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64. 縫針

 レベッカの侍女エマがアンネリーゼの提案で行方をくらまし発覚した夜、アンネリーゼは早朝ランニングのためにいつも通り早めにベッドに入り眠りに着いた。

 エマ捜索と並行し、手掛かりを探すため使節団の荷を検めている迎賓館では休まらないだろうと皇宮の一室にレベッカの部屋を設け、カミラとヴィルマに身の回りの世話を頼んだため、アンネリーゼの自室の隣にある侍女の控室にはミレーナだけが待機している。


 夜が更け、草木までもが寝静まったかのような静寂の中、アンネリーゼの部屋の扉が音もなく開き、黒い人影がゆっくりと侵入し黒い棒状の何かを取り出しベッドに近づく。

 人影はアンネリーゼが寝息を立てているのを確認し、手に持っている黒い棒を振りかぶると、それを勢いよく振り下ろした…だが、それがアンネリーゼに当たる寸前にシーツが舞い上がり、その人影が包まれる。

 

 「………」


 人影は突然の事にも声を上げずシーツを払い除けベッドを見たが、そこには既にアンネリーゼの姿は無い。

 素早く周囲を確認しアンネリーゼを探していた人影は、歩き出そうとしてそのまま床に崩れ落ちた。


 「っ……!?」


 足の力が抜け、激痛に一瞬呻き声を上げた人影は自分の足を見て目を疑う…鋭い何かで腱を切られていたのだ。


 「夜這いにしては物騒な物を持っているわね…でも、腱を切られても声を上げないところは一応褒めてあげるわ」


 人影は自分より遥かに低い位置…ベッドの下から声が聞こえ、落としてしまった黒い棒を取ろうと手を伸ばしたが、ベッドの下から白銀のサーベルが伸び、その手の平に突き刺さった。


 「一度落とした武器を私が拾わせてあげると思ったの?」


 シーツを蹴り上げた後、素早くベッドの下に潜り込んだアンネリーゼは、人影のいる反対側から這い出てきて黒い棒を手に取る。


 「刃まで黒く塗るなんて随分と洒落てるじゃない…貴方、ただの賊ではないわね?」


 アンネリーゼは窓から差し込む月明かりに照らされ妖しく笑うと。人影の首にサーベルの峰を振り下ろした。



 ***



 どれ程の時間が経っただろうか…椅子に縛り付けられた男が目覚をさまし、自身の置かれた状況に愕然とする…口には皮の猿轡を、両手足は椅子の肘置きと脚に固定され、手袋と靴は脱がされていた。

 窓を見た男は外はまだ暗く、そこまで時間が経過していないと判断し、深く息を吐いて周囲を見渡し確認する。

 部屋は先程までと同じアンネリーゼの自室ではあるものの、いくら夜中とは言え外の音が一切聞こえない。


 「あら、目が覚めたのね?強く叩き過ぎたからもう少し掛かると思っていたから良かったわ」


 床に膝をついてベッドの下を漁っていたアンネリーゼが顔を上げ、ベッド越しに微笑む。

 

 「ちょっと待っててちょうだいね、今準備中だから…」


 アンネリーゼはベッドの下からトランクケースを引き摺り出すと、男の隣にあるテーブルにそれを置き、子供が宝物を自慢するかのように中を開けて見せた。

 そのトランクケースの中には、常人では何に使うか理解が及ばないであろう不思議な道具が所狭しと詰め込まれている…だが、男はそれらを見て暴れ出した…ほぼ全てが拷問に使われる器具だったからだ。


 「んーっ!んんんーっ!!」


 「朝まではまだまだ時間があるし、たくさん遊びましょう?どんなに騒いでも外には聞こえないから安心なさい」


 アンネリーゼはトランクケースから小ぶりのナイフ取り出してテーブルに置く。

 

 「貴方、狩猟は嗜むかしら?これはこの1本で皮剥ぎと腹裂きをこなせる便利な道具よ」


 男はそれを見て顔を青くしたが、アンネリーゼは男の反応を見て笑いながらナイフを遠ざけた。


 「これは使わないから安心なさい…お腹を裂いたら後始末が大変じゃない?それに楽しめないから貴方には使わないわ」


 そして、次にトランクから取り出したのは、手の平に乗る程小さな箱の中に入っている糸の通された縫い針のような物だ。


 「これは先日やっと出来上がったばかりの品よ…どう、面白い形状をしてるでしょう?」


 アンネリーゼはその縫い針のような物を男の目の前に差し出す。

 男が縫い針と糸だと思っていたそれは全く別の物だった…針と言うには先が潰れ、先端から中程まで鏃のような返しがびっしりと付いており、糸と思っていた物は金属製のワイヤーだった。


 「これ、どうやって使うか分かるかしら?」


 男が勢いよく首を振り、アンネリーゼはその反応に更に嬉しそうな笑みを浮かべる。


 「じゃあ、早速試してみましょう」


 アンネリーゼは両手に手袋をしてから肘掛けに縛り付けられた男の手を握り人差し指を掴むと、その歪な針を爪と皮膚の間にゆっくりと刺し込んでいく。

 男はあまりの激痛に声にならない悲鳴を上げて悶えるが、魔法により身体強化をしているのかアンネリーゼはビクともしない。

 人差し指の爪の付け根あたりまで針を刺し込んだアンネリーゼは、それと同じ事を男の両手足の全ての指に行うと、針から繋がったワイヤーを持って距離を取った。


 「んふーっ…!んふーっ…!んふーっ…!」


 「貴方、興奮した牛みたいね…さて、準備は良いかしら?」


 ニコニコと微笑むアンネリーゼは首を振って懇願する男を無視し、手に持っていたワイヤーを全力で引っ張った。

 返しで肉を抉られると同時に全ての爪が剥がれ、男は激痛に全身が硬直し失禁する。

 

 「んふーっ…んふーっ…んふーっ…」


 「貴方凄いじゃない!気絶すると思っていたのによく耐えたわね!」


 アンネリーゼは拍手をして駆け寄ると、魔法で男の手足を回復する。

 滴る血が止まり、抉れた肉が修復し、爪が伸びて元通りになるのを見て男は目を剥く。


 「私が魔法を使えるのが不思議かしら…でも、さっきから使ってるわよ?その証拠にこんなに騒いでも誰も来ないじゃない」


 男は先程から静かすぎると感じていた違和感が魔法による物である事を知り、怒りと絶望…そして目の前の無邪気な笑顔に恐怖を感じる。


 「さあ、回復したのだし続きをしましょうか?」


 アンネリーゼはもう一度男の手を掴み、針をチラつかせながら耳元に顔を寄せる


 「誰に雇われたか言ったら解放してあげるわよ?」


 「んんっ…!」


 男はアンネリーゼの提案を拒否し、首を振った。

 忠誠心からかそれとも喋ればどの道命はないと判断したからか、男は涙の浮かぶ目でアンネリーゼを見据えている。

 そんな男の目を見てくすりと笑ったアンネリーゼは、もう一度耳元に顔を寄せ小さな声であの男の名を呟く。


 「!?」


 「あはっ!当たってたみたいね?」


 男がガタガタと震え出し、ついにぼろぼろと涙を溢し始めた。


 「私が何故知っているか知りたい?何を知っているか知りたいかしら?私は全て知っているわよ?あの男が…貴方達がこの国に何をするか知っているわ…だって、私は4年後に貴方達に追い詰められて死に、そして時を遡って5歳の私に戻って来たのだから」


 恐怖と絶望で歪む男の顔を一瞥し、アンネリーゼは針を突き刺す。

 

 「貴方がどんなに泣こうと、喚こうと、血を流そうと、糞尿を垂れ流そうとも私は何も感じないわ…だって、あの日苦しみながら死んでいった民達の姿が…叫び声が…死の匂いが私の目に、耳に、鼻に今でもこびり付いているんだもの。

 あの日私の全てを奪ったあの男も、それに加担した連中も絶対に逃しはしないわ…例え地の果てまで逃げようと追い詰め、最も惨たらしい死を与えてやるわ!」


 アンネリーゼの怒号が響き渡り、男は硬直する。


 「私を異常だと思う?そんな事は自分でも分かってるわ…だって、敵である貴方が絶望し、恐怖と苦痛で顔を歪ませているのが楽しくて嬉しくて仕方ないんだもの!」


 笑い、怒鳴り、突き刺し、削ぎ落とし、アンネリーゼは男の反応が無くなるまでひたすら繰り返す。


 「殿下、おやめください…もう死んでいます」


 突如として聞こえた声に振り返り、声の主を見たアンネリーゼは息を吐くと、手にしていた針を放り投げた。


 「ごめんなさいミレーナ、夢中になっていて気付かなかったわ…見つかったのが貴女で安心したわ」


 「この男は暗殺者でしょうか?」


 仕事柄血や死体を見慣れているはずのミレーナは、眉を顰めながら尋ねる…男は既に息が無く、両手足の指は骨が剥き出しになり、瞼と耳、鼻が削ぎ落とされていた。

 死体に近づき確認していたミレーナが首にある刺青を見て動きを止める。


 「どうかした?」


 「いえ、その筋では有名な暗殺者のようでしたので…この男を雇えるとなれば高位の貴族くらいのものです」


 「ええ、雇い主は私の知っている男だったわ」


 「そうですか…」


 「私が怖いかしら…敵を惨たらしく殺す私に失望したかしら?」

 

 「多少驚きはしましたが特に何もありません…私が殿下と同じ立場だったとしたら同じ事をしていたでしょうから」


 「そう、ありがとう…」


 「それにしても、あの2人をレベッカ殿下の世話に付けていて良かったです…もしこんなものを見たらショックで心臓が止まっていたかもしれません」


 「それはそうね…というか、これどうしようかしら」


 アンネリーゼが男の死体を指差してため息を吐く。

 部屋自体も凄惨な状況だが、そちらは特に気にしていないようだ。


 「入りそうな箱を持って参りますのて、凍らせてそちらに入れておきましょう」


 「その後はどうしようかしら…」


 「私が朝一でテオバルトに預け、義兄に処分して貰おうかと思います」


 「そんなので大丈夫なの?」


 「義兄だって腐っても裏の人間です…死体を人知れず処分するなど朝飯前です」


 「確かに今は朝飯前よね」


 「…そうですね」


 「何よその顔は…」


 「いえ、よくこんな状況で朝食の話が出来るなと感心していました」


 「そう?まあ良いわ…私は魔法で部屋を綺麗にするから箱をお願いね」


 「はい、行ってまいります」


 2人は手分けして処理を終わらせ、ガーランドが迎えにくる夜明け前には何とか片付いた。


 「陛下への報告はどうなさるおつもりですか?」


 アンネリーゼに頼まれ、紅茶を淹れるためお湯を沸かしていたミレーナが背を向けながら尋ねる。

 

 「もちろんするわよ」


 「よろしいのですか?」


 「ええ、だってその方があの男は困るもの。

 レベッカ殿下から貰った裏切り者のリストにあの男の名は無かったし、あれが嘘でなければあの男は手下に指示を出すのみで全くと言っていい程人前に出ていないわ…恐らく文を出すのすら手下にやらせている可能性があるし、協力関係にあるベルタンの王族ですら存在を知ってはいても会ったことは無いはずよ。

 ただ、さっきの暗殺者があの男を知っていたところを見ると、直接指示を受けたか余程近い位置にいる誰かから頼まれたかだろうけれど、お父様に報告すれば裏切り者含め帝国貴族は徹底的に調べられるし、どちらにせよあの男は今後は更に下手に動けなくなるわ…手下に指示を出すのもままならなくなるはずよ」

 

 「でしたら、義兄には死体を川に捨てるように伝えます…ただ行方不明になったのでは殿下と私が殺して隠蔽したと陛下に疑われる可能性がありますし、依頼に失敗して雇い主に消されたという選択肢を残しておいた方が良いかと」


 ミレーナがカップに紅茶を注ぎ、アンネリーゼの前に置きながら提案する。

 出された紅茶を一口飲んで喉を潤したアンネリーゼは小さく頷いた。


 「じゃあそれでお願いね」


 「承知いたしました」


 「紅茶ありがとう、美味しかったわ。

 さてと、ガーランドが来る前に着替えないとね」


 「では、すぐに着替えをご用意いたします」


 アンネリーゼはミレーナに着替えを手伝って貰い、ガーランドが来ると日課の早朝ランニングのために外に出る。

 ランニングの後、ガーランドにも暗殺者の事を伝えたアンネリーゼは、報告の際にいるであろうあの男の顔を思い浮かべニヤリと笑った。


 

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― 新着の感想 ―
復讐者はかく、こうあれ。 暗殺者、余りにも相手が悪過ぎました。 冷徹な後転性サイコパス ・・・ 捕まったら地獄を見た上で葬られます。
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