうか?」


 「ええ、時間を取らせてごめんなさいね」


 「いえ、では失礼いたします」


 ミレーナは立ち上がって一礼し扉に向かって歩き出したが、立ち止まってレベッカを振り返った。


 「今後この様にお話をさせていただく機会があるかわかりませんのでこの機会にご忠告をさせていただきます。

 もしレベッカ王女殿下ご自身が天寿を全うしたいとお思いなら、絶対にアンネリーゼ殿下の恨みを買わない事をお勧めいたします…もちろん私はそのようなことはなさらないと信じておりますが…」


 「肝に銘じますわ…でも、どうしてそのような忠告を私に?」


 「私と妹は…いえ、アンネリーゼ殿下の事情を知り、周りにいる者達は皆あの方の平穏を願っております。

 あの方は身近な者に対してはとてもお優しい方ですが、敵とみなした者に対する慈悲を一切持ち合わせていない一面もございます。

 今、あの方はレベッカ王女殿下を信じようとされています…もし裏切れば、貴女様のみならずジェラール殿やエマ殿までも巻き込む可能性がある事をご理解ください…私達もこれ以上あの方が壊れていく姿を見たくはありませんから…」


 哀しげな表情で俯くミレーナを見て、レベッカは胸を締め付けられる思いになり、立ち上がって歩み寄り手を握った。


 「私達はまだ結果を出せいないため今すぐ信じてくださいとは言いません…ですが、必ず結果は示して見せますわ」


 「はい、期待しております…数々の無礼な物言い申し訳ございませんでした」


 「気になさらないで…貴女のアンネリーゼ殿下に対する想いあっての事でしょう?私は気にしておりませんわ」


 「ご配慮感謝いたします…」


 「ほら、貴女がそんな顔をしていてはアンネリーゼ殿下が心配なさいますわ…」


 「はい、では失礼いたします」


 ミレーナを見送り、レベッカは深くため息を吐く。


 「アンネリーゼ殿下にはエマの処遇に対する恩もあるけれど、私が思っている以上に複雑な事情がありそうね…協力をお願いしたのを申し訳なく思ってきたわ」


 「今はあの方の期待に応えることに専念いたしましょう」


 「そうね…」


 レベッカはジェラールの言葉に頷くと、気持ちを切り替えて部屋に戻って来たカミラ達を笑顔で迎えた。

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