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65. 牽制

 食後の紅茶をゆっくりと時間を掛けて楽しみ、ミレーナが暗殺者の死体をテオバルトに届け戻るのを待ったアンネリーゼは、暗殺者の事をアレクサンダーに報告するためミレーナとガーランドの2人を連れて部屋を出る。

 リストの裏がまだ取れていないためレベッカには伝えておらず、彼女の身の回りの世話を任せたカミラとヴィルマにも黙っている。


 アンネリーゼは広間の前に辿り着きノックをすると、返事を待たずにミレーナと共に中に入った。

 広間では多くの廷臣達が忙しなく走り回り、座っている者達は書類に目を通している。

 何故この様な状況になっているかは明白だ…昨日アンネリーゼが提案した帝都にある貴族達のタウンハウスの家宅捜索が原因だ。


 「ふふっ、忙しくて皆んな私に気づいてないわね」


 「大事ですね…こんなところで報告なんてしたら更に騒ぎが大きくなりますよ」


 「それが狙いなんだから良いじゃない?ほら、行きましょう」


 アンネリーゼはミレーナを振り返って笑うと、人混みを縫うように進んでいき、奥にあるテーブルの前で立ち止まり一礼した。


 「皆様お忙しい中申し訳ございません…ご報告にまいりましたわ」


 「またか…今度は何だ?見ての通り忙しいゆえ手短に頼む」


 アレクサンダーが書類から顔を上げ、疲れた表情をアンネリーゼに向ける。

 そのテーブルにはアレクサンダーの補佐をする貴族達も揃っており、アンネリーゼが予想していた通りあの男もいた。

 アンネリーゼは男には目もくれず、布で包んでいた暗殺者のナイフを取り出してテーブルの置いて単刀直入に切り出す。


 「夜中に私の部屋に暗殺者が来ました…私とこちらのミレニアで退けましたが、捕えるまでは至りませんでしたわ」


 「何だと!?」


 椅子を蹴倒して立ち上がったアレクサンダーの声に、騒がしかった広間が静まり返った。

 アンネリーゼの言葉を聞いていた補佐達は顔を青くし、あの男も他の者達同様に青ざめている。

 大した演技力だと感心しながらもアンネリーゼはアレクサンダーから目を逸らさず前を見る。


 「無事なのか!?」


 「無事だから目の前にいるのですが…」


 「あ、あぁ…それもそうだな…すまぬ」


 「いえ、取り乱すのは陛下がそれだけ私を案じて下さっている証拠ですから嬉しく思いますわ」


 「其方が無事ならば良い…何としても見つけ出し相応の処罰を与えねばならんな」


 アレクサンダーは椅子に座り直すと、怒りで血が滲むほど拳を握り歯を食いしばっている。


 「賊を送り込んだのはベルタンでしょうか…」


 ボソリとあの男が呟き、白々しいと思いつつもアンネリーゼは首を振る。


 「違うと思いますわ…昨日の今日で皇宮に侵入出来るほどの暗殺者を雇える時間があるとは思えません」


 「では誰が…」


 「そんなの決まってますわ」


 アンネリーゼはそう言うと、両手を広げて広間を見渡した。


 「この状況を面白く思っていないこちら側の人間ですわ…提案した私を狙う口実としては十分ではなくて?」


 「それは流石に言葉が過ぎますぞ殿下…」


 テーブルにいた廷臣の1人が苦言を呈したが、アンネリーゼは頬に指を添え首を傾げて微笑んだ。


 「あら、私は時折街に出ておりますが民が噂しているのを耳にしますわよ?中には帝国を破滅させようとしている輩がいるとかいないとか…叩けば埃の出る者がいるかもしれませんわね」


 「その様な戯言を信じなさるとは…」

 

 「火のないところに煙は立ちませんわ…国家の存亡に関わる噂は戯言と切って捨てて良い内容では無いのではなくて?ねえ、貴方もそう思わないかしら?」

 

 アンネリーゼが敢えてあの男に同意を求めると、男はしばらく俯き思案した後、小さく頷いた。


 「…私も殿下の仰る通りかと」


 「あら、ありがとう…賛同していただき感謝いたしますわ…他の方はどうでしょう?陛下はどう思われますか?」


 アンネリーゼに問われて廷臣達が押し黙り、アレクサンダーは大きくため息を吐いた。


 「事の真偽はどうあれ、そのような噂が流れていれば悪戯に民の不安を煽りかねん…レベッカ殿下の侍女殿の件と併せて徹底的に調べさせよう…何より、我が娘を狙った者達に然るべき罰を与えねばならんからな」


 アレクサンダーは立ち上がると、広間に集まる者達を見据えた。


 「よいか、一度調べた場所も改めて徹底的に捜査し、非協力的な者がいればタウンハウスのみならず領地も全て調べさせよ!証拠隠滅する恐れがあるゆえ急ぎ取り掛かり、全て報告することを命ずる!」


 『はっ!!』


 アレクサンダーが檄を飛ばし広間に集まる者達は表情が引き締めると、書類の確認をしている者を除き、手の空いた者から我先にと退室していく。

 人が減った広間からは先程までの喧騒が無くなり、書類を捲る音だけが響き渡る。

 

 「では、レベッカ殿下を待たせておりますので私はこれで失礼いたしますわ」


 「待て、其方の護衛を増やそう」


 アンネリーゼが一礼して立ち去ろうとすると、アレクサンダーが呼び止め提案した。

 だが、振り返ったアンネリーゼは首を振る。


 「暗殺者の首には蛇の刺青がありました…確認しましたらその筋では相当な手練れとして名の通った男だそうですわ…それを無傷で撃退した私にこれ以上の護衛が必要だと思われますか?ガーランドとミレニアがいれば十分ですわ。

 それでも護衛を付けると仰られるならば、私よりレベッカ殿下にお願いいたしますわ…この国で彼女に万が一があればそれこそ戦になりかねませんから」

 

 「其方がそれで良いのであれば、夜だけ部屋の前に護衛を付けよう…その位はさせてくれ」


 「お気遣い感謝いたしますわ…レベッカ殿下の護衛はどうなさいますか?」


 「流石にベルタンの騎士を何人も皇宮内に入れるわけにはいかんからな…こちらで用意しよう」


 「一応、私の侍女を2人身の回りの世話で付けておりますのでその方が良いかもしれませんわね…レベッカ殿下の護衛騎士のジェラール殿も騒ぎを起こす様な方ではありませんし、こちらの騎士とも上手く付き合ってくださると思いますわ」


 「分かった…では下がって良いぞ」


 「はい、陛下もあまり無理はなさいませんよう…皆様も休憩を取りつつ陛下をお支えください」


 アンネリーゼは笑顔を浮かべて皆に一礼するとミレーナを連れて退室し、レベッカの元へ戻る前に広間の外で待っていたガーランドと一度自室に戻る。


 「取り敢えずお茶にしましょうか?」


 「あの様に煽ってよろしかったのですか?いたのですよね…殿下の言うあの男が」


 広間での会話をガーランドに共有するためお茶にしようとアンネリーゼが提案すると、お湯を沸かすミレーナが不安気な表情で尋ねる。


 「私が知っていると気付いたかどうかは分からないけれど、少なくとも牽制は出来たわね。

 今日来た暗殺者はあの男の名を知っていたから余程近い位置にいたはずよ…それ程の手駒を失ってすぐに代えを用意出来るとは思えないし、普通なら警戒するわ。

 それに、別の手を使おうにも今は予定外のエマの件であの男自身も手が回らないだろうし、何より捜査の手が広がってそれどころではないでしょう…まあ、あの男の邸を調べても疑われるような証拠は出てこないだろうけれど、今後は警戒して下手に動けなくなると思うわ」

 

 「民の噂話として話したとは言え、肝が冷えました…」


 「ふふっ、ごめんなさいね…あの男の疲れ切った表情を見たらもっと困らせたくなったのよ」


 アンネリーゼが悪戯っぽく笑うと、黙って話を聞いていたガーランドが手を挙げた。


 「ミレーナ殿は殿下のいうあの男が誰か分かったのか?」


 「いえ、殿下からは高い地位にいる者としか聞いていないし、陛下の周りに居たのはこの国の重鎮ばかりだったから誰かは分からなかったわね…ただ、正直あの場にいた誰が件の男でも国を揺るがす事態になるとは思ったわ」


 「お父様の近くには宰相もいたし、他も大臣クラスばかりだったから仕方がないわ…そういう権力のある相手だからこそ調べるのに苦労しているの。

 まあ、間抜けな下っ端あたりから何か出れば御の字よ…今回の私の目的は、あの男とその協力者達がベルタンと内通する手段と機会を狭め、連中の計画を修正出来なくする事だもの」


 「前の襲撃とは違い、今回の暗殺者は下策中の下策だったわけですね…結局は自ら首を絞めたわけですし」


 「ええ、今回の件があの男の指示であればあまりにも浅はかだし、例えあの男の指示でなかったとしても焦った協力者が足を引っ張ったという可能性が出てくるわ…それは連中が一枚岩ではないうえに警戒心が祟って頻繁にやり取りが出来ていないという事でもあるわ」


 「ベルタンからの使節団とレベッカ王女殿下の来訪はあちらにとっても想定外の事態を招いたという事ですか…」


 「こちらにとっては良い方に、あちらにとっては悪い方にね…レベッカ殿下には感謝しないといけないわ。

 少なくとも、こちらの味方でいてくれる間は敬意と感謝を持ってお付き合いさせていただくわ」


 ガーランドとミレーナはアンネリーゼの笑顔を見て、もし裏切ったらどうなるかを想像し心底身震いした。

 

 

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― 新着の感想 ―
あの男の方がベルタンと手を切るかも? 私がその立場なら転向します。 余りに情勢が変わりました。 『命有っての物種』 そこまで追い込んだと思います。 不本意でしょうが ・・・
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